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東の国の呪術師たち―纏繞の人々―  作者: 須能 雪羽
第三幕:窮途末路
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第28話:彼ノ妖ニ近寄ル為ニ

 纏式士が車両などを使わずに、多くの距離を、或いは素早く移動したい場合は二通りの方法が考えられる。

 なんらかの身体技法によって自身の走る速度を向上させるか、式術によって自分を運ばせるかだ。

 僕の場合は後者。紗々は金糸を向かう方向に伸ばして、それを引き寄せることで高速移動が出来る。そこに乗せてもらうのだ。


「おら、そっただごど出来ね……」

「ああ、そうなんですね。じゃあどうしましょう、普通に走っていくしかないかな――」

「主さま。主さまが、負ぶって差し上げれば良いのではぁ?」

「えっ僕が?」


 そういうやり取りがあって、萌花さんを背負った僕を紗々が引っ張るという、いささか奇妙な移動風景になった。

 速度としては、塞護から乗せてもらった搗割にもひけを取らない。こちらは燃料の代わりに霊を消耗するので、それほど長距離を移動出来ないけれど。

 女性を背負うというのには、抵抗があった。難しい話はなにもなく、単純に僕が恥ずかしくてだ。

 手を握るのも動悸が止まらないのに、背中いっぱいに感触があるなんて――と思ったところで、そんな風に考えるのも気色の悪いことなのではと頭がショートしそうだった。

 第二防塔を取り巻いている、兵部や衛士の姿が見えた辺りで止まって、はたと気付く。


「僕が背負わなくても、紗々なら二人別々に引っ張れたんじゃ……」

「あー、出来ますねぇ。主さま、そうとは仰らなかったのでぇ」

「お、おら。役に立だなぐでっ」

「いやいや、嫌だったわけじゃないですよ。むしろ萌花さんにご迷惑だったなと――」


 式徨として、紗々はまだ若い。まだ生まれて十年ほどだ。それぞれ差があるので一概には言えないが、それくらいの式徨はまだ、主の指示なくして動くことが出来ない。

 荒増さんの真白などは、実に自由なものだが。


「やあやあ、久遠くんと萌花ちゃんじゃないか。こんなところで会うとは、奇遇だねえ」


 僕たちが足を止めたのは、大通りの端だ。車両も通行人の姿もなくて、がらんとした反対側から声が聞こえた。

 この軽薄な声は――と探る必要もなく、四神さんがそこに居る。リラックスした腕組みで、商品を紹介する映像の映る壁にもたれかかっていた。

 どう見たって待ち構えていたという格好だし、この人に取って奇遇なんて言葉は恣意と同義だと僕には思える。


「どうしてここに来ると分かったんです?」


 わざとらしく、じとっとした目つきを作って聞いた。正体の掴めない人だが、嫌いではない。


「あはは、ばれたか。いや最初に見かけたのは、本当に偶然なんだよ。国分くんのビルを見張らせていたからね」

「それは全然、偶然じゃないと思いますが」

「それでちょっと、君たちに手伝って貰おうかなと思ったんだ」


 初対面だったり生真面目な人なら、話を聞いているのかと怒るかもしれない。僕もいまだに大丈夫なのかと不安を覚えるけど、今までに意図が伝わっていなかったことはない。

 むしろこちらが想定した以上のことまで汲み取って、いいようにフォローしてくれていることが多い。


「手伝い、ですか。ええと萌花さん、ここからでいけますか?」

「ん……まだ分がんね」


 そうすると感度が増すとかだろうか。萌花さんは、手を地面に付けて言った。まあ搗割で通った時よりもまだ遠いから、無理もない。


「なんだい?」

「荒増さんに言われて、あの妖についてちょっと調べものを」

「ここからでってことは、近くに行く必要がある?」

「ええ、そうです」

「そうか、ならちょうどいい! 僕もそれを手伝うよ」


 四神さんは左の手の平に、軽く握った右の拳をポンと打つ。合点がいったとかうまくいったとか、そういうジェスチャーだけれど、実際にやる人は初めて見た。


「手伝う? 護衛をしてくださるってことですか」

「萌花ちゃんが、なにかするんだろう? 可愛い女の子のためなら、護衛くらいいくらでもするよ」

「ああ――そうですか。それで、そちらのお手伝いとはなんです?」


 顔の造りが基から笑っているような、いつもにこやかな四神さん。その表情が、いっそう緩んだ。

 僕も何度か見たことのある、荒増さんでさえ毛嫌いして避けようとする顔だ。


「大したことじゃないんだ。僕は防塔に侵入しようと思っていてね。近付くというか、接触する必要があるんだよ。だから君たちが必要な距離までは、僕が護衛する。そこからなにかあるようなら、君たちは離脱しつつ注意を引きつけてくれればいい」

「ええと、それって……」


 いま偶然に会って、たまたま思い付いたにしてはやけに長いセリフ。それを四神さんはどこか壁にでももたれて、ゆっくり練習でもしていたかのように、すらすらと言う。

 いやそれは、囮と言うのでは。

 しかしこちらの必要な距離までで、なにかあるようならという条件付きだ。それならこちらに得しかないとも言える。


「萌花さん。調べられるところまではどのみち行かなければなので、それでいいですか?」

「んだすな。まんず、よろしぐ」


 恐縮した様子の萌花さんは、深く頭を下げた。四神さんはその手をぐいっと取って、反対の手で僕の手も同じに握って力強く振る。「よろしく」と、あっけらかんと言われたけれど、どうも早まったのかもしれなかった。

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