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東の国の呪術師たち―纏繞の人々―  作者: 須能 雪羽
第三幕:窮途末路
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第29話:喜楽ヲ纏フ四神八紘

「四神さんの言葉を疑うわけではないんですが――でも、その。なんというか、本当なんですか」

「疑ってるね」

「い、いや。違うんです。でもなんと聞けばいいか、言葉が見つからなくて」


 道すがら。国分さんが裏切った事実を認めたくなくて、そのことを聞かせてくれた四神さんにもう一度問おうと思った。


「あははっ。ごめんよ、冗談だ。久遠くんがあんまり深刻そうだから、和ませようと思ったんだけどね。大丈夫、そう言いたくなる気持ちは分かるよ」


 やれやれと、ほんの軽く呆れた風に四神さんは流してくれる。それは自分のジョークが奮わなかったことにか、僕の未練がましさにか。


「第一報よりも早く、七人集まって防塔に向かった。全員がフル装備で」


 纏式士のフル装備とは、これと決まった形があるわけでない。赴く先に依っては、なにも持たないことが最善という人さえ居る。

 だが七人中一人を除いて、ある程度長く纏占隊に所属している。例外の一人も新人でありながら、つい最近に重武装を披露していた。

 そのような人たちだから、判明している持ち出しリストを見れば、これは彼の隊員のフル装備に違いないと誰かが判断できる。


「――って。やっぱり、どう考えてもおかしいですよね」


 聞かされたことを自分の口で言ってみると、フォローのしようがないなと感じてしまった。

 真っ先に異変を察知したなら、せめて「ちょっと見てくる」くらいは言っただろう。なにか訓練とか巡回とかでも、それは同じだ。いつどこにどんな装備を持参しようと自由だけれど、普段持ち歩かない物を持つからフル装備なのだ。

 目的と直通するものこそないが、怪しくないと擁護できるところもない。


「それはちょっと、事実と違うね」

「えっ?」

「正しくは、国分くんを含めた初手の数人が第二防塔の方面に向かった。それは兵部や衛士府の記録も含めて、どこも異変を認知していない時間だった。発生後に調べた結果、その時間から行方不明なのは七人だった」


 その三つだよ、と。先刻聞いたのと、ほとんど同じことを繰り返された。たしかに取り纏めて言いはしたけど、違うと訂正されるほどのことだっただろうか。

 実際に言われたのだから、やはりそれも疑うわけではないけれども。


「情報ってのはね、どんな時にも虚実ないまぜで、真実を取り巻いているものなんだよ」

「正しい情報を拾い集めないと、そこには辿り着けないと?」

「うーん、そこが難しいところでね。世の中には、余計な事実というものがある。反対に、必要な虚構もね」


 なんとなく分かる気はする。しかし、なんとなくだ。意識的にか無意識にか、誰かの創作や誤った紐付けが織り込まれることがあると、やっと想像するくらい。


「必要な情報を観測しているとね、見えてくるものだよ」

「なにがです?」

「根の結ばれていない、単に纏わりついていただけのものがさ」


 纏わりつくもの。その言葉を聞いて、行く先に見える防塔が、僕の中では繋がった。

 防塔の姿をしたあの妖は、今のところ動きを見せていない。でも市街を襲った根っこは手足のようなもので、殲滅されてはまた伸びてくるのを繰り返している。

 その様子はまさに、纏わりつくと呼ぶに相応しい。それだけに、本体と思われる防塔は、ああいうものなのか? と疑問も湧くのだけど。

 などと考えていると、急に四神さんは吹き出した。僕の顔を眺めていたと思ったのだけど、おかしな表情でもしただろうか。


「いや参ったね」

「え?」

「らしくない講釈を垂れてしまったなと思ってさ」

「ああ――いえ、そんなことは」

「あははっ。いま認めかけたじゃないか」


 らしいか、と言われればらしくない。四神さんと言えば、虚実の虚だけで生きているくらいのイメージがある。

 もちろんそれでは会話が成り立たないので言い過ぎだけど、今しがたのはそこから随分と遠い感じはした。


「いえ。認めてなんかいません」

「そうかい? どうも君を見ているとね、こういうことを言いたくなってしまうんだよ。我ながら似合わないことを言ったものさ」


 防塔の様子に気を配りながら、時に足を止めて、僕たちは走っている。それを四神さんは、のろのろと速度を緩めて、無防備に立ち止まってしまった。

 どうしたんだろう。なにかまずいことでも言ったのか。それとも全く違う懸念でも抱えているのか。

 そんな心配さえしてしまう、翳りのある顔だった。


「似合わなくないです。いつもと違って驚きましたけど、さすが総代だなと思いました」


 気休め以外の何物でもない。子どもの感想文か。自分でそう思いながら、言わないよりはましだろうと言った。

 それに四神さんは、フッと笑って――そのまま堪えきれずに、一人で爆笑し始めた。


「……なにがそんなに面白いんですか」

「あはははは!」

「萌花さん、先に行きましょうか」

「い、いいべが?」


 待てと言うことも出来ないらしく、四神さんは行こうとした僕の服の裾を掴んで止める。

 当然に三人とも立ち止まっているのだけど、廃墟と化した街の真ん中で大笑いしている人と、それを冷たく見る僕。どうしたことかと戸惑っている萌花さん。さらにはそれを、ニコニコ優しい微笑みで見守る紗々。

 なかなかにカオスな光景だ。


「いや、久遠くんは……ぷっ。本当に正直な子だなと思ってさ――くくっ」

「褒めてくださってありがとうございます」


 こうなると、変にリアクションをしないほうがいい。穏やかに、平坦に、感情を殺して返事をする。

 なんだ。真面目そうなことを言ったのも、結局は僕をからかうための布石だったのだ。

 そうだった。年に一、二度、絶妙に忘れたころを狙って、この人はこういう手口も使ってくるのだ。


「僕こそ君に憎まれても仕方がないからね。こうやって構われてくれて、助かるよ」

「なんですか、それは」


 憎むなんて、そんな感情に繋がる事実などない。構われてくれて助かるなどと、からかいなのかすら分からない。

 その両方に、そう答えた。

 心からそう思っているのに、身体と心のどこかから動揺の波が僅かに立ち始める。それを無視する為に、視線をまっすぐ前から動かさなかった。

 それをどう思ったのか、四神さんは静かに「さ。もうすぐだ」と。根気の要るパズルが完成する時のように静かに言った。

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