第51話:封ジラレシ怨念ノ扉
「これがどうして搗割と呼ばれるのか、見せてあげよう」
遠くにバリケードと、硬質樹脂の扉が見える。それは塞護中心部への資材搬入路で、厳重に封鎖されているだろうから見過ごす予定だった。
しかし一応はということで見てみると、扉が閉められて、簡単なバリケードが追加されている以外に人影も見えなかった。
「前方防御! 全員、対ショック姿勢!」
粗忽さんの指示で、元々それほど快適ではなかった前面視界にシールドが降りてくる。
運転席と景色を共有する画面で、それが分かった。車体の外側で厳重そうなロックのかかる、分厚い音も聞こえる。
「こ、この、ままっ、突っ込む、んですかっ!」
「大丈夫だ! 扉を突き破るだけなら、百ミリまでやったことがある!」
ここまでも最高速近かったと思うけど、今は正真正銘、フルパワーでの走行らしい。路面の凹凸でか、車体が浮きつつあるのか、振動がもの凄い。
それも構うことなく、粗忽さんはなにげに怖いことを言った。その口振りでは、その毎回が当たって砕けろ的に試行された、と聞こえるのだが。
「あががががが」
「萌花さん掴まって!」
ベンチから放り出されて、床を転がった萌花さんに手を伸ばす。彼女も必死に掴み返して、どうにか手すりにしがみつかせた。
それほどの揺れを無視できる人が、もう一人居た。うたた寝の格好で横になっていた荒増さんは、ようやく片目を迷惑げに開けたところだ。
「ん――?」
「どうした。お前でも、怖気づくことがあるのか」
素早い動作で、荒増さんは前方に目を向けた。今度はしっかりと両目で。たしかにそれが、慄いた風には見えたかもしれない。粗忽さんは例によって嘲る。
どうして荒増さんがそうなったのか、僕が気付くのは少しだけ遅れた。
「やかましい、止まれ!」
「なに⁉」
「なんでスカウトしてねえんだ!」
常人には見えない、魂や唹迩。それを機械的に見る仕組みが、識外可視化プログラムであり可視化スクリーンだ。これを稼働状態にするのを、スカウトと言う。
サングラス型にも出来るくらいに小型化しているが、視界が大幅に悪化する。荒増さんの声が聞こえたのか、僕たちの見ている画面も今、そうなった。
「反転! 後方斉射用意、識外、紅一点!」
紅一点。霊に効果のある弾薬のうち、遠射性に優れた物が指定された。通常弾薬で言えば、徹甲弾みたいなものだ。
その判断が正しいのか、僕には分からない。だがなんにしても、とにかく早く撃つべきだ。
数が多すぎて、一体ごとの区切りもよく分からない。沸き立つ雲のような、唹迩の群れが迫っている。
「全弾、てっ!!」
急旋回の重圧のあと、頭上で発砲音が鳴り始めた。火薬の破裂音よりも、振動として伝わってくるモーター音のほうが賑やかだ。
「大過! モニターしていなかったのか!」
常にスカウトをしていては移動に支障を来すので、平常時は霊に対するレーダーがある。他の大型火器や車両にも反応するので、見ていないなどと、あってはならない。
「ええー? 見てたよぉ。あ、でもこれかなあ?」
「……それだ!」
「よそ見してたかも。ごめんね」
あったらしい。
見外さんが場所を空けた画面を見ると、見た目のとおり靄のように、大きく広がっていく反応が明らかだ。
「少尉、撃ち方終わりました!」
「ああくそっ!」
識外弾は生産数が限られている。だから普段から個人に持たされるのは数十発。こういう車両にも、乙式なら二百発くらいだ。
それでも二分くらいは撃っていた筈だが、数が減ったようには全く見えない。どころか弾薬の尽きたのを察したかのように、先頭の唹迩は勢いを増した。
なにかの工事に従事した人だろうか。粗末なツルハシを持って、あちこち破けた薄い着物を着て。なにもない宙を、啜り泣きながら掘り続ける。たくさんの、たくさんの人たちが。
その周りへ、馬に乗って駆け回る人たち。役人かなにか、きっと作業員よりも立場が上なのだ。鞭を持って歩く人も居て、穴を掘れと罵り続ける。
「これが……こんなにも、これだけの全てが唹迩だと言うのか!!」
「手数が足らねえ、全速だ!」
ざっと数えても数百体が目の前に押し寄せて、その向こう、さらにはその左右。たぶん万の単位で、ただ一台の僕たちを追ってくる。
反転させたり、足止めさせたり、護法の式を使ってもきりがない。その気になれば、十体やそこらを浄化することは出来る。でもその間に、その何十倍の数に襲われるだろう。
しかもそれだけでなく、いわゆるヤバイ奴が見えた。数は二、三体。昔の貴族。いやその護衛の、随身姿も居る。工事人たちが作業をするのを高みから眺めて、進まないのを怒っている。
荒増さんはともかく、あれは僕の手に負えない。紗々が居れば、まだしもだけど。
「全速!」
全力で逃げろ。その性格では到底言いそうにない言葉を聞いて、粗忽さんも同じ命令を下した。
八つの車輪が唸りを上げて、僕たちはせめて走行の邪魔をしないよう、じっと耐えた。