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東の国の呪術師たち―纏繞の人々―  作者: 須能 雪羽
第四幕:唯我独尊
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第38話:叛徒ノ想ヒ王ノ想ヒ

 超長距離望遠による、塞護の映像。最初に報告を行った衛士の部隊と合流した、兵部の装備によるものだ。

 機械的な都市防衛の機能は、白鸞に匹敵する。それが映る限り全て、動きを止めていた。しかしそれも、町のほぼ真ん中にある合同公舎が、消し炭の色をした樹木に喰われているのを見れば納得するしかない。

 そう、白鸞の防塔のように置き換えられただけでなく、貫かれ、壁を幹に包まれて、頭上へ葉まで茂らされた姿。それを喰われたと言う以外に、適当な言葉が見つからなかった。


「塞護にも、纏式士は居たはずなのに……」


 もちろんそれだけでなく、兵部も衛士も駐屯部隊がある。知ってはいたが、纏占隊の僕としては、無意識に漏らしてしまう言葉はそうなった。


「部隊は! 全滅なのか!?」

「はっ、そ、それは……」


 記録係は、転送された映像を画面に出しているだけだ。どれだけ兵部卿が凄んだところで、そもそも答えを持っていない。

 けれどそれは、仙石さんが教えてくれた。


「全滅、には違いないですね。正規部隊としての機能を失った、という意味では」

「――全員が寝返ったと?」

「全員ではありません。幾らか、事前工作で落とせなかった方々がいらっしゃいましたので」


 幾らかという言葉が、実際には何人くらいを指すのか。しかしどうであれ、そちらは本当に全滅させられたのだろう。救出の可能性は考えなければいけないが、戦力としては数えられない。

 塞護の町全体を、暗い靄が蔽っていた。それは段々と色を濃くして、やがてどす黒い塊となって、さらには映像に乱れを起こす。


「おい、どうした!」

「は、す、すみません!」


 さっきと同じく記録係に罪はないし、映像の回復手段も持っていない。当人も無意味に回線を繋ぎ直したりしているが、あれはあの妖の霊に、撮影機器が侵されているのだ。どうしようもない。

 それからすぐに、映像は途絶えた。きっと音声や文字データも同じくだ。


「見えなくなりましたか? この茅呪樹は、じっと見られるのを嫌うようで。愛想が悪く申しわけない」


 セリフとは裏腹に、仙石さんの笑みに見下す空気が消えない。


「要求は。要求はなんだ」

「要求?」

「このようなことで、飛鳥の全てをひっくり返せるとは考えていまい。建前でなく、実質の要求を言え」


 あの人にしては、感情と声のボリュームを相当に抑えている。兵部卿のストレートな交渉は、仙石さんを呆れさせた。


「はっ――。直ちに理解するとは思っていませんが、どうにもその気配すら見えませんね」

「どういうことだ、まさか」

「要望どおり、要求を言いましょう。まずは、自分たちの立場を知りなさい。またその頃合いに、ご連絡しましょう」


 そこで映像は切れた。画面の外に向けて合図をしていたから、その場に機械の操作をする誰かも居たのだろう。


「まさか奴め。本気でこの国の全てを乗っ取る気か!」

「そのようだ。しかもこちらを、オーブンに閉じ込めたチキンかなにかに見ている」


 暗転した画面は、元の壁面に戻っていった。そこに噛み付く勢いだった兵部卿は目の前の標的を失って、苛立たしげにやかましく椅子に座った。

 答えた太政官は、見た目には冷静そうに座り直し、室内の多くの人が考えているに違いないことを代弁する。


「それで、彼は一体?」


 その視線は当然に、心那さんを見ている。纏式士が秘密の塊というのは別にしても、よその隊員のことなど誰も知らない。


「名は、仙石統尤。初手所属の纏式士。年齢は二十二。今年で二年目の、まだ新人です。当人が言うのですから、彼の裏切りは間違いないのでしょう。今の映像に、なんらかの作為でもあれば別ですが」

「若くは見えたが、そんな新人なのか。それでこんな、だいそれたことを?」

「彼は七家の跡取りです」


 場の空気が凍る。とまで言うには、理解した人が少なかった。文脈から、纏式士の中でもすごい家柄なんだろう、くらいは分かるだろうけども。


「七家か。そんな人間を自由にさせて、あまつさえ公職に就かせたことを、こちらに相談もないとはな」

「おや。毎年の隊員名簿は共有している筈ですが、昨年の物は届いておりませんか? こちらの手抜かりであれば、申しわけありません」


 七家は自分たちの血統と能力を守ることだけに拘り、国に敵対しないが協力もしないと聞いたことがある。

 だから彼らは、国家資格である纏式士と実は呼べない。資格を持たない人たちを纏めて言う、式遣しきつかいでしかないのだ。


「まさか。兵部卿にあっては、七家の名も知らぬと?」


 役なしの纏式士も含めて、一般には伏せられている七家の名も、雲の上の人たちには常識らしい。

 自身の怠慢を言外に指摘された兵部卿は「うっかりしていただけだ」と、ある意味で言いわけせずに非を認めた。だが仙石さんやその言い分への苛立ちも手伝ってか、舌打ちと感情は隠さない。


「纏占隊は、どいつもこいつも――」


 厳しい眼光が、心那さんと荒増さんを経て、僕と萌花さんにも注がれる。そこで気のせいだろうか、もう一度小さく舌打ちがあった。それはなんだか、萌花さんに向けられていたように思う。

 王殿に入るには、直接に身に着けている衣服以外は物品を持ち込めない。だから萌花さんの頭は丸見えで、素性が誰の目にも明らかだ。

 誰か。たぶん兵部卿の後ろのほうで、「樹人……」と呟いた。


「兵部」

「はっ!」


 じっと黙って聞いていた愚王が、兵部卿を呼んだ。卿は一瞬で身を硬くして、まっすぐ前に視線を置いたまま、次の言葉を待つ。


「人の心がすぐに、誰かに言われて変われるなどはあり得ぬ。だが、余が目指す国を支える者には、余が思うように変わってもらえればと思う」

「――当然にございます」

「それにも限界があるのは分かる。心の底から、たった今から。などと、そのような無碍な頼みをする気はない。なあ、兵部。それも無理な頼みであろうか?」


 愚王の政治の大きな柱の一つ。それは生まれながらの性質による、差別の禁止。人種や住む土地によって、不利益を与えてはならないと。

 制定されて八年。まだまだ浸透したとは言い難い。だが意識を強力に排除することは、それもまた差別だ。だから速やかに、ただし柔軟に、変革はまだ兵部卿の心の底には届いていないようだ。

 卿は肩を小さく萎ませて、慢心を恥じているように見えた。


「そのようなことは、決して――!」


 飛鳥の国王は、即位する際に幼名から王名に変わる。自身の選んだ文字ひとつというのが原則で、またの名を心銘しんめいという。

 王としてどのような政治を行うか、そのためにどんな信条を己に課すか、そういう意味を持つ。


「余は、愚かだと自身を思う。なにも知らぬ余が、国の全てを知り、国の全てに手を差し伸べられるよう尽くすとしよう。死すまでに、この銘を返上出来れば良いのだが。愚かなまま伏したとすれば、国民よ、余を笑え。やはり愚かであったと、蔑むがいい」


 自分を表すひと文字に、愚かという言葉を選び。死ぬまで国のために在る。王は即位の日に、そう誓った。それは愚王が、七歳の時だった。

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