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東の国の呪術師たち―纏繞の人々―  作者: 須能 雪羽
第三幕:窮途末路
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第21話:穿ツ矛ハ物質ニ非ズ

 紅蓮の炎が、一瞬ながらも視界を覆う。荒増さんの式徨、真白が裾を振るだけで、数えるのも面倒だった細かな根は焼き払われた。

 それはこの一度だけでなく、もう何度目だか分からない。彼女がそれを行う為の霊を分け与えているのは荒増さんで、まだ全くと言っていいほどに疲れが見えなかった。いったいこの人の限界はどこかにあるのかと、そら恐ろしくなってしまう。

 ともかくも、被害の及んでいる最も先を見る。当初の予定を変更しなかったのは、僥倖だったのかもしれない。場当たり的に配置された兵部の装備では、彼ら自身の身を守ることで手一杯の様子だったからだ。


唹迩おにが多いですね」


 人や動物や植物や、数多の命。殻を得る前の、意識だけのそれをたまと言う。

 そこに至る前。或いは滅びたあと。いずれどんな命の元となるのか、若しくは力尽きて消え去るのか。そんな弱々しい存在を指して、莫乃と言う。

 そのいずれにも、自己以外のなにかに対して害意を放つ者が在る。それらを総じて、僕たちは唹迩と呼んでいる。


「シールドを透かさなくとも、瘴気が見えるほどだ。そうもなるだろうさ」


 世間一般の人たちに普通に見えるものではなく、その位置や形を道具に頼らず知れることが、纏式士の最低限と言っても良いだろう。

 もちろん逆に言えば、それを可能にする道具もあるということだ。兵部にも衛士にも与えられている、識外しきがい装備がそれだ。ゴーグルやオーバーグラス型などと形状はたくさんあるけれど、どうやら粗忽さんが使っているのはアイシールド型らしい。

 妖である木の根が接した土や風も、唹迩と似た性質の禍々しい気配を帯びている。どうやらそれは、アイシールドを使わなくとも見えるほどに濃いもののようだ。

 その濃さが、数限りない唹迩をこの場へ呼び寄せている。


「いやはやどうにも、忙しいことだね。ああ萌花ちゃん、君は初陣だ。無理をすることはないよ」

「んだ。んでも、そいだばだめだ。この子たづ放っだら、あいすかだば済まねごどなる。こったにがさって、この子もひづねべ。あの爺さまに、こったにちょさえられて。おら、少し腹悪りな」


 気を遣った四神さんの勧めを、萌花さんは断った。それがどういう意味の言葉だったのだか、はっきりしたところは分からない。しかし彼女の顔に浮かんだ、悲しさと怒りとが混ざったような、なんとも言えない表情。それが萌花さんの素直な気持ちなのだろう。

 樹人という立場からすると、植物はどんな距離にあるのか。友とか仲間とか、そんな気持ちであるなら、暴れるその姿は見るに堪えないに違いない。けれども同時に、そこへ刃を向けることはどうなのか。

 萌花さんの周りにふわふわと浮かぶ山桜の花弁が、極小の刃となって唹迩を切り裂く。その向こうにあった太い木の根は、「そうかい」と微笑んだ四神さんが切り捨てた。


「剣の腕だけで十二分のようだ。國分もそうだが、どうして纏占隊に。衛士であれば、もっと高い地位も望める」

「いやいや、それほどでも。こちらこそ、あなたのように美しく、実力も兼ね備えた衛士が居るとは。不見識だったと認めるのに、やぶさかでないよ」

「――はっ。貴様は要らんな」

「それはどうも」


 冗談ではなかったのだと思う。けれども最後には、単なる軽口となった。四神さんの両手には、それぞれ小太刀が。粗忽さんの手には、言わずと知れた長十手が。

 互いの背中を守り合い、即席の割りに素晴らしいコンビネーションだ。粗忽さんが動きを制限した木の根を、四神さんが切り裂く。四神さんの手数でも追いつかなかった相手は、粗忽さんが押さえつける。


「ああああ、うざってえ!」


 荒増さんは、倒れた衛士の人から借りた長十手で殴りつけていた。その右手で木の根を叩き潰し、左手には剣印けんいんを結んで、霊の放出だけで唹迩を屠る。

 この人なりに、先のことを考えて温存しているのだとは思う。けれども紗々に頼んで、金糸の壁を盾として張っているだけの僕でさえ辟易としてきた。無限に降る雨を防ごうとしている気分なのだ。ただの雨なら、濡れてもまあいいかで済むけれど、こちらのこれには毒がある。

 そんなちまちまとした作業を、荒増さんに我慢出来るはずがなかった。剣術着にも似た厚手の袖が、がばっとめくり上げられる。左腕のほぼ全面を覆うサポーターのようなそれが、この人のマシナリだ。

 大きければ必ず高機能、ということはない。優秀なパーツを使えば、小型化は叶うのだから。しかし荒増さんのそれに関しては、大きさが機能の高さと多さを示している。もちろん詳しい性能は僕の知るとことでないけれど。

 僕が見たのでは、どこをどういじればいいのか見当もつかない物を、荒増さんは目も向けずに操作する。すぐに排出されたのは、束になった式符。無造作に宙へ投げられると、それが地面に籠目紋を描く。俗に言う、六芒星を。


「あ、荒増さん! そんなことしたら、街が吹っ飛びますよ!」

「もう人間は居ねえんだ、建物は直しゃいい!」


 その技は、過去に見たことがあった。向けた先にある建物は、地面と一緒に抉り取られること請け合いの威力だ。殻も霊も関係なく、諸共に破壊することだけを目的とした乱暴な式は、この人が使うに相応しいのかもしれないが。

 それが任務であることは間違いなくとも、それだけで妖を根こそぎに出来るわけではない。なのに街をも破壊することが僕には大それたことで、同意しかねた。

 荒増さんには、僕の同意など路傍の石ほどの価値もないのが悲しいけれども。


「也也」

「ああ!?」


 冷静に諫める声を、四神さんが発してくれた。総代だけあって、さすがにいよいよという時には止めてくれるのか。と、ほっとしたのは僕の早計だったようだ。


「兵部の増援だよ。あちらにお任せしようじゃないか」

「んだと?」


 上部に箸を一本載せたような、アンバランスなスタイルの装甲車両。ハッチから顔を出した指揮者らしき人が、怒鳴るように指示を飛ばす。


共振砲きょうしんほう用意!」


 きっと触媒が、その色なのだ。赤みの強い光が砲身に蓄積されて、すぐさま次の指示があった。

 それはもちろん「てぇ(撃て)っ!!」と。光線は行く道にある風も土も根も、斃れた兵部の人たちの亡骸も飲み込んで走る。建物も触れられた箇所を蒸発させて、遮蔽物とはならない。荒増さんの放とうとした技に勝るとも劣らない、兵部の通常装備。

 同じ車両がまだ数台、後ろに続いているのが見える。どうやら僕たちのここでの仕事は、終わったようだった。

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