銀糸に映るは紫陽花色〜その後
煌びやかなシャンデリア。
磨き上げられた床。豪勢な食事。
色とりどりのドレス。
笑顔に隠れた悪意。
前を向け。笑え。ここが私の戦場だ。
「あまり無理しなくてもいいんだよ?」
私を気遣って心配そうな顔をしているのはステファン。愛しい私の婚約者だ。
私達の婚約パーティーの計画について話し合っている。
クラッツェ侯爵家が復興した象徴ともなるから、重要なパーティーである。
私は心配性の婚約者に気丈に微笑んだ。
「大丈夫よ、今までに比べたらどうってことないわ」
その夜、月の女神が降り立った。
見事な腰までの長い銀糸を垂らし、鮮やかながら深みのある紫の瞳を持つ女性。
透き通るように白い肌を纏うのは純白のドレス。胸元に光るのは緑色のネックレスは彼女の婚約者の瞳を表した色だというのは明確だった。
誰もがその美しさに息を呑んだ。
それは今宵悪意をぶつけようと思っていた者も例外ではなかった。
「おいたわしい。
やはり娼館の暮らしは
凄惨なものだったのでしょう?
そのように
白髪になってしまわれるだなんて」
ステファンが紳士に囲まれてそのお相手をしている間、3人の淑女が私を取り囲んだ。
躊躇うことなくぶつけられる悪意に嘲笑。
周囲の人々は聞き耳を立てている。
嫉妬。嘲笑。
どこの世界でも変わらないものね。
ただあの時と違うのはーー。
胸を張れ。
「ええ、そうですの。
私が昔のままの髪色でいられたのならもう少し早く見つけてもらえたかもしれませんね」
目の前の彼女たちはにやりと笑う。
「それでも、いいのです。
離れていた時間だからこそ私がどれだけ彼を愛しているのか、側にいられることがどれほど幸せだったかを身に沁みて理解することができましたから」
そういって微笑むと、一人が悔しさを露わにした。
「私だって!ステファン様と夜を過ごしたことぐらいございますのよ!
ステファン様はそれはそれは優しくしてくださいましたわ!
あなたが色んな男に抱かれている間にね!」
空気が止まった。
私は怒るのを通り越して、呆れた。
こんなに軽薄な女が貴族にいるのか。
「失礼。私の妻が何か粗相を?」
私の肩を抱いたのはステファンだ。
しかしその瞳には激しい怒りを湛えている。
「ス…ステファン様っ!あのっ!」
彼女たちは皆真っ青になった。
「私の婚約者は素晴らしいでしょう?
自慢の恋人なんです」
こんなに冷たい瞳をしたステファンは初めて見る。
「彼女と離れていた時はいつも半身がもぎ取られたように胸が痛んでいました。
私の愛しい人がもしこの先傷ついてしまうことがあれば、私はその元凶を徹底的に潰してしまうでしょうね。どんな手を使っても」
パーティーが終わった後。寝室にて。
「良かったの?
あんなことを言ってしまって」
片時も離れまいと私を抱きしめ、髪に顔を埋めて甘えてくる婚約者に呆れる。
「んー?
いいんだよ、君を傷つけるやつなんて」
私を見つめる瞳はとても甘やかに熱を孕み、蕩けている。
私は
その瞳に流されないように目を逸らした。
「ふーん?
ところで、一夜を過ごした女性って、彼女の他にもいるのかしら?」
ステファンは途端に目を泳がせる。
じとーっと私が見つめると慌てて言い募る。
「いやっ!それは!
君の情報を得るために仕方なく聞き出したことであって!」
「ふーん?」
プイ、と顔を逸らす私とステファンが視線を合わせてくる。
「アマーリエ、
もしかして嫉妬しているの?」
どこか嬉しそうなステファンにどことなく腹が立つ。
「……嫉妬なんて!
するに決まってるでしょ!バカ!」
そう言ってステファンの胸に顔を埋めた私をステファンは苦しいほどギュウギュウに抱きしめる。
「……へへ。
僕ばっかりが
いつも嫉妬していたから嬉しい」
……確かに、私が誰かと話す度にステファンはその人との邪魔をする。
非常に嫉妬深いのだ。
「愛してるよ、僕の奥さん」
ステファンはそう言って唇を重ねる。
……まだ結婚はしていないのに。
「……私も、愛してるわ、私の旦那さん」
私も大概だ、
と思いながらも彼に唇を押し付けた。
読んでいただき、ありがとうございました!