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東の国の呪術師たち―纏繞の人々―  作者: 須能 雪羽
第四幕:唯我独尊
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第43話:闇夜ニ舞フ媒鳥ト蝶

 ほとんどの纏式士の目に、闇は不利にならない。霊の動きを意識的に排除してあるような場所であれば、別だけども。

 粗忽さんも、さっき顔を合わせた時に外したゴーグルを着けている。あれには暗視や通信の機能があるはずだ。僕も似たようなものを装着させてもらったことがあって、文字や画像での付加情報の多さに戸惑った。


「衛星リンクを――使えないのだったな」

「ええ。でも、さっきの部隊なら位置が分かります。少し先に、五人伏せているのも」

「……私にも纏式士の素質があれば良かったな」


 まだそれほど人となりを知っているわけでない人からそう言われて、どう答えたものか。四神さん辺りなら満面の笑みで返すのかもなと思うものの、粗忽さんが先行していてそれは無理だ。

 しかし衛星監視も、使いこなせば便利なのだ。例えば相手の可視範囲を教えてくれるから、こういう時の位置取りだけなら初心者でも出来る。サーモだって、大きな岩などの向こうは分からないのだから。

 まあ纏式士なら、いま僕がそうしているように、機種の分かっている機械に対しての不可視は簡単なのだけど。


「あ……」


 咄嗟に声をかけようとしたけど、意味がないと分かっているので留まった。

 粗忽さんの歩く脇にある木の陰に、誰かが潜んでいる。だがそれは、彼女の部下だ。既に意思疎通が図られているのか、粗忽さんが通り過ぎたあとを、音もなく姿を見せて追尾し始めた。僕に視線を向けることもない。

 彼――だと思うが、その装備は衛士の基本的な戦闘装備だ。ヘルメットには大きなアイシールド、それにブレストガード。

 AM11LS(ロングストック)と呼ばれる長射程の短機関銃を、油断なく構えて進む。これは飛鳥でなく、どこだったか西方の国の製品だ。

 対して粗忽さんは、合成樹脂と合成繊維の弓があるだけ。この差はなんなのか。そういえば彼女は僕たちの来た方向から現れたし、伏せている隊員たちも敵を見過ごしている。その辺りに種があるのかもしれない。


「遠江くん。勝手を言うが、相手を殺さないでくれ」

「あ、はい。了解です」

「簡単に応じるのだな。纏式士の余裕かな」

「いえ、それほどの実力はありません。でも指示や命令に否を唱える機会というのが、ないもので」

「なるほどな」


 さすが粗忽さんは、僕に指示を与える相手が誰だったか、思い出すような暇を持たなかった。しかし逆に、納得のあとに間があった。


「……これは指示でも命令でもない、私からのお願いだ。多少の怪我は仕方がないが、殺さないでくれ」

「――ええ、分かりました」


 情報が取れなくなるから、という言い方ではない。自分にも他人にも厳しいと思える粗忽さんの、今まで見たことのない一面に驚いた。けれどもそれは、冷たい緊張の中に温かみを感じさせるものだ。

 そこから粗忽さんは、口を聞かなくなった。五人が集まった部下に、ハンドサインでまた別行動を命じる。

 その人たちもまたハンドサインで応じて、行き先を大きく右に逸れて進む。すると粗忽さんの速度が遅くなって、どういうことかと思った。右手には伏せている敵の五人が居て、その対処だとは分かるのだが。

 じきにこちらの五人が、その背後を取った。そうすると粗忽さんは急に速度を上げて走り出す。当然に落ち葉や下草を蹴って、賑やかな物音が辺りに響く。


「測るところ、彼方に進む者の歩みを! 剣となれば、其を留めん!」


 用意していた護法ごほうの式符。それを粗忽さんの背中に投げつけ、矢玉を防ぐ式を構築する。対象が自分なら良いのだけど、他の物や人だとあまり長く持たない。

 間一髪、実体弾の銃声が闇に響いた。良かった間に合った、と思ったものの、それはどうやら粗忽さんに向けられたものでない。

 霊の動きを見ると、粗忽さんを仕留めようとした敵を、背後から撃ったようだ。指揮官自らが囮となった作戦らしい。

 これで十三人。一個小隊は三十五人が規定員数だから、やっと三分の一ほど。


「十九人」

「えっ、もう?」

「別隊がな。私の部下は、市街地での隠密戦闘が専門だ。どのみち君たちには及ばんが」


 その口ぶりは、謙遜でなかった。たしかに僕一人で衛士の小隊を倒せと言われれば、出来なくはない。でもそれには相手の命の保証とか、その場所への被害を度外視する必要がある。そういう意味では、僕は粗忽さんとその部下に手も足も出ない。

 しかもそれは、紗々が居ればだ。僕は攻守の攻のほとんどを紗々に依存していた。今の僕は、人や自分の支援しか出来ない。

 ――また粗忽さんは、派手に音を立てて走る。どうやら囮専門に動くらしい。サーモや感圧検知にも引っかからない見えない相手より、自分の耳へ直接聞こえる音に反応してしまうのは当たり前だ。

 となると手伝えと言われた僕は、より賑やかに目立つこと。粗忽さんと僕の安全を図ること。その二つが使命となる。


「そういうことなら――」


 さっきのデコイではないが、目くらまし用の式苻はいつも用意してある。もしもの時にすぐ使えるよう、剣帯に挟んで――新しくマシナリから排出させた。


「舞え、胡蝶!」


 白くぼんやりと光る胡蝶。ばら撒いた十枚ほどが、散らばって飛ぶ。それほど明るいものでもないが、森の中ではとても目立つ。人体と同じくらいの温度も持っている。

 案の定、斜面の上から熱線が走った。暗闇に薄っすら、一条の赤が灯って、その先を飛ぶ胡蝶の一頭が燃え落ちる。

 そこに居るのは三人。だが先ほど別れた五人も僕たちも、すぐに回り込める位置にない。しかも不規則に飛ぶ胡蝶を、確実に一射ごと撃ち落とし続けた。


「ちっ、見境ない! 消火!」

「えっ?」


 それは僕にでなく、通信で部下に言ったようだ。別れたうちの二人が駆け戻り、付近に発生した火を消して回った。敵の武器は、赤外線レーザー式の熱線銃ヒートガン。枝葉に当たれば、当然に燃える。


「すみません、余計なことを!」

「いや助かる! だが急がなければな」


 残る味方の三人は、斜面の上のさらに上へ回ろうと移動している。ただし敵の残存人員も、こちらに戻ってくるようだ。

 それでは挟み撃ちになってしまう。もしかして戻ってきているのは、見えていないのか。


「あちらが挟み撃ちに!」

「問題ない」


 そう言い捨てて、粗忽さんは登りも下りもせずに斜面を横へ走った。あくまで彼女は囮として、姿を晒し続けるつもりだ。濃い藪や木の幹を盾にしつつ、足を止めることがない。

 もしも撃たれたところで、矢玉への防護式が……。

 しまった、熱線は防げない。


「厚ききぬ。通れる風の、なきが如しに!」


 式の構築と共に、帯印から剣印を結んで式苻を飛ばす。どんな温度変化も、式苻にこめた霊が尽きるまでは関わることがない。

 だがそれを放ったと同時、粗忽さんの走った方向から、また新たな一団の近付いているのが見えた。

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