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東の国の呪術師たち―纏繞の人々―  作者: 須能 雪羽
第四幕:唯我独尊
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第48話:塞護ニ在ルハ妖ノ城

 搗割が走る。寝返った小隊の見張りを残し、一路塞護へと。

 白鸞に戻るという選択はなかった。少し遅れて、搗割が停められた場所に戻った時、あの小隊長が言ったのだ。


「白鸞を囲む防塔は全て、いつでもあの妖に乗っ取らせる準備が出来ています。それはもう実行され、仙石はその間に塞護へと移動しているでしょう」

「なぜそれを教えた」

「人の正義が、必ず心に一つと決まったわけでもない――という言いわけを思い付いたからです」


 その言に依れば、第二防塔が最初に暴れたあと沈黙を守っているのは、時間稼ぎが目的だから。慎重に対応している間に、他の七つの防塔にも同様の仕込みを完了させるのが計画だったらしい。

 そしておそらく、そこまではその通りに進行している。だが肝心のその先は、小隊長も聞かされていなかった。


「思えば――この結果があってなお、もしかするとあれがそうかというくらいにしか、当たりのないのは情けない限りだが」

「寝返り工作ですか」

「ああ。職務意識の調査だかと言って、近隣都市に持つ印象やら、自由に転属が叶うとしたらどうしたいかとか、そんなことを何度も聞かれた時期がある」

「支部長の粗忽さんまでが?」

「そうだ、おかしいのだ。だがその時は、そこまで考えられなかった」


 粗忽さんと分かれてから再会するまでのあれこれは、既に話した。それを踏まえて、思い付くなにかがあったようだ。


「どうして忘れていたのか。いや、覚えてはいる。でなければ今、こうやって話せない。あの場には、吉良統括が居た。だがなんというか、はっきりそうだとまで言い切れない」

「……そうですね。偽の記憶や感情を与える術は、あります。でもとても短い時間で、統括のそれは印象を薄くされたとかでしょう」

「千引ちゃんは、うっかりさんだもんねー」

「大過、お前も同じの筈だ。覚えているのか?」


 見外さんはなにがそんなに楽しいのか、お菓子を与えられた幼い子どもみたいに、いつもニコニコとしている。「全然?」と悪びれる様子もなく答えて、粗忽さんもそこは「だろうな」と軽く済ませる。


「でもどうして、粗忽さんの部隊をわざわざ狙ったんでしょう。塞護所属の部隊は全滅させる、とか。そんなことをしても意味がないでしょうし」

「それは至極単純だろうな。私は塞護という都市の、安全管理を行う組織の長だ。そこに立て篭ろうというなら、奴らにとって有難くないことも私は知っている」

「ああ、それは納得です。例えば秘密の抜け道とかがあれば、面倒でしょうからね」


 あのタイミングで、粗忽さんが塞護に居ないなんて想定はなかっただろう。最後の機会と、寝返りか死かを問いに行った人は慌てたに違いない。


「外から中に、最短ルートは?」

「貴様に言われずとも、そう指示している。黙っていろ」


 ベンチの一角を長々と占拠して、荒増さんは顔も向けずに問うた。もちろんそんなでは、粗忽さんでなくとも快く答えるのは難しい。


「てめえが今、生きてるのは誰のおかげだ」

「おかげ? 盗っ人がたまたま賽銭をしたとして、それを尊いと見る感覚は私にはない」


 互いにじゃれ合う気持ちはそれで収まったらしく、それぞれ鼻を一つ鳴らして、反対の方向を向いた。

 やれやれ、と。僕もどこに視線を向ければ良いやら、彷徨わせてしまう。ずっと続く悪路を最高速近くで巡航している中では、あまり立って歩くのも良くない。


「萌花さん、大丈夫ですか?」


 こくこくっ、と。首の歯車にいくつか欠けがあるような反応があった。

 前回よりも路面状況の悪いせいで、萌花さんは手すりと座席に、ずっとしがみついている。これまで乗り物にもそれほど乗ったことがないと言っていたので、それならさぞ怖かろうと思う。


「怖がっでだべ」

「怖がって?」

「あの木っこだ。なんだが分がんねども、小っちぇわらしみでに、怖えよ怖えよて」


 第二防塔の茅呪樹は、どうやら親株でなかった。そうと聞いた荒増さんは、だからどうするとは言わず、そのまま今に至っている。

 どこに親株があるのか探せとは言われたけども、全く当てがないでは叶わない。それを責められないのも、なんだか不気味ではあるのだが。


「小さな子どもみたいに――それって、他の木と話してもよくあるんです?」

「ねぇごども、ねな。んでもなんだが、気になるはんで……」


 重大な事態が起きていて、それなりの時間も経った。なのに判明したことは、まだまだ全貌には程遠い。 

 桜の丘というあの術の効果は、とっくになくなっていて、現状の分析を行うほどに気持ちが重くなっていく。


「分からないことだらけですね――」

「申しわげねえべ……」


 国分さんがどうなったかとか、そんなことも頭を過ぎって、つい言ってしまった。そんなタイミングで言えば、萌花さんを責めているようにしか聞こえない。


「あっ、いやっ! そういう意味ではなくてですね」

「はっきりと分かったことはあるぞ」

「えっ?」


 助け舟なのだろうか。僕たち二人のすぐ前に、粗忽さんが立った。


「寝返った者たちの正義とは、一つ不動の物でない」

「と言うと? 外側に共通の敵を認識するというのは、間違った話ではないと思いますが」

「それが一つだが、別にあるのさ。打算と、しがらみがな」


 打算としがらみ。その言葉を、オウム返しに聞いた。もちろんなんのことか考えもしたが、粗忽さんが答えるまでには思い付かなかった。


「飛鳥は少数で生きる者たちを、弾圧したりはしてこなかった。それが却ってあちこちで小競り合いを繰り返させ、長く続く偏見の芽ともなった」

「そうですね、それはそうです」


 歴史の授業のまとめを聞いたみたいで、なにも訂正することはなかった。だから素直に次の言葉を待つ僕に、粗忽さんは初めて、少し困ったというような顔をした。


「――いつまで続くか分からない、小競り合い。出世や金儲けをしたい者には、いい稼ぎ口だろうな」

「あ……」


 意味を理解して、粗忽さんには汚らわしい言葉を言わせてしまったのだと気付いた。それをあちらも悟ったのだろう、分かったなら良かったという風に頷く。


「舌の両面が裏向き、ですね」

「そうだ。塞護には、心を曲げた妖が巣食っている」


 泥でも残っていたように、粗忽さんはほんの少し、口の中の物をプッと吹いて捨てた。

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