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敵に囲まれていたようです。

「殿下! 大変です!」


突然、鋭く叫ぶ声とともに、少年が転がり込んできた。赤地に金糸で獅子の縫い取りがされた胴衣を着ている。

さっき追い出された人たちの中にいたな、この子。


「なんだ、ヴァクル?」


 ヴァクル、と呼ばれた少年は、アレウズの後ろにいる私の姿を認めてちょっとびくっとしたが、すぐに気を取り直して叫んだ。


「斥候より、敵陣にて大砲を見た、との報告です!」


 アレウズの顔が一気に険しくなった。


「馬鹿な、バルスクにそんな技術はない!」


 吐き捨てるように鋭く言う。

続けて、サールが苦々しく言った。


「セノンテス伯が売ったのでしょう。本当に立ち回りの上手なお方だ」

「この戦いが終わったら、首をはねてやる!」


 アレウズが怒りを抑えられないように低く言った。


「殿下、どうされますか?」

 少年が我慢できないように勢い込んで尋ねた。金髪の髪が揺れている。こちらの方がよっぽど神話に出てきそうな容姿だ。


「大砲を撃ち込まれたら、兵が狼狽します。そうなったら脱走とそれに伴う混乱で我々は自滅するしかない。敵の狙いはそれでしょう」


 サールの言葉に、アレウズは決然として顔を上げた。


「今夜、この包囲を抜けてシュルター城に向かう」

「包囲?」


 私は思わず大声を出した。

 この粗末なベッドといい、布テントみたいな空間といい、かなりぼろぼろな風体な男たちといい、たぶん戦場なのだろうとは思っていたけど……。


「ここ、もしかして周りを全部敵に囲まれてるの?」


 一瞬、目の前にいる三人の顔に怪訝そうな色がさしたが、すぐにサールが「そうだった」という顔をして言った。


「このガーフの丘は五日前から敵に包囲されています。それこそ蟻の這い出る隙もなく」


 なんてこった。敵のど真ん中で召喚されるとか、私ってついてない。


「大丈夫だ。必ずお前をシュルターへ連れて行く。……今度こそ」


 アレウズが強い瞳で私を見た。

 私はすぐに分かった。シャラナルは、この包囲を破ろうとした戦いで死んだのだ。敵兵の槍にかかって……。


「しかし、我々はすでに失敗しています。どうやって」


 少年が言い募ると、サールが私を見た。そのままずんずんと私の方へ歩いてきたかと思うと、ありえないほどの至近距離で言った。


「さて、役に立ってもらいましょうか」

「え、私、ほんとに武器なんか持ったことないですし、馬にも……」


 しどろもどろ言う私を無視して、サールは私の腕をつかむと、少年の方を向いて毅然と言った。


「行ってすべての兵に伝えなさい。神は御印を地上にあらわしました」


 そこまで言うと、私の身体をぐいっと前に押し出した。


「アレヴェルクの民、シャラナルを卑劣なバルスクの刃は貫くことができなかった。神の守護は我々にあるのです!」


 透明な力強い声が、天幕のなかに響いた。

 唖然とする私を完璧に無視して、サールは続けた。


「今こそ敵を打ち破る好機! 諸将よ、奮い立つのです!」


 いつの間にか、戸口には先ほどの黒マントの男や、身分の高そうな軍人たちが立っている。


「司祭殿……。本当に……」


 呆然としたように黒マントの男が言った。


「ザンターク将軍。御覧なさい。この者はもう血を流してはいません。軍司令のあなたが、その目でこの奇跡を見たのです」


 天幕の外からどよめきが聞こえた。

 いつの間にか、大勢の兵士たちが集まってきたようだ。

 サールが私を見た。


「さあ、シャラナル。兵士たちにその奇跡を示すのです」

「え、私?」


 驚愕する私の背に大きな手が置かれた。


「行くぞ」


 アレウズが私の肩をそっと押して歩き出した。

 その歩みは堂々として、まさに王者のものだった。

 入り口に立ち尽くしていた将軍たちは道を開け、私たちは天幕を出た。


 眩しい――。

 突然差し込んだ光に目を射られ、私は顔をそむけた。

 次に顔を上げた時、目の前では輝く甲冑に身を固めた100名ほどの兵士が、驚きの表情をたたえてこちらを見ていた。

 アレウズが私の手を取ると、それを高く掲げた。


「トルヴァの戦士たちよ、見ろ! シャラナルは無事だ」


 おお、というどよめきが兵士たちの口から漏れる。


「戦女神ネインの加護は我らにあり! 恐れずに立ち向かえ、アライアスの子らよ!」


 アレウズが言い終わった途端、その場にいる全ての者が、剣を振りかざして歓声をあげた。


「女神の勝利を!」


 その声は波のように、緑の丘全体に広がった。

 吹き抜ける風の向こうに、私は黒い波のような敵軍の姿を認めた。




「いやいやいや、無理! 絶対無理!」


 私は天幕の簡素なベッドの後ろにしゃがみこんで頭を抱えていた。


「敵中突破って何? 馬? 乗ったことないし!」


 何よりも、私の前任(?)のシャラナル君はその特攻作戦で死んだんでしょ!? そりゃ、運命の神様としては、私が死んだら次ってのがあるのかもしれないけど、私は死にたくない!

 そこまで思った時、私ははっとした。

 今、私はこの異世界と思われる場所で、本当に自分のものかどうかもわからなくなりそうな身体で、一体何をしているんだろう。

 もう一度、両手を見つめる。

 見慣れたもの、でも、もしかしたら私ではないかもしれないもの。

 元居た場所では、私はもう死んでいるのかもしれない。

 でも、今ここで戦場の空気を吸いながら、死んでいる、という事を考えるのはとても恐ろしい気がした。


「おい、大丈夫か?」


 突然肩をたたかれてびくっとなる。

 振り返ると、同じくびくっとしたらしい、少年が立っていた。金糸の獅子の刺繍が目に入る。


「えっと、ヴァクル……くん?」


 私は名前を呼んでみる。


「なんだよ、くんって」


 ヴァクルはちょっとあきれたような、安心したような様子で、私のベッドにどさっと布の塊を置いた。


「服。まだ誰にもやってなかったから」


 見ると、ヴァクルと同じ赤地に獅子の胴衣と、鎖帷子、タイツのように見えるズボンとおぼしき衣装などがきれいに畳まれている。


「あ、ありがと……」


 私はおずおずとベッドの後ろから出ると、ヴァクルの前に立った。

 金髪の下の榛色の瞳が、じっと私を見ている。

 どうしよう、怪しまれてる?やっぱりシャラナルには似てないのかな……。

 そう思った時、ヴァクルが口を開いた。

「本当に、生き返ったんだな」


 え?


 見る見るうちに少年の眼に涙が浮かんだ。と思うと、突然抱きしめられた。


「死んじまったと思った。あんなに血が出てたし、お前の眼……もう何も見ていなくて」


 すすり上げる少年の重さより、私は罪悪感に押しつぶされそうだった。

 もし、本当にシャラナルが私を呼んだのだとしたら、彼はいったい何をしてほしいんだろう。こんな風に泣いてくれる同僚をだますようなことをして。

 私はそっと彼の背中をたたいた。


「もう、大丈夫だから。お願い、泣かないで」


 精一杯優しくいってみる。

 すると、突然ヴァクルが顔を上げた。綺麗な顔が台無しなレベルでぐしょぐしょだ。


「お前、なんだよ、そのしゃべり方! 本当に記憶ないんだな」


 は、しまった! つい母性を発揮――と思いかけたが、すかさずヴァクルが言った。


「でも、そんなところもお前らしいよ。あと、筋肉はもっと付けた方がいいぞ」


 ヴァクルはそう言うと、袖で顔をごしごしふきながら出て行った。

 ん?筋肉?

 私は自分の体を見下ろした。

 刺繍だらけの上着はサールに回収されてしまったので、今は白い病人服みたいなものを一枚着ているだけで、ほとんど下着姿同然だ。

 それで抱きしめられたのに……気が付かれなかった。

 私はベッドにがくんと腰を下ろした。

 もう、なんか、色々つらい……。


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