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大砲の値段(not円)がすごいです。


「おい、大丈夫か」


 体をゆすられてはっと目を覚ますと、目の前にバフーク隊長がいた。無精ひげがすごく濃くなっている。


「これ、飲め」


 革袋に入れた水をくれる。私は、それを少し口に含むと周りを見回した。


 城壁の上の兵士たちは、ぐったりとしゃがみこんでいる。中には両耳に手を当てたまま、倒れこんでいる者もいた。

 そっと狭間から外の様子を伺ってみる。朝焼けの草原には、死体がばらまかれたように放置されていた。

 もう吐き気はしない。


 バルスク軍による攻撃が始まって、まだ5日目だが、敵の突撃はかなりの回数になっている。そのたびに矢を雨のように降らせ、投石し、城壁の上からも石を投げた。

 さすが守るに固いとアレウズが言っていただけあって、敵兵を寄せ付けはしなかったが、問題は兵の士気だ。


 一昨日、月明かりの無い夜を狙って、バルスク軍は城壁との距離を縮める作戦に出た。しかも、大砲をこちらから見えにくい右翼に移し、夜明けとともに派手にぶっ放した。

 その球がついに城壁にあたり、東の物見用にせり出した塔を破壊した。

 バフークの言うとおり、石積みの壁はもろく、一瞬で塔はただの石の山と化した。不幸中の幸いは、せり出した部分をかすっただけなので、壁まで崩れずに済んだことだ。

 しかし、その効果たるや恐るべきもので、やや大砲に慣れてきたはず兵士たちは、初めて大砲を見た時よりもさらに怯えるようになってしまった。

 さすがに、アレウズが率いてきた騎司の兵士たちはそれでも戦意を保っていたが、問題はシュルター城の守備兵である。

 彼らは一応城壁の上の守りについてはいるが、大砲の音が聞こえるや否や弓矢を放り出して地面に額をこすりつけ、何やら祈りの言葉らしいものを一斉に唱え始めるのだ。

 

「このままじゃ、まずい気がする……」


 私は思わずつぶやいた。


「何もしなければ、確かにヤバい状況だな」


 バフーク隊長が敵陣の方を伺いながら、低く言った。


「だが、ミレトス村の兵士たちが戻れば、撃って出る手もある。連中は、バルスクとの戦に慣れてるからな」

「ミレトスの兵士……」


 シュルター城から、シノぺ城塞へはすでに伝令が飛ばされている。アレウズ直々の命令なので、セノンテス伯も拒否はできないだろう。

 友軍が戻るというのは、本来ならば勇気づけられることだけれど、私は暗い気持ちになった。

 戻ってきたミレトスの兵士たちが遭遇するのは、バルスク軍だけではない。妻や娘が敵にさらわれた、という悲惨なニュースなのだ。

 憎しみのために戦意は上がるかもしれないけれど、今の状況では、兵の数が増えたくらいで、女の人たちを取り返すことまでできるとは思えない。


「おい、あれ、従士頭じゃないか?」


 バフーク隊長が私をつついた。

 顔をあげると、ヴァクルが城壁に続く階段から顔を出した。


「おい、シャラナル。いい加減、戻って来いよ」


 私は立ち上がって、そちらに走って行った。


「殿下は? 軍議はどうなった?」


 ヴァクルはため息をつくと、周りの兵士が聞いていないのを確認してから言った。


「紛糾してる。殿下はいつものとおり、沈黙の石像だしな。ノールト伯は、ベルジュ要塞まで撤退するとか言い出すし、何考えてんだか……」


 撤退?

 私は危うく大声を上げるところだった。


「これ以上、さがるなんて、ミレトスを見捨てる気?」

「もちろん、殿下が賛成するわけない」


 ヴァクルは言った。


「でも、このままじゃ消耗戦だ」


 私は唇を噛んだ。

「サール様は?」

「ザンターク将軍に煙たがられながらも、軍議に出てるよ。殿下が何も言わないから、代わりにここに踏みとどまるように、ってヴォスタイン将軍と頑張ってる。シノぺ城塞からは何も言ってこないし、正直、サール様でも見通し立ってるとは思えねえな」


 私は頭を抱えた。出口なしだ。あとどのくらいこの城はもつだろうか。

 問題はあの大砲だ。

 正直言って、射程も短いし、連射は5発が限度だし、球はただの丸い石で火薬も詰まっていないし、かなりしょぼい。

 しかし、地の底から響くような爆発音と、この世界では新兵器であるその存在への脅威はものすごい。シュルター城にたてこもる兵士たちに対しては、一騎当千の強者かと思われるほどの無双ぶりだ。

 そう思った時、私はあることを閃いた。

 城壁の狭間から顔を出す。


「おい、よせ」


 ヴァクルに肩をつかまれたが、無視して大砲をじっと観察した。


「ねえ、ヴァクル」

「なんだよ」


 私は大砲を見つめたまま言った。


「あの大砲、いくら?」

「は?」

「金額。いくらか分かる?」


 ヴァクルはあきれたような顔をしたが、ちょっと首をひねって答えた。


「まあ、5千スィクルはするだろうな」


 しまった、サールからは政治や地理については習ったけど、通貨とか物の単位を全然教えてもらわなかった。


「えっと、もっと分かりやすく……」

「あんだよ。5千スィクルは5千スィクルだ。……、タレス産の馬なら500頭は必要だ」


 うーん、それ、東京ドーム10個分、と同じくらい分かりにくい例だよ。


「ヴァクル1人分くらい?」

「はあ?」

「人間だったら、誰と同じくらいの身代金がつく?」


 ものすごくシツレイな例だが、中世の戦争のように、身分のある人間を捕虜にして身代金を払ってもらうのは、たぶん、この世界でも普通にある事なんじゃないか、という予想のもとで聞いてみる。

 ヴァクルはため息を吐くと、まわりに聞こえないように小声で言った。


「まあ、ヴォスタイン将軍くらいだな」

「そんなに?」


 私は思わず大声を出した。あわてて口を押えたが、周りの兵士は音に鈍感になっているらしく、ぴくりとも動かない。

 しかし、ヴォスタイン将軍とは……。あのスキンヘッドおじさんは、確かサール講座で、アルイール大陸のどの王宮でも吟遊詩人によって歌われる、『カイールの豪傑』と呼ばれるうちの一人だと習った。

 つまり、すごく知名度がある。人質にとれば、ものすごい金額を請求できるわけだ。

 あの大砲一門が……。

 私がぼんやりバルスクの陣を見ていると、横から顔を出したヴァクルが、慌てて私の肩をつかんで無理やり床にしゃがませた。


「来るぞ!」


 一呼吸後に、本日の第一弾が響いた。

 兵士たちが一斉に飛び起きる。

 もういい加減慣れてもいいんじゃないかと思うが、私の正面で横になっていた若い兵士は飛び起きるなり、手にしていた異様に長い数珠を爪繰りながら、何事か唱え始めた。


「天の救済の祈祷かよ。縁起でもねえな」


 不快げに言うヴァクルに、私は尋ねた。


「なんで撃つって分かった?」

「火つけてりゃ、そうに決まってるだろ」

「見えたの?」


 私は驚いた。私は大砲の輪郭が分かる程度だ。しかし、よく考えれば、こんな開けた大地を馬で駆ける人たちなのだから、視力はものすごくあるだろう。

 これ、いけるかも。

 そう思った時、兵士の中から声が上がった。


「攻城櫓だ!」


 私はヴァクルが止めるのも聞かず、立ち上がった。

 バルスクの陣地から、次々に駆動式の櫓が現れた。

 大砲で城壁を崩すことはあきらめて、従来の攻城作戦に変えたようだ。シュルターが堅牢な要塞とはいえ、士気は下がっているし、城門近くの塔にも大砲が一発当たっている。

 確かに敵にとっては、攻め時だ。


「これは、まずいな」


 顔を出したバフーク隊長が、忌々し気につぶやいた。

 また大砲が撃たれる。

 迷っている暇はない!

 私は決心すると、正面の兵士の肩をつかんだ。夢中で祈っていた兵士は、身体をわななかせて顔を上げた。

 私は勢い込んで言った。


「君! その数珠――」

「ロザリウムです」

「そのロザリウム! は、祈祷一回ごとに玉一個進むんだよね?」

「そ、そうです。一連終われば天国に行けます」

「天国に行くのはまだ早いよ! 私が合図したらもう一度最初から祈り始めて!」

「は??」

「一定の速度でね。それで、もう一度合図したらやめる。分かった?」


 私の剣幕に押されて、兵士はうなずいた。


「ヴァクル!」


 今度は、ヴァクルの肩をつかんで立たせる。


「何すんだ!」

「よく見て!」

「何を?」

「大砲!」


 私は指さした。


「見て、何してるか教えて!」


 そう言った瞬間、玉が一発発射された。


「祈祷はじめ!」


 私が振り向いて鋭く言うと、兵士はびくっとして祈り始めた。

 よし。


「ヴァクル!大砲の所、何してる?」


 ヴァクルも私の勢いにたじろぎながら、素直にリポートを始めた。


「ええと、なんか水掛けてるみたいだな。槍? 棒みたいので、……たぶん玉が入るように掃除してる。それから、球を持ってきてるな。また槍みたいので中に入れてる…のか? なんか数人でごちゃごちゃやってる……。散った。火が付いたぞ!」


 ヴァクルは伏せようとしたが、私はその体を抱えるようにぎゅっとつかんだ。


「大丈夫!当たらないから」

「はあ? ふざけんな!」

「ふざけてない!」


 次の瞬間、炸裂音と共に玉が飛び出した。


「祈祷止め!」


 私が振り返って叫ぶと、兵士は、はっとしたように硬直してこちらを見た。

 すかさずロザリウムを覗き込む。


「いくつまでいった?」

「15個です」

「よし!」


 私はうなずくと、立ち上がってヴァクルに言った。


「殿下に意見具申に行くよ!」




「殿下!」


 城主の間に入ると、アレウズ、サール、ノールト伯、そしてザンターク将軍がいた。


「マーヤ!」


 アレウズは大声で私の名前を呼ぶと、私の肩を痛いくらいの強さでつかんだ。


「なぜ戻らなかった。心配したぞ!」

「いや、伝令で忙しくて」

「伝令は兵の仕事だ!」

「そうだけど、人がいないんだから仕方ないでしょ……じゃなくて!」


 私は肩に置かれたアレウズの手をぐっとつかんでいった。


「大砲を奪いましょう!」

「はあ?!」


 背後でヴァクルが頓狂な声を上げた。他の従士見習いたちも、一気に顔を青ざめさせた。


「ちょ、何言いだすんですか、シャラナルさん」

「城から出るとか自殺行為ですよ!」

「ついに気が狂ったか……」


 ザンターク将軍が低い声で言う。


「全く正気です!」


 私は言い返した。


「大砲は、今やバルスク軍の前衛に出てきています。しかも、5発撃ったら、その後は当分撃てません。トルヴァの騎兵なら、その隙に一気に駆けて大砲を奪い取り、戻ってくることは十分可能です」

「馬鹿な」


 吐き捨てるように言ったのは、ノールト伯だった。


「敵の只中に飛び込むなど、全滅しに行くようなものだ。奴らは攻城兵器も完成させている。もうこの城塞は終わりだ」

「その攻城兵器ですよ!」


 私は叫んだ。


「あの櫓は木製です。油を入れた袋を投石機で投げて、火矢を射かけてください。櫓が燃え上がり、敵兵が逃げ出したらこちらの勝ちです。混乱に乗じて大砲を奪います」

「いい加減にしろ!」


 怒声をあげたザンターク将軍を、アレウズが手で制した。

 顔に、何かを考えているときの静けさが戻ってきている。


「本当に5発で沈黙するのか」

「あの大砲は、5回撃ったらしばらく砲身を冷やす必要があるんです。つまり、5回撃たせてしまえば、あとは次弾の心配をする必要はありません」

「しかし、砲身が溶けるのを覚悟の上で、さらに撃つ可能性はあります」


 アレウズの背後からサールが出てきた。

 私はすこし気持ちがくじけそうになったが、ぐっとおなかに力を入れて言った。


「砲を発射してから、次弾の装填まで。天の救済の祈祷を、15回も唱えないといけないんですよ!」


 部屋の中にいる全員が、は? という顔になった。

 いかん、また順序を間違えた。


「時間がかかる、ということです。それだけあれば、トルヴァの騎兵なら敵陣まで突っ走れれます!」


 私はアレウズの胸倉をつかんだ。


「ズイナーンの蹄を信じるんでしょ?!」


 アレウズの琥珀色の瞳が、見開かれた。

 やがて、その頬にふっと笑みが浮かんだ。


「信じるさ。お前のこともな」


 耳元でそうささやくと、アレウズはヴァクルを見た。


「すべての騎司を集めろ! 作戦を伝える」

「殿下!」


 ザンターク将軍が、取り乱した様子で一歩前に出た。


「おやめください。そのような無謀な……」

「ザンターク。貴殿の慎重さには敬意を払っているが、この度の戦、我らはミレトスを守り抜くために来たのだ。退きたければ、貴殿の兵のみで退け。止めはしない」


 ザンターク将軍の顔が赤くなった。


「では、そうさせていただく!」


 捨て台詞のように言うと、ザンターク将軍はマントを翻して部屋を出た。


「ま、待たれよ。ザンターク殿!」


 ノールト伯が慌てて呼び止めたが、それすらも無視された。


「ノールト伯。御身も退いても構わない。城内の食糧の乏しいことは分かっている」


 アレウズの声に非難の響きはなかったが、ノールト伯はぎくりとしたようにアレウズを見ると、どさり、と椅子に腰を下ろした。

 ヴァクルがはっとしたように、従士見習いの子たちに言った。


「アルヴェースはヴォスタイン将軍を、セニヤクはマルティク将軍を呼びに行け!」

「は、はい!」


 少年たちは駆け出して行った。


「俺は、サルドウ将軍を呼んでくる。お前は残れ」


 ヴァクルはそう言うと、駆け出して行った。


「重要な決定では、意見を言いたくなかったのではないですか?」


 サールが面白そうに言った。


「そうですけど。今回は前回と違って、勝てる自信があるんです」

「頼もしいな」


 アレウズが笑った。


「ですから」


 私はアレウズを見た。


「もしこの作戦がうまく言ったら、一つだけ、私のお願いを聞いてください」

「願いってなんです?」


 サールが眉をひそめる。


「いいぞ」


 アレウズがさらりと言った。


「殿下、そのように易々と――」

「サール。俺たちは、ただでさえマーヤに借りがある。願いくらい、何でも聞いてやるさ」


 私はにっこり笑った。

 本当にうまくいくのか、実のところすごく怖いけれど、やるしかない。

 絶対に成功させて、アレウズに〝あのこと"を頼むんだ。




 集められた将軍たちは、「大砲を奪う」と聞いた瞬間こそ青くなったが、その後アレウズが作戦を説明すると、何とか納得してくれた。

 トルヴァの騎士ならばできる、という自負はものすごいものがある。

 問題は、相手の突撃を誘わずに5発を確実に撃たせることだが、私はそれについても腹案があった。

 弓隊を場外に出すのだ。城門の上と外から矢を雨あられと降らせれば、敵も突撃しにくいし、外に出ていることで罠のように見え、敵は用心して大砲を使うはずだ。


「では、城外の弓隊は俺が引き受けよう」


 ヴォスタイン将軍が言った。


「俺の隊は体を張るのが得意だからな」


 アレウズはうなずいた。


「危険な役目だが、頼むぞ」

「承知」


 ヴォスタイン将軍はうなずくと、部屋を後にした。


 私は絶対に広間にいるように、とアレウズから厳命を受けたが、みんながいなくなると、青の塔へと走った。奥方と侍女たちが避難している部屋だ。


「シャラナルです!」


 ドアを開けて叫ぶと、侍女たちが走ってきた。


「下はどうなっていますか?」

「攻城兵器を見た、という者がいます!」

「ここはもう危ないのでは!?」


 私は、ドレスの波にもみくちゃにされながら叫んだ。


「大丈夫! 大丈夫ですよ! ちゃんとお守りしますから!」

「シャラナル兄……ちゃん!」


 ドレスの間から、イエルクが顔を出した。

 衛兵たちも要塞の防衛に取られているので、代わりにイエルクが姫君たちの守りとして、この祈祷室に配置されている。

 小さいとはいえ、一応戦士なのだ。

 しかし、あまりの可愛さに思わず抱きついてしまう。


「イエルク~!」


 ほんと癒される。


「あなたたち、静かになさい。シャラナル殿は、例の物を取りにみえられたのですから」


 フイース様の落ち着いた声がした。


「そうでしょう?」


 奥方の青い瞳に見つめられて、私は慌ててイエルクを床におろすと、騎士の礼をとった。


「ご協力、感謝申し上げます。奥方様」

「女でも戦の役には立ちます。さあ、お持ちなさい」


 私は数日前から奥方にお願いしていた、それを見た。

 うん! 完璧だ。


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