第31話:其ノ手並ハ口程ニ有
どの砲も、発砲音はほとんどない。実弾砲も電磁加速によるので、火薬の爆発音などがないからだ。各弾頭の風切り音か、ミサイルの推進音が最もうるさいと言っていい。
万能と言われる纏式士も、さすがにそれらより速く進むことは出来ない。僕が知らないだけで、もしかしたら可能なのかもしれないが。
二十階建てのビル相当の防塔。その地面に近い辺りが、弾着による粉塵や煙に包まれている。少将は端のほうだけと言っていたけど、実際には根本から折ろうとしているのか、という勢いだ。
「あっちへ」
「お、おお、おっかねべ!」
着弾の外から、裏へ回るつもりらしい。四神さんが口を開くと、釣られたように萌花さんも叫んだ。怖いと帽子で顔を隠そうとしながらも、しっかり足は着いてきている。そういえば、またいつの間に帽子をかぶったのだろう。
まだ一キロ以上の距離を残して、破片が飛んでくる。その勢いで言うと、射出と表現したほうが正しいけども。それらが僕たちの行く手もすぐ足元も、ざくりざくりと土を掘り返していく。舗装のあるところだって、お構いなしに。
「萌花さんは自分の守備だけ考えて!」
「わ、分がっでるども……!」
兵部の精度は高い。一定の射線を、繰り返しに攻撃がされている。それでも、共振砲や荷電粒子砲の火線周囲は、空間が歪んで影響を受けた。
破片による被害など比較にならないような大きな穴が、突然に目前へ空いたりする。生身であれを受ければ、塵も残らないというやつだ。
そちら側へは紗々に、金糸の壁を立ててもらっている。基本的にはそれで平気なものの、大きな余波で消されてしまうこともあった。
次の壁を出すまでの瞬間的な無防備は、四神さんが式の構築された鈴を鳴らして防いでくれる。易易とやっているけれど、どうやってタイミングを図っているのやら。
「裏に回るよ!」
「はい!」
残りの距離がさらに半分ほどになったところで、四神さんは進行方向を変えた。そろそろ萌花さんは、例の感覚で調べられないかとも思う。だがさっきは地面に触れていたし、こんな走りながらでは難しいに違いない。
一旦は、防塔に取り付くしかないだろう。懸命に走る萌花さんを横目に、覚悟を決めようとした。
「来たよっ!」
なにが、とは聞くまでもない。航跡のように地面を盛り上げながら、こちらに迫ってくる物がある。あの根っこだ。避けて進むには、数が多すぎる。ポーチを探ってマシナリを取り出すと、ひとつ萌花さんに謝った。
「萌花さん、すみません!」
聞こえなかったのか、それどころでなかったのか、返事はない。しかしそれを待っている余裕もない。
マシナリと通常端末を連動させて、宙に操作画面を出す。それを透かして、迫る根っこたちにマークを付けていく。そこでマシナリから、式符の排出だ。現在座標と個体情報を含んだそれを飛ばせば、僕が如何に投球が下手でも貼り付いてくれる。遥か上空から衛星による補助もあるそうだが、僕の知るところではない。
その式符でそのまま攻撃出来ればいいが、僕はそれほど式符の扱いが得意でないのだ。代わりに、と言っては彼らに申しわけないけど、この辺りに居る魂に力を貸してもらう。
「燃ゆる者。熱きその身を、躍らせん」
その手の小説などでは、炎の精霊などとも呼ばれる者たち。その実は、炎に由来して生まれた命。若しくは、それらの死んだ後の姿だ。今は自由に漂っているだけの彼らに、先ほどの式符を喰らえと頼む。
ゴウッ、と音を立てて。現実の烈火となった彼らは、赤い色を引いて歓喜する。まだ方向を持たない彼らに取って、僕の頼みは面白い遊びなのだ。ただそれは、その霊を消耗させてしまう。新たな殻を得る機会を、少しばかり遠のかせてしまう。
それを心苦しく思っていては、纏式士は務まらない。
「四神さん、数が!」
「平気だよ!」
土を撒き散らしながら、根は鎌首をもたげる、いや首などないが。
僕の送った炎たちは、見事にその対象を焼き切った。だが止まらない。どうしてと驚く僕が目にしたのは、一本と思えた根が束ねられていて、五、六本ほどが花開くようにこちらへ牙を向ける姿。ああ、もちろん牙もない。
四神さんは走る速度を少し緩めていた。それは僕の足が遅れたからで、本来この人にその必要はなかったはずだ。その証拠に、自分を狙うよう大きく左右にステップを踏んで、来た根を美しい剣筋で切り落とす。
腰の後ろへ互い違いになった、四神さんの小太刀。その一本を抜きざまに切りつけて、どうしてあんなにダンスのような動きになるのか。そして反対の手には、いつ抜いたかも分からない、もう一本が握られている。
「嵐夏。絶冬」
気安い掛け声みたいに、二つの名が呼ばれた。それはそこにある小太刀の銘。それと同時に、四神さんの式徨の銘。現世に存在を得て、かなりの時間を経たというその二人は、姿を見せてすぐに行動を起こす。
いつの時代だか、着物で歩くのが普通だったころの若武者姿。嵐夏が空を駆けると、その後に雷光が続く。彼が刀を振ることで、同じ軌跡に稲光が走った。木の根を八つ裂きに刻み、その口は焼き焦がされる。
同じころの神職の衣。緋袴を優雅に靡かせて、絶冬は紙垂串を掲げた。嵐夏の刻んだ欠片、刃を逃れた木の根、それらを纏めて吹雪に晒す。色をどす黒く変えて、根は塵として地面に落ちる。その上から、薄い雪が覆い隠していく。
「すごい……」
初めて見たわけではない。でも一度や二度見たくらいで、溢れるような感慨に慣れるはずもない。見蕩れたことは、否定出来ない。
「あれ、おがしな――」
萌花さんが呟いた意味を考えるのも、だから遅れた。その時間を取り戻す前に、僕たちは闇に飲まれた。