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東の国の呪術師たち―纏繞の人々―  作者: 須能 雪羽
第四幕:唯我独尊
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第47話:義ノ在処ハ単ニ非ズ

「すまないな」

「気ぃしねぐでいいべ」


 きっと僕と同じように、不思議なほどの穏やかな心持ち。そんな小隊長は、自分の手に布を巻いてくれる萌花さんに目を向けて言った。


「少尉。あなたは先ほど、他国に恥じることのない国だと仰った」

「言った。誤っていたか?」

「いいえ。だからこそ困る人間も居るという話です」

「ふん?」


 曇りなく、大きく見開かれた粗忽さんの目に対して、小隊長のそれは気後れした感がある。だとしても、その二つは交差していて、意思を交換することになんの妨げもない。


「八年前。この国から、紛争が消えました。それは直ちに全ての争いをやめよと、陛下のご意向でした」

「ああ……」

「以降どうしても避けられない小規模なもの以外に、これという争いは起きていません」


 誰かに頭を垂れるわけにはいかない、いかなる干渉も受ける謂れはない。そこまで頑なではないにせよ、島国である飛鳥の土地に棲まいながら、王家に従うことを拒む人たちは多い。

 それとは別に、例えば獣人と呼ばれていた人たちのように、差別に腹を据えかねたということもあっただろう。

 愚王はそれらの不満を全て、交渉によって解決せよと言った。実際にその時に起きていた全ての争いを、数日中に終わらせもした。

 飛鳥の土地に生きる者が戦うのは、その外からの侵略にのみだと。


「実に良いことだ。多くの国、多くの王がやろうとして、出来なかったことだ。なるべく長く、願えれば永遠に続けばいい。私はそう思うが?」

「本当に?」

「――どういう意味だ。その疑いは、私をどういう人間だと値踏みしてのものだ」


 小隊長がなにを言わんとしているのか、僕にはまだ、はっきりしたところが見えない。

 だが粗忽さんには分かるらしい。分からないような返事をしていても、精神的な負荷がおそらくゼロだった涼やかな目に、色を持った熱が溜まっていくのが見える。


「いえ、失礼を申しました。個人の嗜好として下卑たものをお持ちだとか、そういう風に言ったのではありません」

「分かった、とは言いたくない。私の勘違いだと、証明してもらうことは可能か?」

「いいえ。勘違いではありません。この世から、争いが消えることはない。いやむしろ、外に争う相手を置くことで、内側は安定するのです。その意味では、陛下の意向に背くものでもないでしょう」


 粗忽さんの手から、弓が滑り落ちた。落ち葉で弾力のある足元に弾かれて、思いのほか静かに倒れて転がる。


「貴様……」

「はい」

「貴様は、それでも飛鳥の衛士か! 飛鳥の王を、飛鳥の土地を、飛鳥の民を、己の血肉を盾とするのが誇りではないのか!」


 泥塗れの拳が、小隊長の襟をぎゅっと握る。僅かに震えて、でも身体を引き寄せるほどではない。萌花さんの術が残っているのか、粗忽さんの忍耐か、そこは僕に判別出来ない。


「貴様の隊では、朝礼をしないのか」

「いえ、ほぼ毎日行っております」

「では貴様の口は、どういう構造になっているのか」

「『明日の朝が過ぎるまで、我らの足が止まることなし』そう宣言することに、なんの躊躇いもありません。掲げた正義が違うだけです」


 どこかで聞いたことがある。というくらいには、僕も知った言葉だった。実際どこかで衛士の人たちが朝礼をやっているのを、聞くとはなしに聞いたのだと思う。

 明日の朝、が途切れることはない。今日それを宣言しても、明日にはそのまた次の明日の朝が存在する。だから永遠に、衛士の足が止まることはない。そういう意味だ。


「なるほど。貴様の口はニ枚舌かと思ったが、誤りのようだ。どうやら舌の両面が裏向きの、妖らしい」

「なんと申されましても」


 顔を上向かせようと吊り上げる粗忽さんの拳に抗うように、小隊長は頭を深く下げた。それによって二人を繋いでいた手は外れ、粗忽さんは大きく息を吸って、大きくため息を吐く。


「そうか。そうまで想うなら、信じて生きるがいい」

「ありがたいお言葉です」

「連れて行け」


 最後の言葉は、小隊長に向けてではない。見外さんに、ちらと一瞬視線が向いてされた指示だ。

 忠実な副官、無二の親友。一体いまは、どちらなのか。いつもの軽々な言葉もなく、小隊長とその部下たちは、搗割の方向へ連行される。

 厳しさに熱を加えた目が彼らから逸らされることは、景色に消えて見えなくなるまで、遂になかった。

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