第13話:気高ク強ク儚キ存在
萌花さんのその緊迫した表情が、優しさを存分に示している。
でも彼女は知らないのだ。纏占隊に入隊出来た以上は、幾ばくかの実力があるのだろう。でも実戦とそこに至るまでの訓練を施された纏式士とでは、どうしたって差が生まれる。
「測るところ、此方に進む者の歩みを。剣となれば、之を留めん」
式言を築きつつ、僕は右手に手印を作る。まずは帯印。次はいわゆる、サムズアップを横に向けた形の、止印に。
手印を使うことにも色々な意味があるけれど、いま行ったのは僕のすぐ周りの空間に働く法則を書き換えたのだ。
その結果、降り注ぐ弾雨の真下に行っても、弾丸は僕の身体を捉えない。どころかその速度を失って、足元へぽろぽろ落ちていく。
「なんだべ……」
僕とやり方は違うけど、もちろん荒増さんにも普通の弾丸は通用しない。細かな糸で絡めとられたように、荒増さんを鉛色に彩っていく。
二人の様子を見た萌花さんは、言葉を失っていた。彼女の術者としての能力は、まだほとんど見ていない。その反応からすると、自分を守ることに関しては、あまり考えたことがないのだろう。
「僕たちに銃は通用しませんよ!」
既に銃撃は止んでいる。こちらからは相手の顔が見えなかったけど、向こうからは見えただろう。鉛の雨に濡れるどころか、完璧な撥水性を持っていることも。
数秒の間があって、再び銃撃が始まった。今度は屋上に空けられた穴を軸に、ぐるりと円を描くように。
大抵の建物は、合成樹脂で造られている。骨組みを用いずに鉄筋コンクリート並の剛性や耐久性を持ち、専用の工具があれば工作も容易。その天井や床を穿った弾丸が相手では、家具や建具で防ぐことが出来ない。
しかもそれは、上から降り注いでいるのだ。萌花さんに安全な場所など、存在しなかった。
「萌花さん、僕の傍――え?」
僕が盾になることなら出来る。そう思って呼んだ時には、遅かった。
いや手遅れということではない。萌花さんを背中から抱きしめるように、艶やかな真紅の着物の女性が彼女を守っていた。
「ど、どちらさんだべ」
「まあまあ、可愛らしいことですなあ。ヌシさまの、新しい女でありますかなあ」
「真白さん、ありがとうございます!」
「構いませんぇ。ということは、久遠さんの良い人でありますかなあ」
「いえいえ――!」
急に現れた真白に、萌花さんは首を竦ませている。しかし彼女が守ってくれていることも分かるのだろう。拒絶する反応はない。
「くだらねえこと言ってねえで、お前も早くしろ」
「分かりました、そうですね」
世間一般に、纏式士の存在はそれほど知られていない。しかし秘密にされているわけでもないので、知っている人は知っている。そんな人たちが「纏式士といえば」と言ったとき、代名詞的な存在がある。
僕もそれを呼ぶために、腰にある二本の刀のうち短いほうの柄を握って抜いた。
「……おいで、紗々!」
霧のようで、雪のような、光り輝く細粒が舞い始める。それは速やかに、確実に、なにかの意思を持って降り積もる。形を創る。黄金の粒はやがて糸になり、おぼろげに人の形を成していく。
天から降ろされるという羽衣のような、まばゆい光の帯がさらにそれを包んだ。その光が治まるとそこに、僕の忠実な式徨である紗々が姿を現す。
「ああ我が君、お呼びにより罷り越しました。愚昧なる我が身なれど、願わくはご命令を賜りたく――」
「今日もありがとう、紗々」
とろけそうな、恍惚とした表情の紗々は、まだアイドリング状態だ。僕では知覚出来ない、ここではないどこか。そこからこちらへ来る時に、意識をリセットされるような感覚があるのだそうだ。記憶した事を忘れるとかではなく、それほど不都合ではないけれど、普段見慣れた彼女になるには僅かながら時間がかかる。
「……はい主さま、紗々でございますよ。此度はなにを致しましょうかぁ?」
「まだなんだか分からないんだけどね。この建物の中に、敵が入ってきてるんだ」
「畏まりましたぁ。生かしますか? 殺しますか?」
「生かしてほしい」
同じく式徨の真白と比べて、紗々のほうが少し若い印象がある。それは彼女たちの生前の姿に関係があるのか、式徨となる時の手順などでそうなるのかは分からない。
その長い歴史の中で、纏式士は用を代行させる為の存在を多く生み出した。それら使役体の中で最も万能で、今や纏式士の代名詞ともなったのが式徨。
彼ら、彼女らはその存在の最初に人の手を必要とする以外において、人の能力から遠く離れたところに在る。それぞれの性格や能力も個々様々で、多くは生み出した纏式士の嗜好や能力に依存する。けれども例えば纏式師が能力表などを作成して、この通りの式徨を生み出したいと考えてもそれは叶わない。
当然のことながら、能力だけでなく見た目にも優れた存在を欲するのが人の性だ。しかしそういった欲求によって生まれた式徨の多くは、むしろ醜い姿となるらしい。
その点において、この場に呼び出された二人はとても有能でとても美しい。彼女たちが呼び出した僕や荒増さんを慕ってくれているのは、その姿が維持されていること、その力が衰えないことで明白だ。
「あそこに居る萌花さんは、仲間なんだ。真白さんが守ってくれているから、紗々は敵を捕らえて。事情を聞きたいから、なるべく怪我もさせないように」
「畏まりましたぁ。では早速」
言った途端に、紗々は一方の壁に突進していった。情報盤の画面に映る生体反応は、そこにない。だがなにごとかと意識を向けると、激しい銃声に混じって妙な音が聞こえる。機械的にたくさんの空気を吸っているような、高速車両の吸気音に似ている。
「紗々、高熱に注意だよ!」
「心得ておりますよぉ」
か細い紗々の腕が振り上げられ、壁を切りつけるように振り下ろされた。それは直接には触れていないはずだが、大根の首を落としたように壁が切断される。その向こうには、建築用工具を構えた男が居た。