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東の国の呪術師たち―纏繞の人々―  作者: 須能 雪羽
第三幕:窮途末路
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第22話:虚無ト呼バフ街ノ死

 王殿のある中心部から、防壁はおよそ同心円を描くように十二枚設置されている。稼働していなかった最初の物を除いて、それ以降の防壁は正常に稼働していた。

 次の防壁を越えるまで、対応に出た兵部や衛士以外の生き物が、僕たちの目に触れることはなかった。

 複人を含めた人間はもちろん、動物も、虫も、植物も。着ていた衣服さえその場には残らず、素より身一つの生き物たちは、そこに居た記憶も記録も残らない。

 なにしろ鮮血を散らすことさえないのだ。かろうじて誰かの手から離れた手荷物が、中身をそこらじゅうに散らばらせていたり、そんなことがせいぜいだった。

 絶えず撮影されている監視映像には映っているだろう。でもなにか目的がなければ、そんな物を閲覧する人など居ない。であれば、映っていないも同然だ。

 建物や店先の商品や、人の使っていた車などの道具。それらの日常に損傷はさほど目立たなくて、そこから生き物だけがすっぽりと抜け落ちている。

 戦闘の音が離れると、やけに風の音がうるさく感じた。この町に吹く風が、こんなにも賑やかなのだと初めて知った。


「守れなくて、すまなかった……」


 搗割の中で、胸に手を当てた粗忽さんが呟いていた。もはや過ぎ去った後方に向けて、歯を食いしばりながら。

 荒増さんも四神さんも、それになにも言うことはなくて、似たようななにかをすることもなかった。

 考えてみれば僕たちが唹迩や妖と戦う目的は、粗忽さんと同じなのだ。それなのにこれまで、救えなかった誰かの為にこれほど悔やんだことがあっただろうか。

 なくはない。けれどそれは、きっと感傷でしかなかった。その時の全てで目の前に居た荒増さんが、そういうことをしないせいもあるにはある。でも根本は、僕自身が自分の使命を正しく知っていないからではないか。

 そう考えて、恥ずかしく思う気持ちが死者に向けられていないことに、また恥じ入った。


「久遠さん、なんとした?」

「――いえ、平気です。被害が大きいなと思って」

「んだな……」


 心配をしてくれた萌花さんは、すぐには怪訝な表情を崩さなかった。けれどじきに粗忽さんと並んで、両手を合わせてなにやらぶつぶつと祈り始めた。

 ……やがて到着したのは、中心部から防壁を一枚隔てた区画。兵部や衛士府の本部施設は、ここにある。纏占隊の本部は、もう一つ外だ。

 中でも行き先として荒増さんが指定したのは、兵部。実働部隊の駐屯設備はなく、いわゆる偉い人や事務方の人たちが詰めている建物だ。


「僕は被害報告でもしてこようかな。義務ではないけど、曲がりなりにも役職を持っていると、不思議とそういうことをしておこうという気持ちにもなるよね」


 柄でもないとか、誰もそんなことを言っていないのに、四神さんはそんなことを言って立ち去った。

 現在のところの被害は、面積で言えば白鸞の五分ほどが壊滅した推測が立っていた。重要施設こそないものの、そこまで対応が遅れたことが問題だ。

 四神さんが単身で駆け回って集めた資料を、スネイクの使えるここで吐き出していくつもりのようだ。


「ではここでな。危険もあるだろうが、せめて息災であることは祈らせてもらおう」

「ありがとうございます。粗忽さんこそ」

「気ぃつげでな」


 降車した僕たちに、粗忽さんは一度だけ、ついっと手を振ってくれた。それからすぐ、おそらく向かう衛士府のほうへ視線を向けて凛々しく去っていく。

 荒増さんとは互いに姿が見えていたはずだけれど、やはりお互いになにも言わないままだった。


「兵部に来て、どうするんです? それともこの近くに、なにかあるんですか?」

「ふん。おい、新人」

「ふへっ」

「中に、受付用の端末がある。行ってこい」


 急にどうしたのか、萌花さんもそんな頼まれごとをするとは思っていなかっただろう。

 いや伝言してくるくらいは大したことでなく、彼女だって断る理由はない。驚きつつも、首を縦に振った。


「なんと言えばいいでありますか」

兵部卿ひょうぶきょうに会わせろってな。俺やこいつの名前は出すな。お前の名前でだ」

「ひょうぶきょう――でありますか。了解であります」


 これを聞いて、僕は異議を唱えようとした。しかし荒増さんの大きな手で胸を制されて、留まることとなった。

 手は拳に握られていたし、制されたと言うには風を切る速度でそれは胸に当てられたのだけど。

 兵部卿がどういう立場の人物なのだか、萌花さんは知らないようだ。知っていたら、頼まれごとに意気込んだような、あの様子にはならないと思うが。

 彼女の背中が建物の中に消えて、僕はようやく質問を許された。


「纏占隊の新人隊員が、兵部のトップに会わせろなんて。いきなり通るものですか? しかもこんな時に」

「さあな。配属も決まってねえ。しかも樹人だなんて前例がねえ。俺なら、なんの悪戯かと思うがな」


 果たして悪戯で済むだろうか。敷地の外で待つ僕たちの前を、警備要員と思われる数人が通り過ぎていった。

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