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当たらなければどうということはありません。


「空を舞う鷹の男たちよ! いまこそ勇気を示せ!」


 鷹を家紋とするヴォスタイン将軍の一団が、中庭で威勢のいい掛け声を上げている。

 私はゲラニーと一緒にそこへ乱入した。


「私も行きます!」


 こちらを見た兵士たち全員が、私の手にしているものを見て、目を見張ったのが分かった。

 私は、布が巻き付けられた、ものすごく長い木の棒を持っているのだ。


「シャラナル。それはなんだ」

「旗です!」


 私は大声で言った。


「トルヴァの旗です!」


 私はそう言うと、棒を高く掲げた。

 5日前、私は奥方に、私でも手に持って走ることができる、軽量で巨大な旗を縫ってほしいと頼んだのだ。どんなに城壁がくずれたって、旗がなびいていれば城は死んでない。

 そうやって士気を上げる目的で頼んだのだが、今回の作戦で、これは敵にはいい的にうつるだろう。


「マーヤ、何をする気だ」


 アレウズの声がした。慌てて駆け付けたらしい。


「お前は城内に残れ」

「厭です」


 王太子の命令を無視する私を見て、騎士たちがぎょっとしている。


「全員が命を懸けるんですから、私だって自分のできることをします」

「馬鹿を言うな。将軍に任せろ」

「いやです!」


 私は強情に言った。


「私一人が出たからと言って、戦況が変わるとは思いません。誰かが助かるとも思いません。でも、何もせずにみているだけなのは厭なんです」


 これは、私が発案した作戦なんだから。

 そういう気持ちでアレウズを見た。


「必ず5発撃たせます。私を信じるんでしょう?」


 アレウズの琥珀色の瞳に苦し気な色が浮かんだ。

 その目が「行くな」と訴えている。

 でも、私は決めたのだ。これが一番いい作戦だ。


「殿下」


 サールがアレウズの肩に手をかけた。


「これは、マール=アル=アヤマでなければ成せないことです。必ず、神のご加護があるでしょう」


 アレウズは一瞬うつむいたが、次に顔を上げた時には、戦場の王太子の顔になっていた。


「分かった。出撃を許可する」


 騎士たちがどよめいた。


「女神ネインの奇跡は我々と共にある! 兵士たちよ、奮い立て!」


 ヴォスタイン将軍が剣を振り上げて叫んだ。大砲の音よりも大きく地面がどよめいた。

 その歓声のなかで、アレウズが首からかけた鎖を取ると、そっと私の手に渡した。みると、白い石に小さな女神の像を彫ったペンダントだった。なぜか右半分が欠けている。


「女神ネインの守護のあらんことを」


 アレウズの目が私を見つめている。

 私はうなずくと、そのペンダントを首にかけた。


「開門!」


 ヴォスタイン将軍が叫ぶ。同時に、引き裂くような鎖の音と、門の落ちる音が響いた。


「進め!」


 兵士たちは馬を駆って門の外へと出た。


 城門の前の飛翔陣から敵を見たときは、さすがに震える思いがした。

 地平を埋め尽くす兵士。そしてそびえたつ攻城櫓。城壁の上から見た時とは違う。ひどく自分が頼りがいのない、小さいものに思えた。


「しっかりしろ、マール=アル=アヤマ!」


 突然横で声がした。


「ヴォスタイン将軍!」

「あんたを信じる。しっかり頼むぞ」


 私はうなずくと、一気に旗を広げた。

 真っ赤な布が青い空一面にはためく。

 そこには、金糸で「トルヴァの戦士は沈黙を歌わず」という文字が刺繍されている。

 これを私に渡す時、奥方は言った。


「古よりこのシュルターに伝わる戦士の歌です。これを見て奮わぬものはおりません」


 奥方の言葉どおり、城門の前の兵士のみならず、城壁の上の兵士、城の中からも一斉に鬨の声が上がった。

 敵からもこの旗ははっきりと見えるだろう。

 ヴォスタイン将軍が剣を振り上げた。


「弓、構え!」


 城壁の上でもその命令が復唱される。


「放て!」


 何百もの矢が同時に放たれる。空気が裂けるような音が響いた。

 第二波、第三波と騎士たちは隊列を入れ替え、休みなく矢を射続ける。


「来るぞ」


 ヴォスタイン将軍の、思いがけず静かな声がした。

 次の瞬間、ついに轟音を発して大砲の球が飛んできた。

 さすがの騎士たちと馬も動揺し、列が乱れる。


「休むな!」


 ヴォスタイン将軍のどっしりとした声に、浮足だった隊がまた矢をつがえる。

 2発目。


「まだまだ」

「攻城櫓が動いてるぞ!」


 城の塔から悲鳴のような叫びがあがった。

 驚いて見ると、確かに少しずつ前進している。

 この矢の雨の中を向かってくるのは想定外だ


「連中も考えたな。屋根付き櫓とは」


 ヴォスタイン将軍が、感心したように言った。

 どうやら、敵もこの無敵の射手たちに対抗する方法を、編み出したらしい。


 3発目が響く。

 球は左に大きく飛んだ。

 左翼が動揺する。


「ひるむな!」


 ヴォスタイン将軍が叫ぶ。

 左翼からの射出が遅れているようだ。


「左翼、見てきます!」


 私は叫ぶと、旗をなびかせて走った。

 案の定、櫓が動き出したこともあって、左翼の前列が崩れ始めたらしい。

 私は旗を振り、声の限り叫んだ。


「落ち着け! 敵はまだ遠い!」


 しかし、一旦浮足立った兵を踏みとどまらせるのは難しい。前列と後列の交替が乱れ始めた。


 4発目も左に向かって飛んできた。

 ついに弓を構えることを放棄する兵が出た。このままでは逃げ出す兵が出る。そうなったら総崩れだ。今、逃げ出した兵が城門に殺到すれば、この後大砲を奪うために待機しているアレウズたちの隊が外に出られなくなる。

 どうしよう……。

 考えている暇はない、私はゲラニーの耳元で囁いた。


「ゲラニーお願い!」


 それに答えるように、ゲラニーが高くいななき、前足を宙に振り上げた。

 私は、旗を天に突き上げるようにして叫んだ


「我らには決して当たらない! 見ろ!」


 私はそう叫んで、敵陣に向かってゲラニーを駆けさせた。


 5発目。

 それは、長く尾を引いて、私が向かっていくその前方に落ちた。でも、ゲラニーは止まらなかった

 空が明るい。

 私はゲラニーを駆けさせながら空を見た。

 彗星のように火矢が空を駆けてゆく。

 そして、背後からトルヴァの騎士たちの歓声があがった。

 前方では櫓が燃え始めている。

 天は味方した。風は敵陣に向かって吹いている。


「マーヤ!」


 その声とともに、トルヴァの騎馬隊が私を囲んだ。


「アレウズ!」

「戻れと言っても聞かんだろうな」


 私は笑った。


「うん!」

「なら、俺の傍にしっかりついてこい!」


 それに答えるように、ゲラニーも他の騎馬たちも、まるで翼が生えたかのように走った。

 ガーフの丘からラバナーン平野を駆けたのが、まるで大昔のことのようだ。


「弓構え!」


 アレウズの声がする。


「放て!」


 敵兵はもうほとんど逃げ出していた。大砲がみるみるうちに近づいてくる。

 櫓の燃える炎が熱い。

 私は旗を振って火の粉を払った。

 煙を払って、大砲の設置された陣に飛び込んだ。

 私の左手の騎士が、大砲の近くにいた兵を次々と射倒してゆく。

 恐慌に陥った敵兵は、大砲を置いて逃げ出した。


「縄をかけろ!」



 騎士5人が馬から飛び降りる、素早く大砲に縄をつけると、車輪止めを外した。次の瞬間その縄は宙を飛び、馬力を誇る騎士たちがそれを引く。

 大砲を乗せた車輪が地面を削って走り始めた。


「退却!」


 アレウズが叫ぶ。

 騎士たちは、背後に向かって休まずに矢を射かけつつ、風のように退却した。

 私は天になびく旗をみた。

 あの炎をくぐったのに、奥方から頂いた時と同じように光り輝いている。

 やった! と思った時、まるで霹靂のように頭の中で声が鳴り響いた。


 危ない! 伏せろ!


 その瞬間、背筋がぞっとした。死神の鎌が振り下ろされるようなイメージが浮かぶ。

 ギンと鋭い音がした。

 見ると、アレウズの腕が私の背後にあった。


「殿下!」


 兵士の悲痛な叫びが聞こえた。

 アレウズの背に、銀色の矢が突き立っている。

 私は息が止まった。

 アレウズの上体がぐらりと揺れる。


「アレウ……ズ」


 突然、時がゆっくりと流れる水のように見えた。


「旗を離すな!」


 アレウズが叫んだ。馬の背に体を倒したまま、私を見る。


「走れ!」


 アレウズの馬が速度を落として後ろに去ってゆく。その背後には、敵の騎兵が迫ってきている。私は手をのばした。


「だめ、アレウズ!」


 その時だった。


「王太子殿下を守れ!」


 しわがれたような野太い声が響き、敵の横に黒馬の集団が襲い掛かった。


「ザンターク将軍!」


 私は思わず叫んだ。

 去ったはずのザンターク将軍が、自慢のマントをなびかせて、敵兵を薙ぎ払っている。


「走らんか、馬鹿もん!」


 将軍が叫んだ。

 背後では乱戦が始まっている。

 ゲラニーは止まらなかった。

 私は人々の歓声に迎えられ、城門をくぐった。



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