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東の国の呪術師たち―纏繞の人々―  作者: 須能 雪羽
第三幕:窮途末路
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第23話:暴言ハ身ヲ滅シ給フ

 軽武装の警備要員たちは、左右に三人ずつ。列を作って待ち構える。彼らの見据える兵部の入り口に、先ほど入っていった萌花さんの背中が見えた。

 自動で開閉する透明な引き戸が開いて、彼女は後退りの格好で建物から出てくる。と言うより、追い出された。萌花さんの正面には、兵部の士官服を着た男が二人。腕章で階級を見ると、手前に居るのは少志しょうし、向こうは杜佐とのすけ


「樹人が纏式士とは信じ難いことですが、身分は確認しました。ですがどちらにせよ、このような時に面会などする暇がある筈はないでしょう」

「ほんただごど言わねで、今どごに居るすが教えでくれでも。おら、頼まれで。わらしの遣いでねだがら」

「ああ、もう。なにを言っているか分かりません!」


 せっかくの頼まれごとなのだから、会えないまでも今の所在くらい教えてくれてもいいじゃないか。たぶん萌花さんは、そんなことを言って食い下がった。

 若い、と言っても二十歳くらいの少志は、苛とした態度で萌花さんの肩を押す。すると彼女は「あうっ」と声を上げて後ろに二、三歩よろめいて尻餅をつく。列を作っていた警備要員たちが、それを両脇から抱えて無理やりに立たせる。


「萌花さ――」


 非常時だからか、纏占隊で最年少の僕が兵部に来ても、ここまでのあしらいをされたことはない。子どものくせにという態度や、そのままの言葉を投げられたことはあるけれど、身分が確認出来れば渋々ながらも普通の対応をされた。それがどうして、萌花さんにはこうなるのか。

 さておき見ているだけということも出来ず、駆け寄ろうとした。しかしまたも荒増さんは、僕を実力で引き止める。なぜ止めるのか。そう聞くことさえ、威圧する視線で黙らされた。

 するとその間に、五十歳くらいだろうか、杜佐の男が高慢に言う。


「どうも纏式士という奴らは大尉だいじょう持成(もちなし)だからと、勘違いをしている者が多い」

「な、なんした?」

「こちらが体良く帰らせてやろうとしているのだ。それをしつこく――身の程を知れ」


 纏式士は纏占隊に所属した時点で、大尉と同等に扱われる。衛士府の塞護支部長である粗忽さんは少尉で、それよりも高位ということだ。

 大尉の一つ上に当たるのが、杜佐。少尉の二つ下が少志。きっとそこに居る少志は萌花さんを追い返そうとしたものの、本当に纏占隊の隊員であると分かって杜佐を呼んだのだ。

 けれどもきっと、萌花さんはまだそんなことまで理解してはいない。杜佐がなにを言っているのか、さっぱりだろうと思う。


「荒増さん、あれはひどいですよ」

「うるせえ、黙って見てろ」


 潜めた声に、やや抑え気味の声が返った。普通に声を出せば、ぶん殴られるところだったに違いない。鋭い視線に本気を感じて、仕方なくまた黙る。

 気付けば、こちらの気配を遮断する式符が足元に一枚、放られていた。


「しかし纏占隊も一芸だけはあるが、地に落ちたものだ。いや、つまりそのような大道芸人の集まりに過ぎないと証明したということか」


 杜佐の尊大な態度に、萌花さんは目を白黒させている。それを反抗する意思がないと判断したのか、その男はますます言葉を重ねた。


「なんだが? 頼むがら、おらの分がるごど言うべ」

「分からんと言ったか。お前のような樹人を内に入れることを、恥と思わんのが恥だと言っているのだ」

「あいすか……」


 これまでの体制に古くから慣れた者の、それが偽らざる気持ちなのかもしれない。どうしてそんなことを言われねばならないのか、理由も知らずにそこだけは萌花さんに伝わってしまった。

 この男は、なにか纏占隊か纏式士に思うところがあるのだろう。それを彼に取っては差別の対象である、複人の彼女に当てつけた。もしかすると他にも、機嫌を悪くするなにかがあったのかもしれない。

 しかしどれを取っても、萌花さんが責められる話ではない。


「荒増さん、もうあれはダメですよ。僕は行きますよ」

「だから待てっつってんだろ。俺が行く」

「ですから止めても――え?」


 式符が隔てていた仮初めの結界を踏み越えると、それは散り散りに砕け散った。ほんの少し前とまるで言うことが違うのに戸惑う僕を後目にして、荒増さんはのしのしと芝を踏みつけるようにして萌花さんの下へと向かった。


「なんだ貴様、ここは兵部の敷地だ。勝手に――」

「聞いたことねえか? 俺は荒増と言う。こいつと同じ釜のメシを食ってる」


 同じ釜って。萌花さんとは今日会ったばかりなのに、ハッタリにも程がある。

 だが曲がりなりにも、萌花さんを助けようとしているのだ。茶々を入れる僕ではない。黙って後ろに続いて、意味もなく織南美の位置を整えてみたりする。


「荒増?」


 杜佐は、その名にすぐには思い至らなかったようだ。その辺りの地位になれば、現場で誰がなにをしたのか、よほどでなければ知ることはないだろうから無理もない。

 けれど少志のほうは、すぐに顔色を変えた。


「し、失礼ながら!」

「なんだ」


 耳打ちされた杜佐は、それでも少しの時間をかけて心当たりを探していた。しかしやがて、顔の色を真っ青にした。


「きさ――いや。貴殿はもしや、荒増也也どのか」

「その通りだ」

「それでこちらは、貴殿のお仲間と?」

「如何にも」


 兵部の二人は、ばたばたと音を立てて身なりを整え始める。何度か合わせた服の裾を最後に確認すると、緊張した声と共に頭を下げた。


「大変に失礼を致した。あらためてで申しわけないが、用向きをお聞かせ願えようか」

「そうだな。差し向き、一つ伝言を頼もうか」

「は。何処に、如何様に」

「兵部卿にだ。俺は怒っている。程度で言えば、上の中だとな」


 杜佐は下げた頭をさらに下げる。身体を二つに折ろうかというほど。

 その様子を、今度は少志の男が怪訝に見た。当代最強の纏式士の名は知っていても、上位にある杜佐がそこまで畏れ入るなにごとがあるのかと。もちろんそれは彼の表情から僕の想像だが、僕自身もそう思ったのだ。きっと間違いはないだろう。

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