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東の国の呪術師たち―纏繞の人々―  作者: 須能 雪羽
第四幕:唯我独尊
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第40話:大地ヲ駆ケル方法ハ

 土に塗れたジャケットを、萌花さんは拾い上げた。埃を払って、丁寧に畳む。そうしながら、視線は衛士たちが見るのと同じ方向へ。


「また連絡すると言ってたのに。手を休める気はないようですね……」


 それまでは高みの見物なのだと、僕は思い込んでいた。


「手足がなければ苦しむ、と言ってましたけど。奪い続けるつもりということですか」

「ちっ、このボケ。なにをいまさら言ってやがる。そんなことより、さっさとしやがれ」

「さっさと?」


 苛立ちを隠さない視線が睨みつけて、その下の顎が向きを示す。ああ、そうか。追わなければ。

 いや、でも。すぐにそうと思えなかった理由が、あそこにある。夜空と混じりかけの、防塔の最上部付近を横目に見た。

 僕は行ったことがないけれども、仙石さんの映像はきっとそこだと思う。さっさとと言うなら、この人にはそれが優先だろうに。どうしていつもみたいに、自分勝手に向かおうとしないのか。


剣符けんぷ


 いくらそうと思っても、こんな状況で口に出すほど僕はくだけていない。素知らぬ顔でマシナリに命じて、印字された式符を排出口から受け取った。

 それを右手に載せて、指を花のように開く炎印、帯印、剣印を左手に結び、式言を組み立てる。


「迷い人。風の往く道、戻る道。辿り示さん、その羽の先」


 手の平に収まっていた紙は、ふわと浮くとひとりでに形を変えていく。何度か折り畳まれて、開いて、出来上がった折り紙は鳥だ。


「もう結構離れましたね」

「なして分がるべ?」

「近くなら蝶とか蜂、それから甲虫、小鳥になって、この鳥は鳩くらいなので」


 荒増さんは、あまり探索系の式を使いたがらない。苦手ということはないはずなのだけど。

 ともあれ追うことは可能だけど、普通に走っては追いつかない。


「追うぞ」

「え、と――どうやってです?」


 僕は刀を奪われて、紗々を呼び出せない。萌花さんはまだ、移動用の式を使えない。残る荒増さんも、複数の人間を式で運ぶのは見たことがない。


「いくらでも車が転がってるじゃねえか」

「そりゃあそうですけど、まさかまたマシナリで?」


 マシナリは纏式士が使うために開発された、小型かつ高性能な電算機器だ。その機体には、現代の最先端が詰め込まれているとは聞いていたが、クラッキングまで機能としてやってくれるとは知らなかった。

 もちろんその裏の操作方法を教えてくれたのは、荒増さんだが。


「これがある」


 投げつけられて、危うく眉間の直前でなにかを受け取った。手を開くと、兵部や衛士の車両を動かすのに使う、起動チップだ。


「これ、パイロット用ですよね。どこから盗んだんですか」

「盗んでねえ。兵部卿に用意させた」


 なるほど会議が終わるまで、珍しくお行儀よく待っていると思ったら。《《支援物資を提供》》してもらうためだったか。

 勝手に拝借はこの人の十八番だから、いつそんなことをしたのかという苦情は聞こえない振りをした。

 近くにあった輸送指揮車に乗り込み、起動チップを挿入する。記録されているはずのIDが認証されて、この車のOSが立ち上がった。


「ゲストIDを発声せよ」


 どうやらパイロット以外の人が動かすための、ゲスト用チップらしい。

 当たり前か。個人用はその人のパーソナルデータが蓄積されるので、当人しか使えない。

 求めに応じて、僕の隊員コードのうちの十桁を告げた。あとの七桁は、纏占隊で別用途に使うものだ。


「認証完了。兵部、未登録部隊所属、遠江久遠と確認」

「よろしくお願いします」


 最後の僕の挨拶は必要ない。でも合成音声とは言え、こうまで話されてはそう言いたくもなる。

 操作パネルやら警告表示に、明かりが入っていく。ほんの一秒か二秒ほどで、ぐるりと様々な色が満たされていくのは、なかなか来るものがある。

 その賑やかな色もフッと落ちて、操作が可能になった。起動ボタンを押す、ちょっと食い気味じゃないかと思うほど敏感に、リアクターの稼働音が鳴る。

 最初のほんの一瞬、萌花さんの笛みたいな音があった。そのあとはとても小さな、低い待機音がしているだけだ。


「行け、全速だ。緩めたらぶん殴る」

「了解です」


 これ以上どうしようもないとなっても、この人は座席ごと僕を蹴りつけた実績がある。でもやめろと言ってやめる人でもない。それはその時に考えることとして、今は操作に集中しなければ。

 なにせ悪路走行でも、時速二百キロほどは余裕で出せる車だから。

 アクセルを踏むと、リアクターの駆動音が少し高まる。間髪入れずに、樹脂製の車輪が土を噛み、シャフトへ砂利の撥ね付ける音が響いた。


「……っぐぇ」


 隣に乗った萌花さんの口から、潰れそうな悲鳴が漏れ落ちる。しまった、きっと彼女はこんな荷重を経験してなどいない。言っておくべきだった。

 しかしもう、今からそんなことをしていては殴られてしまう。僕自身も、ハンドルから手を引き剥がされそうな加速荷重に耐えつつ、アクセルを一杯まで踏み込んでいった。

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