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東の国の呪術師たち―纏繞の人々―  作者: 須能 雪羽
第四幕:唯我独尊
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第39話:次ノ手ハ遅キニ失ス

「なして飛行機さ、使わねがな?」


 夜明け前。空にはまだ、朝日の指先さえ届いていない。しかし強力な投光器に照らされた地面の反射が、防塔をぼんやりと浮き上がらせていた。

 その上空を見上げて、萌花さんは言った。その発想自体は、間違いでない。陸上からと空からと、攻撃を加えるなら多方面からやったほうがいい。そうでなくても、視点が多様になるだけでも違う。


「妖が相手だと、いくら距離を空けても無意味、みたいなのも多く居るんですよ。それがついでに意識を失わせてきたりとか」

「あー、そいだば空さ飛んでは、おっかねな。落っごちたら助がらね」

「そういうことです。あと、稀に意識を乗っ取るのも居て、速くて手の出しにくい上空でそうなると厄介ですから」


 王殿での議論は終わって、僕たちの見聞きしたことも報告した。するとすぐに、特に目立つ発言をしなかった荒増さんは、防塔の見えるここに向かったのだ。

 会議中の種族に関する件を、萌花さんは気にしたように見えない。でもそんな筈はなかった。兵部の本部では、堪えた様子を隠せていなかったのだから。だが当人がそうまでしているものを、こちらから蒸し返すのも躊躇われた。


「ここへ来てどうするんです? 退治に参加するんですか」

「探し人だ」

「誰をですか」


 テントが張られて、展開している部隊の半分は休息に入っている。残りも持ち場に居るけれども、夕方に見た時よりは緊張度が少ない。相手がじっとしているのに、何時間も緊張を持続し続けるのは不可能だ。

 探し人。と言った割りには、荒増さんは一直線にどこかへ向かっているように見えた。王殿からここへ来るまで、なにか式を使ったとは見えなかったのだけど。

 街から見て防塔の正面には、兵部の部隊だけが置かれている。どうやらそれらは無視して、衛士の固まっている辺りへ向かうようだ。


「塞護のことを知ってそうな奴が居るだろうが」

「塞護の? ああ、粗忽さんですか」


 聞けばなるほどだった。寝返った人たちを除いて民間人まで全滅の塞護からは、もう情報が取れない。それなら近々までそこに居た人が、寝返り工作が行われた現場のことを最も良く知る人ということになる。


「でもそれなら、直接会うにしたって連絡を先にすれば良かったんじゃ――」


 防塔の中ではうんともすんとも言わなかった僕の通常端末も、今はなにごともなかったかのように、普通に動いている。粗忽さんの個別IDは知らないけども、それくらいは衛士府を経由すれば繋げられるはず――いや、荒増さんだと拒否されるかもしれないか。


「ああ? 正気かお前」

「えっ?」


 聞き返しても、答えはなかった。いつもの冷たい視線が、少しだけ振り向いた顔の端にちらと見えて、すぐに前へと向き直る。

 よくある仕草。よくある光景だ。けれども今はなぜか、それがとても遠いもののように見えた。手を伸ばしても届かない距離、だけでなく、断崖の向こうに降りた荒鷲のように。


「土ん中、誰が居るべ。たぐさん居るベ」

「誰か? 人間ですか?」

「分がんね……んでも、多分違うべ」


 突然だった。並んで歩いていた萌花さんが立ち竦んで、地面のあちこちに忙しく視線を飛ばす。慄きと驚きに見張られた目と、緊張した頬。こんな時に妙な冗談を言う人でないとは思っているが、彼女が感覚に得たものの危急さをありありと物語っている。


「ちっ、やっぱり来たか!」


 いつも急ぎ足のような荒増さんだが、たった今まで本当に急ぎ足だった。だから僕も萌花さんも、時に駆け足をしなければ置いていかれそうだった。それが今度は、そこかしこにある物資を避けることもせず、蹴散らしながら走り始める。


「あ、荒増さん待ってください! 萌花さん!」

「い、行ぐっす!」


 萌花さんがなにを感じ取ったのか、荒増さんがそれになにを思ったのか。防塔から市街方向へと、霊の流れは変わらず濃くて、地下の様子がまるで分からない。しかし二人までが異変を訴えているのだから、僕が異を唱える余地などないはずだ。それが正しいのか考えることさえせず、ただただ荒増さんのあとを追った。

 ――そこから、それほどの距離ではなかった。

 糧食を摂取するのに、食堂としていたらしい開放型の大きなテント。折り畳みのテーブルと、畳めばバトンみたいになる椅子。整然と並べられていたに違いないそれらが、蹴倒され、放り投げられ。載せられていた皿の汁気が、流血のように飛び散っていた。

 そこでなにか騒ぎがあったのは間違いない。そしてそれは、ある方向へ移動した。勝手に現場を片付けるわけにもいかず、遠巻きにしていた衛士たちの視線がそれを示している。


「しくった……!」


 現場荒らしなど怖れるはずもない荒増さんは、ずかずかとテントの中へ踏み入った。既に倒れているテーブルをさらに蹴って転がして、道を作る。

 立ち止まって、なにかを拾い上げた。薄い藍のショートジャケット。袖が引き千切れているし、同じデザインの物はそこらじゅうにある。

 その裏地を探って、手の平に収まるほどの紙片が取り出された。そこには、荒増さんの式が描かれている。萌花さんの家で放ち、粗忽さんに憑かせた式人形。

 荒増さんはジャケットを地面に投げつけ、式人形を握り潰しながら、また大きく舌打ちをした。

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