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東の国の呪術師たち―纏繞の人々―  作者: 須能 雪羽
第二幕:危急存亡
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第15話:蠢ク闇ノ気配ヲ見ユ

 乙式徒歩戦闘車両。衛士府の虎の子であるその乗り物は、通称を搗割かちわりと言う。硬質樹脂と金属だけで作られている割りに、乗り心地はかなり快適だ。

 後部の座席がトラックの荷台のような場所へ折りたたみ式のベンチというのも、むしろ船べりみたいに思える。僕たちはゆっくり川下りをしているのだったかと、勘違いしてしまいそうなほど。

 左右にも後ろにも、大きな開口部が複数取られている。風が車内で巻かずに、スムーズに後ろへ抜けるよう設計されているらしく、それも心地良さを底上げしていた。

 塞護から白鸞へ、公用車専用路とは名ばかりの荒野を抜けているのだけれど、むしろおかげでピクニック気分にさえなれそうな環境が整っている。

 ……はずなのだが。同乗した誰も、まともに口を聞こうとしない。荒増さんはいつもの機嫌の悪そうな目で外を睨みつけているし、粗忽さんはその反対をやはり睨んでいる。

 副官だという見外みそとさんだけは、ときどき楽しそうに口を開く。けれども「千引ちびきちゃん、お菓子食べる?」などと、空気を察しているとは言い難いことばかりだ。

 萌花さんは二人を見て「仲良ぐでいいべな」と薄っすら笑うものの、元気がなかった。自分の家が滅茶苦茶にされてしまったのだから無理もないけど、もしかすると入隊式のことをまだ引きずっているのかもしれない。


「あと十分ほどです」


 薄い壁と扉に隔たれた運転席から、スピーカー越しに声がかかった。ここまで一度も返事をしていないから、今回もそれでいいのだろう。

 助手席の男性が、まだ険悪な空気なのかと同情の視線を窓の向こうから送ってくれる。僕もまた、萌花さんと同じような笑みしか返すことが出来なかった。

 この空気の理由は、もちろん荒増さんの行動にある。萌花さんの家で説明を受けたものの、これもいつも通りに、相手に理解させようという気が感じられなかった。


「敵は俺たちを監視してる」

「俺たち? 荒増さんに個人的な恨みを持った相手ってことですか」

「違えよ。纏占隊をだ」

「どうしてそんなことが?」

「勘だ」

「また……確証はなくても、推測はあるんでしょう?」


 荒増さんの行動のほとんどは、理解に苦しむ。でもそれはその時その場での話で、なんやかんやで理由が分かれば、まあまあそういうことなら仕方ないと思えてしまう。

 なるほどそれなら当然だ、とまでは思えないのもこの人らしい。

 それはきちんとした説明をしないせい、というのが多分にあると思う。頭のいい人だから、分かっているはずなのに改めようとはしない。


「敵は伽藍堂がらんどう弥勒。目的は分からねえが、統括と俺の不在を狙ったことは間違いない。だから俺が白鸞に戻ったことを悟られねえように考えたのさ」

「伽藍堂――」


 それを聞いた時、威勢のいい粗忽さんも、ひとつ息を飲んだ。

 高度に科学が発展し、その上に纏式士までが居る飛鳥にあって、やろうと思えば個人の情報を丸裸にするなど造作もない。

 しかしその中にあって、正体を掴めない伽藍堂弥勒。過去に纏式士であったとか、人に化けた妖であるとか、推論でしか語れない。

 行うのはいわゆるテロ行為で、重要施設を破壊したり、小さな村を襲ったり。続けて数十件も行動したかと思えば、数年に渡って沈黙することもある。

 ことの大小を問わず、青く塗った人間の頭骨をその場に残すのが特徴だ。

 爆発物を使ったり、妖を操ったり。規模も手法も問わないので、纏占隊だけでなく兵部に取っても衛士に取っても宿敵と言える。


「話は分かった、としておこう。だが他に方法はあっただろう。タクシー代わりにするのは良いとしても、乱暴が過ぎる」

「俺が簡単に侵入出来るくらいだ。伽藍堂にも出来るだろうな」

「――そうだとしても、回答になっていない」

「ああ? 王殿の回線に割り込める相手だぞ? 首都まで乗せていけとか、どうやって頼めってんだ」


 つまり荒増さんは、その移動が衛士府にさえ伝わらないようにしたかったのだ。王殿にちょっかいをかけた何者かを、速やかに移送した。表向きはそういうことにしろと。

 対象が王殿であれば祭部が取調べをするだろうし、移送が終わるまでに名前が判明しなくても不自然ではない。纏占隊を出入りする車両は、毎日数えるほどもなく、衛士府のそれは数え切れないほど、というのもあるだろう。


「……ちっ。それにしたって、ここは個人の所有物だろう。修理には相当かかる」

「事情が認められれば、纏占隊が補償する。そうならなかったら、俺がどうにかする」


 天井や壁に穴だらけの部屋を見回しながら、最後に粗忽さんが言ったのは苦し紛れだろう。

 荒増さんがはっきり答えると、大きな舌打ちをもう一度して、白鸞への移動の連絡と車両の手配をしていた。

 それからここまで、二人は口を聞いていない。あ、いや。細かな行き先だけは話していたか。

 やがてその場所に、搗割は到着した。最終的には違うのだけど、まずは襲撃された第二防塔の見える高台へ。

 車から降りるのは避けたほうがいいだろう。それに遠方を見通す式も、こちらを察知されては意味がない。だから単純な光学式の双眼鏡を借りて覗く。


「お前たちの言っていた通り、構造物には問題ないようだな。人影がないのが問題だ」

「はっ!」

「なんだ」


 粗忽さんも荒増さんも、双眼鏡から目を外さない。でも明らかにバカにした態度で鼻を鳴らされては、問い返す語調もまたきつくなろうというものだ。


「てめえの目は節穴か? ようっと見ろ。ブロックの継ぎ目をな」

「継ぎ目?」


 防塔のように大型かつ耐久性を求められる建築物は、内側に緩衝素材を封じたブロックで造られることが多い。

 重ね合わせて使うので、もちろん継ぎ目は生じるが、高度な接着技術のおかげでそこが弱点になることはないそうだ。

 だがそこを見ろと荒増さんは言った。言われたのは粗忽さんだが、同じ感想を持った僕が見て悪い道理はない。

 だから見て、異変に気付いた僕の思いと、次に粗忽さんが言ったのはやはり同じだった。


「防塔が……生きている?」

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