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ーアレウズー 俺の(元)従士が妖精かもしれない件。


 カツン、と靴音が聖堂内に響いた。人気のない神の座は冷たく静かで、時が凍り付いているかのようだ。

 祭壇の前ではサールが従司祭らしく跪いて神に祈りをささげていた。声をかけようかと思ったが、足音で俺だと分かっているはずだと気付いてやめた。

 黙って天井に描かれた大神の御使いたちの姿を眺めていると、祈りを終えたサールがゆっくりと立ち上がってこちらを振り向いた。


「殿下、御足労を」

「構わん。枢密院会議も、騎司庁の仕事もボブイーヴ祭が終わるまでは休みだからな」


 いつもならば心の浮き立つ祭りの時期も、今年に限っては煩わしいものに思える。叔父上の陰謀が明らかである今、俺としては一刻も早くこの事態にけりを付けたい。


「イラついているな」


 突然、サールが昔の口調に戻って言った。二人だけの時、サールはこの口調に戻る。それは、その場に俺たち以外の誰もいないということの合図でもある。


「バトハーン卿のことが気になるのか?」

「当たり前だ」


 俺はサールを睨みつけた。


「叔父上の逆心は明らかだ。こんな時に呑気に鷹狩りになど出かけていられるか」

「こんな時だからだ、アレウズ。鷹狩りは王家の行事。おまえが先頭に立って行うことに意味がある。それに、今年はバトハーン卿は参加しない。騎司たちを率いるものはおまえ以外にないことを、内外に明確に示す良い機会だと思え」


 そうだろうか。

 すでに、ほとんどの騎司たちは次の王座に俺が就くことは当然だと思っている。俺の『王太子』という地位は、騎司庁によって支えられているとも言える。

 叔父上は、今回の鷹狩りへの参加を拒否することによって、トルヴァの戦士たちによって築かれたこの王国そのものを否定しようとしているように、俺には思える。遠い日の栄光を忘れることができない、ビサンテのように。

 祭壇の周囲には、太古の神々たちと人間の契約の図が描かれている。神々が真に力を与えた者は、いったい誰なのだろうか。

 俺が黙っているのを見て、納得していないと思ったのかサールがなだめるような調子で続ける。


「ここで焦っても仕方ない。証拠さえつかめばこちらのものだ」

「ならば、俺が命を出して叔父上の屋敷を――」

「馬鹿を言うな」


 サールが声を抑えたまま鋭く言った。


「相手はあのバトハーン卿だぞ。お前が動けば、それこそ敵の思う壺だ。証拠は消され、おまえはありもしない陰謀を言い立てたと思われる。エーシュ王を思い出せ」

 

 俺は思わず眉をひそめた。

 エーシュ王とは三代前の国王で、若い頃は武勇で名を馳せたが、王太子になった途端、自分を暗殺しようとしていると言って同腹異腹にかかわらず兄弟全員を処刑した。末の王子であったキジェール、すなわち俺の祖父がこの狂気に落ちた王の手を逃れ、反旗を翻す形でエーシュ王を退位させ、王座に就いた。

 ザンターク家はこの時の功で騎司に取り立てられている。


「エーシュ王の狂気はまだ民の記憶にも新しい。あのバトハーン卿にかかれば、おまえが同じようなことをしようとしていると、枢密院に思い込ませることは不可能ではない」


 俺はため息をついた。確かにあの叔父上なら、それくらいはしかねない。サールがさらに続ける。


「我々が連中の陰謀に気が付いていることを悟られたら、今までの苦労も無駄になる。大切なのは、連中を油断させることだ。そのためにも、おまえにはいつもどおりにふるまってもらう必要がある」

「要するに、俺は何もするなということか」


 サールの青い目がすっと冷たくなった。いつもの憎まれ口でないことを察したのだろう。

 「今までの苦労」とサールは言った。つまり、俺の知らないところでサールはずっとこの陰謀を追っていたのだろう。アルキルが現れたのがそのいい証拠だ。

 俺はサールの青い瞳を見下ろした。

 昔は、俺のほうが背が低かった。

 サールは大人びた無口な少年で、あの頃から本心を隠すことに長けていたが、俺はそんなことはまるで気にならなかった。俺に対しては、いつでも本音を言っていたからだ。親友とは、そういうものだ。

 だが、いつからこの親友は、こんなに巧みに俺から物事を隠すようになったのだろう。サールのなにもかもを知る必要は無いが、自分に関わることを隠されるのは納得がいかない。


「なぜ全て一人で抱え込むんだ。これはこの国の問題なんだぞ」


 サールはじっと俺を見ていたが、やがて小さくため息をついた。


「なればこそだ。おまえはこの国の王になる。騎司たちの先頭になって戦い、国を守り、民を安んじる。それがおまえの仕事だ。そのための些事は私が引き受ける。私は、そのためにいるのだ」

「違う!」


 思いのほか大声が出て、聖堂内の空気が震えた。


「おまえは、俺と国を支えるためにいるんだろうが!」

「アレウズ、私は――」

「些事などというものは存在しない。この国に関わりのある事はすべて、俺が責任を持つ。戦だけが俺の仕事ではない」


 俺は一呼吸置くと、きっぱりと言った。


「俺は王になってこの国を治める。おまえは俺を支えろ。何も隠すな」


 サールの瞳が、驚いたように見開かれた。

 サールはほんの少しの間そうして俺を見ていたが、やがて先ほど祭壇の前でしていたように跪くと、頭を下げた。


「かしこまりました、我が王」

「おまえはそんな事をする必要は無い」


 立たせようと思って手を差し出すと、さっと顔を上げた。頭上の窓から差し込む光の中で、その瞳の青が透き通るように光っている。


「もとより、この身は御身に捧げたものなれば」

「命の借りのことなら、もう充分返してもらったぞ」

「いいや」


 サールは俺の手を取って立ち上がった。


「この先の命も、おまえに預けてあるんだ」

「大げさだな」


 サールがふわりと笑う。


「おまえこそ、どうしたんだ? 王になることに、興味は無いと思っていたが」

「そうだな。以前は、煩わしいとさえ思っていた。王太子という立場が何であるかも分かっていなかったからな」

「今なら分かるのか」

「いいや。完全に分かったわけじゃない。だが、おまえもさっき言っていただろう。『民を安んじる』と。うまく言えないが、戦に勝つことだけが国を守る事じゃない。俺は、皆にここは良い所だ。良い国だと思って暮らしてほしいんだ」

「なるほど」


 サールが、静かに頷いた。


「マーヤに言われたのか?」


 俺は、湖のほとりでの夜、月の光の下で黒曜石のように輝くマーヤの瞳を思い出した。

『自分たちの権力なら権力を、どう使って人々を幸せにできるかを考える方がずっといいよ』

 マーヤはそう言った。それは、国を治める者に課せられた運命の、単純な真実のように思う。


「そうだ」


 俺が頷くと、サールはまた笑った。


「まったく、想定外に役に立つ娘だな、あれは」

「おい、マーヤを物みたいに言うな」

「そんなつもりはない。褒めているんだ」


 サールが穏やかに言った。


「確かに、あの娘は精霊の現身(うつしみ)なのかもしれない」

「精霊の現身(うつしみ)……?」


 聞きなれない言葉に問い返す。


「先日、市で見つけたバルスクの古文書を覚えているか」

「ああ、おまえが抱えてきたやつだな」


 古道具屋が二束三文で売っていたと言ってサールは怒っていたが、俺もマーヤもさっぱりその価値が分からなかった。


「あれはバルスクでも禁書扱いの古文書でな。一神教の教えが広まる前に信奉されていた素朴な神々の姿を書いた、まあ、神話のようなものだ」

「バティナイ教徒の聖典か」


 バルスクが一神教の教えをもってその帝国を築いていく中で、祖先から受け継いだ信仰を守り続けた者たちもいる。バティナイ教徒と呼ばれる彼らは、バルスク帝国に抗い、砂漠に立てこもって抵抗した。

 涸れ谷の戦いと呼ばれる戦で全滅したのちも、その見事な戦いぶりは歌にも残り戦記にも書かれているので、俺も知っている。


「彼らの聖典は非常に長いものだが、その中で神々の時代から英雄への時代へと変わる時期に、神と人の中間というか、光と影のあわいに立つような存在が出てくるのだ。この存在を示す言葉はサラヴァルトの言語には存在しない。仮に精霊と呼ぶが、本来は影の国に近しい者、というような意味だ」

「それが、マーヤだと?」

「あるいは、という程度の考えに過ぎないがな。カルドリオンの学者はこの存在を『黎明の人々』名付け、我々よりも古い種族の人間であると考えていた」


 そこまで言うと、サールは俺をじっと見つめた。


「聖典にはこうある。『彼らの息吹は人の形に宿り、人間を教え導く。彷徨するその魂は不滅である』と」


 俺は息を呑んだ。


「つまり、おまえは……」

「そうだ。ヒシェール殿下、シャラナル、マーヤは、魂とは言わないまでも一つの精霊――つまり、われわれの知らない神秘のようなものを共有しているのではないか?」


 想像もしなかった話だが、信じがたいとは言えない。俺はいつの間にか、かつてそこにあった母上のペンダントを握りしめるように、胸に手を置いていた。

 母上も、シャラナルも、自分は死なないと言っていた。その言葉にはただ俺を慰めるためではなく、確かな意味があるとしたら……。


「マーヤ本人にそんな自覚は無さそうだから確かめようもないがな」


 サールがため息をついた。

 確かに、マーヤは未知の世界から突然現れた、という点を除けば普通の十五、六の少女にしか見えない(本人はもっと年上だと言い張るが)。

 あいつが起こした『奇跡』とはすべて、本人の勇気と閃きによってもたらされたものだ。神の力を行使しているわけではない。そして、何より本人が、自分には特別な力などないのだと事あるごとに言っている。単に何も気が付いていないだけ、という気もするが……。


「それは、あいつがルス語を話すことも関係があるのか?」

「ああ。よもやとは思っていたが」


 サールが唇に手を当てて、考え込むように黙り込む。

 サールはマーヤが多言語を操ることを知ったうえで、用心してルス語の書物は渡していなかったのだろう。なぜなら、ルス語は今でこそイルティスアという一国の公用語ではあるが、かつては一神教の高僧たちが使う言語だった。正確にはそれは古典ルス語であり、イルティスアのルス語とは多く異なる点があるのだが、このサラヴァルトではどちらも異端の言語と考えられている。

 レイラ妃が異端の魔女(マジュネイア)と断定された証拠の一つにも、古ルス語の本があった。

 それは、エカニアの古い雅歌を集めただけの小さな本で、母上は故郷の思い出にそれを大切にしていた。母上は、俺とヒシェールだけにその本にある歌を聴かせてくれた。意味は分からなくとも、その響きは美しく、今でも耳に残っている。

 しかし、この聖堂を支えるサラバラーヴ教にとって、ルス語は異端の神を寿ぐ魔術のような言語なのだ。


「心配しなくとも、マーヤの手の届くところに古ルス語の書物は無い」


 サールが静かに言った。


「レイラ妃がお持ちになった雅歌集は、聖庁の頸木の塔に封じられている。私も何度か閲覧の許可を求めたが、未だに認められていない」

「なぜ、おまえが母上……レイラ妃の雅歌集を?」


 サールはじっと俺を見つめると、声を低くして続けた。


「私は、レイラ妃こそ『黎明の人々』の末裔なのではないかと考えている。エカニアは古代においては神に愛された娘が住むと言われた地。かの地に住む乙女は清らかで祝福された存在であり、男を知らずに子を身ごもると聞いたことがある」


 俺は唖然とした。いくらなんでもそれは飛躍しすぎだ。しかも、大神の座である聖堂内で従司祭が話すような内容ではない。

 まあ、サールは元々信仰すら学問の一つと捉える生粋のカルドリオン人であり、何が正統で何が異端か、などという事に興味は無いのだが。このサラヴァルトでの生活のほうが故郷での生活より長くなったにもかかわらず、その気質は薄れていない。


「おまえ、そんなんでよく聖庁の従司祭が務まるな」


 思わず言うと、サールは例の完璧すぎる笑顔を見せた。


「うまく化けているだろう?」

「皮を剥がされるなよ」


 俺がそう言った次の瞬間、突然聖堂の扉が音を立てて開かれた。

 はっとしてそちらを見ると、真昼の光を背負って長身の影が歩いてくるのが見えた。

 銀の板を龍の鱗のようにあしらった甲冑を身に付けたその騎士は、この神殿を守る騎士団の長、ニケタス・ゲオルギナだった。聖庁にあっては大司祭の次に権力を持ち、その身分は他の聖堂守護騎士たちと同様にビサンテの臣下であって、このサラヴァルトの騎士ではない。


「これはこれは、神殿守護隊長殿」


 サールが先ほどの笑顔を張り付かせたまま、慇懃に頭を下げる。それを受けて、ニケタスもさっと頭を下げてから俺を見た。


「殿下がこちらにお見えになるとは、珍しいこともあるものですな」


 騎士に似つかわしくない囁くような優しい声と、純血のビザンテ人に多い、繊細な彫刻のような目鼻立ちをしている。今は皺に覆われている肌が滑らかだった頃は、さぞ女にもてたことだろう。


「何かございましたかな」

「殿下は、陛下のご本復をお祈りに来られたのです」


 サールが柔和な笑みを浮かべたまま素早くこたえる。

 俺は小さくため息をついた。


「用は済んだ。もう戻る」


 ニケタスは実直な騎士であり、今も俺が来ていることを知り騎士団長としてわざわざ挨拶に来たのだろう。この男には何の責任もないが、俺は今でも聖庁が母上とヒシェールにしたことを許せないでいる。

 ニケタスやビサンテの騎士たちにしても、俺とサールは神殿守護隊発足以来、彼らが名誉を持って守り続けてきた聖堂の扉を破り、守護騎士を殺害した過去を持つのだ。王太子と従司祭とはいえ、ビサンテの騎士の誇りを傷つけた者たちに含むところもあるだろう。

 やはり聖庁には慣れない。

 そう思った時、何やら聖堂の外から、兵士たちのざわめきが聞こえてきた。


「何事だ?」


 思わずニケタスのほうを見ると、この騎士も訝しげな表情を浮かべている。


「笑い声のようですな」


 サールも不思議そうに首を傾げる。謹厳なビサンテの騎士たちには珍しいことだ。


 声のする中庭に出てみると、騎士たちが集まって楽し気に笑い声をあげていた。

 その中に、滑らかな絹のような黒髪が揺れている。


「あ、殿下!」


 昼日中の日差しにも負けない明るい声が飛びこんでくる。

 一気に力が抜けた。


「マーヤ……」

「どうされたんですか、殿下? こんなところで珍しいですね」


 マーヤはにこにこしながらこちらに走ってきた。腕には柳で編まれた大きな籠をさげている。


「何事だ、これは」


 ニケタスもわいわいと盛り上がる兵士たちを見て呆然としている。


「あ、守護隊長殿も宜しければどうぞ」


 マーヤはそう言いながら、籠から何やら白い包みを取り出して広げて見せる。

 甘ったるい香りがあたり一面に広がった。


「これは」


 ニケタスが驚いたように目を見張った。


「テオドラ姫からの頂き物です。えーと、確かフィル……フィリ……」

「フィリヨンだ」

「それです」


 にっこりと微笑んで、花の砂糖漬けで飾られた茶色い塊をぐいぐいと差し出してくる。


「フィリヨン? なんだ、それは」


 俺が言うと、ニケタスが返事をした。


「小麦粉を焦がした蜜で練って作るビサンテの焼き菓子です。ビサンテではどの家庭でも折に触れて作られる菓子ですよ」


 小麦粉を蜜で……。間違いなく恐るべき甘さだろう。


「なんと、懐かしい……」


 ニケタスは俺のことなど目に入っていないように、菓子に手を伸ばした。


「食うのか?」


 思わず声に出してしまった。

 ニケタスとマーヤが同時にこちらを見る。


「何言ってんですか。当たり前でしょ。すごくおいしいですよ。侍女さんたちの手作りで、出来たてほやほやです」


 見ると、中庭にいる聖堂騎士たちはみなそれを手づかみで口にほおばっている。

 ビザンテの騎士らしからぬ立ち居振る舞いだが、みな幸せそうだ。


「おい、お前たち、聖堂の前だぞ」


 ニケタスはそう叱りつけながらも、しっかりとその謎の菓子を大事そうに両手の平で包んでいる。こいつ、今斬りかかられたらどうするつもりなのだろうか。


「あ、すみません。私が食べてもいいって言ったんです」


 悪びれもせずにマーヤが言う。


「びっくりするくらい大量にもらっちゃったんで、ビサンテの皆さんなら喜ぶかと思って」

「それは……、お心遣い痛み入る」


 驚いたことにニケタスが礼を言った。聖庁における聖騎士の立ち位置は微妙で、一介の騎士と同列ではもちろんないが、守護隊長より上とは言い難い。

 おまけにマーヤはこの若さだ。当然、その地位に対する反発もあるのではないかと心配していたが、どうやら騎士である以前に例えば宮殿の猫のような特別の地位に落ち着いていることが見て取れた。


「いえいえ。予想外に大好評で持ってきて正解でした」


 マーヤがえへへと笑う。

 到底騎士には見えない。


「ビサンテ人は砂糖の入った菓子を好みますが、サラヴァルトの王宮では、なかなか手に入りませんからね」


 横でサールが可笑しそうに言う。

 

「そうですよ! 主菜・肉! 副菜・肉! おやつも肉! つまみもなんでもいつでも肉! 甘い物なんか、果物くらいじゃないですか。たまにはスイーツも食べないと心の栄養が足りませんよ。ほら、殿下もどうぞ」


 マーヤがぐいぐいと砂糖の塊とおぼしきものを押し付けてくる。

 すいーつ?

 何を言っているのやら意味不明だが、とりあえず一口かじってみた。


「…………」

「ね? 美味しいでしょう」

「甘すぎて味覚が死ぬ」

「えー!」


 不満げな声を出すマーヤの横で、ニケタスが我慢できないように笑い声をもらした。


「殿下にはそうでしょう。これは、例えば樫の葉のような、苦みのある茶と合わせて食すのです」

「なるほど。酒には合わんだろうな」

「そうでもございません。ビサンテでは酒宴の席に必ずこの菓子がございます」

「…………」

 

 思わず聖庁の騎士団長と女どものような会話をしてしまった……。

 俺は中庭に集まる見事な甲冑の騎士たちを見回してため息をついた。

 すっかりほのぼの空間と化している。


「これはなかなか。携帯食にも使えそうですね」


 横ではサールまでもがフィリヨンをほおばっている。

 そういえば、こいつは味覚が死んでいたな。


「私、これもう少し配ってきますね」


 マーヤはそう言うと、笑顔を残して去っていった。

 

 ああ、と俺は思った。

 あれはヒシェールの笑顔だ。



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