砂糖は主食じゃありません。
「で、結局、大砲のお金はどこから出たの?」
私が尋ねると、アルキルは考えこむように首をひねった。
「サールの話じゃ、ビサンテが大砲の資金をセノンテス伯に提供したという噂があったらしいんだよな」
「あ、それ報告したの私。それで姫に泣かれた」
「まじか。あれ、おまえだったのかよ。ちょっとは気いつかえよ」
「すんません」
いや、なんで私が怒られてるんだ?
「でも、ただの噂で、ビサンテは裏切ってないってアエリア嬢に言われたよ」
「姫君付きの女官なら、そう言うしかないさ。ただの噂とはいえ、火の無いところに煙はって言うだろ」
「つまり、アルキルはビサンテを疑ってるの?」
「逆に信用できる理由があんのか?」
私はどきりとした。
確かに、ビサンテはトルヴァ人の王家を嫌っている。サラヴァルトを混乱させるために、敵に協力することが絶対にないとは言えない。
でも……。
「違う」
思わず口からこぼれた呟きを、アルキルは聞き逃さなかった。
「そう思うか?」
「うん」
私はうなずいて、アルキルを見た。
「ビサンテの人たちは、確かにアレウズとその王家をよく思ってはいないかもしれないけど、サラヴァルト全土の信仰の守り人である誇りを持ってる。だから、国を混乱に陥れるようなことはもちろん、バルスクに味方するようなことはしないと思う」
いろいろ事情はあっても、ビサンテはサラヴァルトの重要な同盟国だ。
「疑うのは簡単だけど、信じる理由だって、ちゃんとあるよ」
私はアエリア嬢や聖庁の騎士さんたちのことを思って、そう言い切った。
アルキルはそんな私を見ると、にやりと笑った。
「甘ちゃんだ、と言いたいとこだけど、俺はそういうの嫌いじゃないぜ」
「どーせ、甘ちゃんですよ」
憮然として言うと、アルキルは笑って私の背中をバシバシたたいた。
めっちゃ痛い。
「機嫌直せよ。アレウズだって、あんたのそういうところが好きなんだろうさ」
「な、なんでアレウズが出てくるの?!」
思わずムキになる私を無視して、アルキルはまた少し考えこむような顔になる。
「俺が気になるのは、ビサンテが金を出すって考えそのものだ。はっきり言って、ビサンテは貧乏なんだぜ」
「え?」
それは意外な情報だった。
聖庁を守っているビサンテの騎士さんたちは、みんな騎司庁の騎士より豪華な鎧を身に付けているし、姫君たちだってそうだ。優雅そのものの暮らしぶりから、勝手にビサンテ人はみんなお金持ちなのだと思っていた。
「ビサンテの国土は、そんなに豊かじゃねえよ。ビサンテを追い落としたアルカー王はそれを知ってて、わざとあの痩せた土地をビサンテにやったんだ。それが結局、今に至るまでの禍根を残してるってわけだけどな」
確かに、もともとは大陸一の栄華を誇っていたのに、そんなところに押し込められたら、さぞ悔しいことだろう。
あれ、やっぱり敵に味方する理由もある……のか?
「ま、それでも聖庁には金が集まるから、ビサンテ王家もかつての威容を失墜させない程度の暮らしはできてたんだが、アレウズの親父さんは聖庁からビサンテのへの金の流れを差し押さえた」
アレウズの親父さんって現国王のことだよね。なんつー無礼な呼び方を……ってそれより――。
「なんでそんなことしたの?」
「聖庁は、あくまでもサラヴァルトのためにあるってことを示すためだ。結局のところサラヴァルトの庇護下にあるビサンテには、その決定に逆らうだけの力はない」
「それ、ちょっとひどくない?」
これじゃ、聖庁の騎士がトルヴァにいい顔をしないのは当たり前だろう。
「まあ、確かに乱暴だけど、国王さんは、サラヴァルトとビサンテを一つにしたいって気持ちがあったのさ。それで、あの姫君のご登場だ」
「テオドラ姫?」
「ああ。今まで聖庁から非公式に流れてた金は、王妃となる姫君の『砂糖料』って名目で、公式に渡されるようになった」
「は? 砂糖??」
「砂糖は白い砂金だからな。すげー高価で、サラヴァルトでもビサンテでも手に入らない。つまり、それを購入する資金って名目だ」
「いや、分かるけど、なぜに砂糖??」
「ん?」
アルキルが、何言ってんだ、という感じの顔をこちらに向ける。
「だって姫君ってやつは、甘いものないと生きていけないんだろ?」
いや、姫を何だと思ってるんだ。
もちろん、名目だから本当に砂糖を買うためのお金じゃないのは分かってるけど、言い方もっとあるでしょ。化粧料とか、衣装代とか。
「でも、それで公式にお金が渡るようにはなったわけね」
「ああ。けど、ビサンテの心情としては微妙だろうな。金が欲しけりゃ姫君を寄越せって言ってるようなもんだ」
「だよね」
確かに婚姻は国同士の同盟のためにはいい考えかもしれないけど、そうやってお金を絡めることで、ビサンテのプライドを逆なでしているとも言える。私はテオドラ姫の険悪な態度を思い出した。あれがビサンテ全体の気分を表しているのだろう。
でも、アレウズのことは嫌っていないみたいだったし、お金のことがあっても、あの二人の結婚は国のためにも本人たちのためにも、悪いものではないのかもしれない。
そう思って安心しようとしたが、なんだか逆にもやもやしてきた。なんでだろう……。
「おい、シャラナル。眉間に皺寄って、すげーブサイクになってるぞ」
「え、ええ??」
私は、あわてておでこを押さえた。ブサイクって、ひっど!
そんな私を見て、アルキルはにやにや笑っている。
「アレウズと姫さんのこと考えてたんだろ?」
「ち、ちが……」
わないけど、違う!
「そんなことより、大砲の話でしょ!」
「ああ、そうだな」
「つまり、資金は――」
言い終わらないうちに、アルキルが私の手からフィリヨンの入っていた籠を、ひょいと取り上げた。
「ちょっと、返してよ!」
「返すって姫さんにだろ?」
「姫さんじゃなくてテオドラ姫! 別に直々に返すわけじゃないよ。お礼は改めて――」
「いや、今行こうぜ」
アルキルはそう言うと、頭上で小さな白い花を付けている枝をぽきりと折って、籠に投げ入れた。
「え、まさか、それが」
「そ。お礼」
「お手軽すぎでしょ!」
「へーき、へーき」
私の力いっぱいのツッコミも無視して、アルキルは籠を肩に抱えると、ぱちんとウィンクして見せた。
「ついでに、大砲の資金についても聞いてみようぜ!」
「は……」
はあああああ???
「ダメ、ダメ! 絶対ダメだってば!」
「だから、平気だって!」
くそっ、なんでこのチャラ男はこんなに背が高いんだ!
私はアルキルから籠を取り返そうと、躍起になっていた。アルキルは私の手が届きそうな場所に籠を持ってきては、またひょいと頭の上に持ち上げる。
こいつ、完全に遊んでる!
「テオドラ姫に直接聞くとかあり得ないから! 出禁になるよ!」
「大丈夫、大丈夫。任せとけ」
「いや、絶対、大丈夫じゃないし!」
せっかく、ダンス教師として気に入ってもらえるところまで来たってのに、ほんと、何考えてんだこの人!
必死に飛び跳ねていると、背後から小鳥のような声がした。
「まあ、先生!」
「と、聖騎士様??」
「あー……」
ついに侍女ガールズに見つかってしまった。しかも「先生」ときた。スカヴィアの詐欺師の腕は大したものだ。
「どうなさいましたの?」
全員、きょとんとした顔をしている。きっと私が猿みたいに飛び跳ねてるの見てたんだ……。もう聖騎士の威厳とかこっぱ微塵だし。いや、そんなもの元々ないか。
「これはお嬢様方」
アルキルは私の絶望には一向に頓着しない様子で優雅に挨拶すると、さっとフィリヨンの籠を差し出した。
「今朝は美しい賜り物を、ありがとうございました」
「まあ、もう全てお召し上がりに?」
「はい。こんなに美味しいお菓子は、タロスでも口にしたことがございません。まさに天上の美味」
いや、あんた一口食べて、いらないって言ったじゃん……。
ヴァクルも甘いものが嫌いなので、結局全部私がもらって聖庁に持って行ったのだ。
そんなことは、ちっとも知らない侍女ガールズが、あら、と嬉しそうに微笑む。
「それは、よろしゅうございましたわ」
「はい。ぜひ姫君に、直接お礼――」
「は、いいから!」
思わず大声で止めに入った瞬間、背後で冷たい声がした。
「何がいいのかしら?」
あー、これ……。
恐る恐る振り向くと、薄布を重ねた淡いブルーのドレスをまとった可憐なテオドラ姫が、塩気たっぷりの様子で立っていた。
「お礼などしなくともいいと言うの?」
ここで、ご登場ですか~。(泣)
「いえいえ、シャラナル殿は、姫君はお忙しいので、後にするようにと言っておられただけですよ」
アルキルがにっこりと笑うと、籠を差し出した。綿毛のような白い花びらが籠からこぼれている。怒るかと思ったが、意外にもそれを見たテオドラ姫の表情が、少しゆるんだ。
「シャミラの花ね。私のおばあ様のお花よ」
「『アリアト城の乙女』ですね。あの歌はタロスでも非常に人気が高いのですよ。私も婚礼の席などでは、よく歌わせていただいております」
忘れてた。この人、吟遊詩人って設定だったっけ。テオドラ姫のおばあ様って、歌になるほど有名なんだ。後で調べよう――じゃなくて!
「アルキル、それ知ってて選んだの?」
小声で尋ねる私に、アルキルはにやりと笑って見せる。
詐欺師、マジであなどれないな。などと思っているうちに、テオドラ姫はシャミラの花を手に取ると、アルキルを見た。
「確かに、あなたたちにかまっているほど暇ではないけれど、これから庭園でお茶をするところよ。あなたたちこそ暇なようだし、飲んでいきなさい」
暇……ではないけど、お茶にはものすごく惹かれる。
「光栄です、姫君。お菓子もありますか?」
「ちょっ、アルキル!」
今朝もらったばっかでしょうが! 図々しいにもほどがあるよ!
姫が「はあ?」という表情でこちらを見る。
「お茶にお菓子が付かないことなんてあるの?」
「ございますよ」
アルキルはそう言うなり、突然、足を踏み出してテオドラ姫に近づいた。用心していたらしいアエリア嬢がすかさず立ちふさがる。しかし、アルキルはその小柄な体を圧倒するように、テオドラ姫の瞳をのぞきこんだ。
「台所に十分な砂糖が無い場合は」
アルキルの背にさえぎられて顔は見えないが、アエリア嬢が、はっとするのが分かった。
「アルキル、何言って――?」
私が止めるのも無視して、アルキルは素早くシャミラの花を一輪取ると、姫の黄金色の髪に挿した。
「シャミラの花言葉は、『春はよみがえる』でしたね」
何、言い出すんだ、この人?
新手の口説き文句かと思って、真面目に止めに入ろうとしたとき、凛としたテオドラ姫の声がした。
「気が変わったわ」
「え?」
「姫様?」
私とアエリア嬢が同時に姫の方を向くと、テオドラ姫はドレスの裾を、さっと翻した。
「あなたたちは予定どおり、ここでお茶をしていなさい。私は、この者と中で頂きますから」
困惑気味に顔を見合わせる侍女たちを置いて、テオドラ姫は、ずんずんと柘榴石の塔の方へ歩いていく。当然のようにその後を付いて行くアルキルを、私とアエリア嬢はあわてて追いかけた。
塔に入ると、テオドラ姫は迷わず、今朝ダンスをした応接室ではなく、アレウズとお茶をした奥の部屋に入って行った。
そこは、姫のプライベート空間とされている場所なので、私もアエリア嬢も戸惑ったが、その困惑の原因であるアルキルは全く気にせず、当たり前のように部屋へ入って行く。
一応、結婚前の姫君なんだけどな~。
でも、姫が止めないので仕方ない。
部屋にはもちろん、お茶が準備されているわけもなく、なんだか殺風景に思える。
テオドラ姫は窓辺の椅子に座ると、立ったままのアルキルを挑むように見た。
「それで?」
アルキルはにっこりと笑う。
「それで、とは?」
なんだ、その雑なとぼけ方!
あわてて姫の方を見ると、案の定、みるみるうちに顔が怖くなる。
私は慌てて、アルキルの前に立った。
「申し訳ありません!この者は、ちょっと調子に乗りやすくて」
「さがってなさい!!」
いかん、逆効果だった。
嫌われてるんだってことを、つい忘れてしまう。
助けてもらおうと、アエリア嬢のほうを見ると、なぜか顔色が真っ青だ。
テオドラ姫はアルキルを、鋭い目つきでにらみつけたまま言った。
「さっき、砂糖がどうのと言っていたようだけど?」
「ええ」
アルキルはうなずくと、余裕の笑みを浮かべたまま進み出た。
「実は、先ほど台所の用をされている娘さんに偶然、お会いしまして」
「アイダね」
下働きの子の名前も、ちゃんと覚えてるんだ……って感心してる場合じゃない。
何、さらっとアイダ嬢のこと巻き込んでるのよ!
もう、やめろと念を送ったが、アルキルには届く様子もない。
「近頃、柘榴石の塔の蓄えが減っていると、心配しておいででした。つまり、砂糖のですが」
姫は何も言わない。いつの間にか私の横に立っていたアエリア嬢が、突然ぎゅっと私の袖をつかんだ。驚いてそちらを見ると、どうやら無意識にそうしているらしく、緊張した面持ちはアルキルに向けられている。
「柘榴石の塔の物資は、ビサンテより派遣される選り抜きの書記官によって管理されているはず。つまり、金庫番ですね」
書記官? 金庫番?
まったく何の、話が進行してるのか分からない。
アエリア嬢は相変わらず袖つかんだままだし。
大体、さっきから、砂糖、砂糖って一体どういうつもりよ。姫君は、砂糖抜くと死ぬとかひどい偏見だし……って、まさか――。
私の頭の中で、先ほどのアルキルとの会話がリンクした。
「砂糖料を大砲資金として横流ししたってこと?!」
しまった、思わず大声を……、と気付いたときには後の祭りだった。
一瞬にして空気が凍り付いたかと思うと、姫君の顔色が、さっと変わる。視界の端でアルキルが、がっくりと額を押さえる様子が見えた。そして、次の瞬間、アエリア嬢がぶつからんばかりの勢いで私に飛び付いた。
「そんなはずは! そんなはずはございません! 姫様は、ビサンテとサラヴァルトのために」
「およしなさい!」
叫ぶような声がして、アエリア嬢の動きが、ぴたりと止まった。
見ると、テオドラ姫が唇を噛んだままうつむいている。今にも泣き出しそうだ。
「もう、いいわ」
姫君は小さくつぶやくと、ゆっくりとこちらを見た。
「確かに、砂糖料はこの柘榴石の塔に納められて、ビサンテに運ばれることになっているわ。それを定められた金額よりも多く送るように命じたのは私よ」
背筋をまっすぐ伸ばしているが、声が少し震えている。アルキルは小さくため息をつくと、すっと前に進み出て、姫君の前に膝をついた。
「ご自分のお使いになるはずの分まで、ビサンテに送られたということですね?」
姫君は顔を見られたくないのか、さっとそっぽを向く。
「そのとおりです!」
アエリア嬢がこらえきれないように、叫んだ。
「姫様はビサンテのために、このサラヴァルトへいらしたのです。例え、聖庁を取り上げられても、ビサンテの王宮に惨めな思いだけはさせまいと。そんなお気持ちを利用するかのように、本国からはお金の催促が次々と届いて。それでも姫様は」
「アエリア、やめて。もう、いいわ」
テオドラ姫が言った。その声からはいつもの強気な響きが剥がれ落ち、小さく震えていた。
「まさか、大砲の資金にしているなんて……、そんなこと、嘘だと信じたかった。だって、あの優しいお父様が、アレウズ様を……」
うつむいている姫君のまつげに、涙が光った。
突然アルキルが、そっと手を伸ばすと、その指で涙をぬぐった。
金髪がさらりとなびいて、姫君が顔をあげる。
や、やばい!
なんだか、いい場面に見えて思わず見とれてしまったが、完全に不敬罪だ!
今度こそ、お怒りが爆発……と思った次の瞬間、アルキルの口からいかにも場違いな軽い声が飛び出した。
「安心しな。ビサンテの親父さんは大砲を買ったりしてない」
「え…………」
え? ええ?! どうした、詐欺師??
私は混乱のために思考が止まり、アエリア嬢に至っては完全に石化している。しかし、テオドラ姫はまるで幼い子供のように、じっとアルキルを見つめたまま、呟いた。
「それ、本当?」
「ああ。あんたを見てて分かったよ。ビサンテはサラヴァルトを裏切らない。親父さんを信じろって」
あんた呼ばわりされているにも関わらず、姫は怒らなかった。それどころか、大きな青い瞳から、ぼろぼろと涙がこぼれる。アルキルがそっと肩に触れると、崩れ落ちるようにその腕の中で泣き始めた。
泣きじゃくるテオドラ姫を見て、思い出した。この子はまだ14歳の女の子なのだ。その細い肩には同盟という重荷を背負っている上に、祖国では裏切りが起きているかもしれないという不安の中で過ごしていたのだ。かたくなな態度も、その不安が一番の原因だったのかもしれない。
しかし……。
「ひ、姫様に、なんてことを……!」
忠義第一のアエリア嬢には、もちろんショックな情景だ。
「ア、アエリア嬢、落ち着いて」
肩に手をかけた途端、アエリア嬢はすごい勢いで私のほうへ顔を向けた。
「シャラナル様! あの者は一体、何者ですか?」
「あー、えーと……、殿下の……そう! 殿下のご学友です!」
その言葉が耳に届いたらしく、テオドラ姫がぱっと顔を上げた。
「まさか、アレウズ様は、もうこのことをご存知なの?」
「いいや」
アルキルは軽く首を振ると、そっと姫の頬を濡らしている涙を拭きとった。
「アレウズはビサンテもあんたのことも、微塵も疑っちゃいないさ。大砲のことは、俺が勝手に調べてるんだ」
「なぜ、そんなことを? あなたは一体……」
アルキルはそっと姫を座らせると、例の大仰な身振りでマントを跳ね上げた。
「何を隠そう、スカヴィアの黒豹とは俺のこと。タロスの吟遊詩人とは仮の姿。その真の姿は、コルブ岬にその人ありと言われた、スノールの――」
「か、海賊??」
アエリア嬢の大声が、アルキルの自己紹介をかき消した。思うに、彼は口上を短くすべきだ。
アエリア嬢はといえば、ものすごい速さでテオドラ姫に、がばっと抱きつくなりアルキルをにらんだ。
「姫様、スノール船団はスカヴィアの海賊です。この者は――」
「アエリア嬢!」
私は慌てて、アルキルをかばうように立った。
「この人は、アレウズ殿下のご命令でここにいるのであって、味方なんです! ね、アルキル」
「いや、違う」
はあああああ??
フォローしてやってんのに、マジで何考えてんの??
「俺は、アレウズとはダチだけど、家来じゃないから命令とかされてない。俺は俺のもんを取り返すために、ここにいるんだ」
「あなたのもの?」
テオドラ姫がかわいらしく首をかしげる。
「ああ、大砲だ」
途端に女子二人が、ぎょっとした顔になった。
そんなことには構わず、アルキルはつかつかと姫の前によると、必死の形相のアエリア嬢を無視して、姫に顔を近づけた。
「俺の船から大砲を盗んだ奴がいる。そして、あんたから盗んだ金で、そいつを買った奴がいる。こいつらはグルで、俺たちの敵だ」
テオドラ姫が、こくんと頷く。
「俺は、大砲を取り返す。そして、あんたは、ビサンテのために金を取り返す。俺たちは仲間ってことだ」
姫はそっとアエリア嬢から体を離すと、まっすぐな瞳でアルキルを見た。
「分かったわ。私にできることはあるの?」
「姫様!」
今度はアエリア嬢が泣きそうだ。
「大丈夫よ、アエリア」
テオドラ姫はすっかり落ち着いた様子で、アエリア嬢を見た。
「この者は、信用できると思うの」
いやいや、稀代の詐欺師ですよ、この男。
と、思いつつも、アルキルが頼もしい味方であることは間違いないので、私もそっとアエリア嬢の肩に手を置いた。
「アルキルの素性は殿下もご承知のこと。その上で、こちらにお遣わしになられたのです。信頼していただいて大丈夫ですよ。私が保証します」
「シャラナル様……」
「もちろん、私もお力になります!」
アエリア嬢を安心させる意味もあるけど、これは本当だ。バトハーン卿の陰謀がビサンテにまで影響を及ぼしていることが分かった今、この事態を見過ごしにはできない。
アエリア嬢は、まだ不安げだったが、うなずくと小さく言った。
「シャラナル様がそうおっしゃるなら、そのお言葉を信用いたしますわ」
「ありがとうございます」
私はにっこりと微笑んだ。
あくまでもアルキルを信用するとは言わないところがアエリア嬢らしい。アルキルもそれには気付いているらしく、しかたねえな、というようにちょっと肩をすくめる。
「それで、私にできることはあるの?」
テオドラ姫がアルキルを見上げて尋ねる。
当然、ミンストレルの推薦を願い出ると思っていたが、アルキルの口から出たのは意外な言葉だった。
「まずは、なんであんたが『大砲』を知ってるのか教えてくれないか?」
「え? どういうこと?」
思わず聞き返してしまう。
「大砲は、大砲でしょ?」
「ああ、そのとおりだ」
アルキルがこちらを見る。
「大砲ってのは、最新鋭の武器だ。もちろんビサンテにはないし、サラヴァルト軍のほとんどが、シュルター城の戦いで初めて本物を見たんだ。王宮に閉じ込められてる姫君なら、本来、名前すら知るはずのない代物なんだぜ」
確かに。言われてみると、おかしな話だ。サールも私に大砲の話はしないようにと、わざわざ念を押していた。それなのに、姫はすでに大砲の話を知っていたのだ。
「それは……」
テオドラ姫が口を開いた。なぜか、少し戸惑ったような表情で、私の顔を見つめている。
「シャラナル。私、大砲の話をしたのは、あなただと思っていたのよ」
「…………」
は?
三人の視線が私に集まった。




