第2話 -帝国は一日にして成らない- (04)
善の唐突な発言にナタールは呆気にとられている、と言った様子だった。
「潰すって……数十人は軽く居るんだぞ、どの連中も。それに一部の連中は他の賊を纏め始めてる。それを考えれば百人は下らない連中を相手にする事になりかねないんだぞ」
「構わない。それ位の連中を軽々と倒せなければ、俺のやりたい事は出来やしないんだからな」
事実だった。いくら強力な山賊とはいえ所詮は賊。ある程度の統率はされているだろうが、兵士や装備の質や士気は正規兵に遠く及ばない筈である。
つまりは、この程度の敵を軽々と倒せる部隊を創り上げる。これが当面の善の目的になるだろう。その為の手段として彼はこの冒険者ギルドに足を踏み入れたのだ。
「善、俺はお前の目的を深く聞いたりはしない。名目上としては俺たちはあくまで中立、職の斡旋を行うだけだからな。だが、これから俺が話すことはただの独り言だし、それを元にお前が個人個人にオファーを出すのを止める事は出来ない」
そう言って、ナタールは首都近辺の地図を取り出す。
「北東方面、山の中の旧近衛隊の訓練所があった施設を根城にして、北のクリューゲル方面に繋がる谷を主な狩場にしてるのが"鼠の頭"団だ。噂では北の蛮族との繋がりがあるって話で、実際の所この近辺で彷徨いてる賊の中では一番血生臭い奴らだ。奪う、殺す、燃やす。北の街道はこいつらに襲撃されて放棄された車両の残骸があちこちに残ってる。それがまた連中の絶好の隠れ場になるって訳さ」
「そいつらが一番強力な連中なのか?」
「いや、西の街道周辺の平原地帯を馬を使って縦横無尽に襲撃を行う黒蛇隊、こいつらは三、四十程度と"鼠の頭"団の半分以下の頭数でありながらも被害は同等かそれ以上だ。こいつらはとにかくビジネスライクで金を根こそぎ奪い取ったら後は放置、人を攫って身代金の要求なんてのもしやがる連中だ。そしてこいつらの他に……」
そこで、彼の話は一旦止まる。言いそびれているというよりは、できれば言いたくない。そんな雰囲気だ。そして、話を続けたのは善の後ろに居たセリアだった。
「白い花怪盗団でしょ。前の連中とは毛色が全く違うけど、首都近辺で活動している連中と言ったらあとはあの子達しか居ないもの」
「怪盗団? 毛色が違う?」善は怪盗団という名称もだが、セリアのあの子達という言い方も気にかかった。
「そう、あの子達は貴族や悪徳商人から金品を奪い取っては貧民や首都近辺の農民達に配ってる、義賊って奴ね。他の賊と違ってあの子達はここ、首都で活動してるの」
そう言ったセリアの顔にも、ナタールの顔にも怪盗団を非難する調子は全く無かった。それどころか、庇っている節すらある。
白い花怪盗団。その名前は首都に住む者なら誰でも知っている物であった。数年前から活動を行っているものの、捕らえられた者は誰一人として居ないという伝説の盗賊集団である。その拠点は首都南方に存在するスラム地区の中心、その地下部分であるアンダーゲイト地区にあると言われてはいるものの誰も確かめた事はない。正確には確かめようが無い、というのが正しいのだが。
怪盗団が名高い理由としては義賊という事もある。だが、もう一つ、その長は少女が努めているという噂の所為であった。
「あの子達、って言ったな。あんたらはその怪盗団の人間を知っているのか?」
「正確に言えば分からない。だけれど、こういう噂があるんだ。『怪盗団に会う事を本当に望むのであれば、アンダーゲイトに往け。会うに値するかどうかは"彼女"が確かめる』ってさ。"彼女"ってのは怪盗団のリーダーで、凄い手練って言われてる。だけれどアンダーゲイト地区はに行くのは正直言って気が乗らないよ。スラムに行くのさえ気をすり減らすってのに、その中心部だよ? 自殺行為さね」
その事実を聞いて、善は俄然興味が沸いた。義賊そして怪盗団という単語だけで心躍るのに、その長が少女だというのだ。これほど興味をそそられる事はない。そしてセリアの話を聞くならば、怪盗団自体をアンダーゲイト地区全体が庇っているように思える。
「話がしてみたい。どこらへんに居るかとか分からないか?」
「分かるよ。だけどあそこ、アンダーゲイトに足を踏み入れるのはすごいリスクが……」
「どっちみちリスクは取らなきゃならないんだ、構わない」
セリアは長い長い溜息を付く。その顔には苦悩の色がありありと現れている。善とオーシェの両方をそこで守るというのは難しい、という事だろう。
「山賊連中に喧嘩を売るってだけでも肝を冷やしたのに、今度はアンダーゲイトに行くって……あんた、どんだけ命知らずなのさ」
「そうだな、俺も本当なら止めるだろう。あんな無法地帯にわざわざ行く必要なんてありゃしねえ。平時ならばな」
助け舟を出したのは、ナタールだった。
「だがな、善の目的である手練の人材を集めるってのに今一番適しているのはあそこかもしれねえぞ。怪盗団を見りゃ分かるように、あそこには独自のルール、そしてそれを守らせる為の力がある。それがあるからこそ、行政も軍も大っぴらに潰しには掛からないし、掛かれないんだ」
「決まりだな、俺は行く」
「善様が行くのであれば、私も」ノータイムでオーシェが続いた。最早彼女は善が行く所であれば、どこにでも付いていくであろう。
既に行く気が満々の二人を見て、セリアもまた覚悟を決めた。
「分かった、分かったよ。こうなりゃヤケだ。アタシも付いてくよ。だけど危ない目に合いそうならさっさと逃げる、分かった!?」
二人に諭すセリアの姿はまるで姉のようだ。ナタールはそう思いながら、過去を思い返す。セリアがまだ冒険者をやっていた頃、ちょうど善達と同じ位の年齢だった時の事だ。あの頃のセリアも幾度となく危険な目に迷わず飛び込もうとしていた。その度によく窘められていたものだと。
そう。だからかもしれない。若いセリアの兄と姉代わりをしていた冒険者。その名前がセリアから告げられた途端に、彼は表情を曇らせた。
「そうだ親父さん、デュランスさん達は? まだここに居るってんなら、心強いんだけど」
その名前をセリアが出した途端だった。
「あいつはもう駄目だ」ナタールは吐き捨てるように言った。
「駄目……って、なんでそんな事言うのさ、だってデュランスさんにはマグノリア姉さんが」
「そう、マグノリアを亡くしてから酒に溺れて身を持ち崩した。俺も助けようとしたがな、駄目だった」
「え……?」セリアは信じられない、と言った様子だった。
「ああ、相当ショックだったんだろうな。一切やらなかった酒に一回手を出して、それからはもう坂を転げ落ちるように駄目になっていった。今頃はアンダーゲイトのどこかに居るんじゃないか? 探すのはお勧めしないがな」
それは、死んでいるのか生きているのかも分からないというのと同義であった。デュランスのように全てを失い、身を持ち崩した人間が最後に辿り着く場所。それこそがアンダーゲイトであるのだから。
ギルドを後にしながら、善達三人はスラム、そしてアンダーゲイトを目指す。その道すがら、オーシェは先程のやり取りからずっと暗く沈んでいたセリアに話しかけた。
「先程仰られていた、デュランスさんというのは?」
「デュランス・マクソネル。元神殿騎士の冒険者って経歴の男だよ。神殿騎士を辞めた理由ってのがさっきアタシが言ってたマグノリアって人と恋仲になったからさ。神殿騎士には禁欲が求められてるからね。だけれどあの人は、辞めた後もまるで僧侶みたいな生活をずっとしてたね。説教したりアタシみたいな学の無い若い子に勉強教えたり。一々格言みたいな事言ったりさ」
そう言ってセリアは笑う。空元気であるのが善にすら伝わる程に空虚で、無理やり絞り出したような笑いを。
「傭兵上がりだったマグノリアさんは男勝りで、豪胆で、それでいていつも笑ってて、料理は上手くて、そんなマグノリアさんを窘めるのがデュランスさんで。いつも喧嘩してるようで、互いの事を思い合ってるのがよく分かる二人だったんだよ。それが、どうして」
小さくしゃくり上げる声が、二人の前を歩くセリアから聞こえる。隠そうとするのは護衛者としてではなく年長者としての矜持だろう。そんな彼女の為に、善は言った。
「見つけよう、そのデュランスさんを」
「え……? さっき親父さんだって言ってたろ、探すもんじゃないって。それに生きているかどうかすら分からないんだ」
「私も善様に賛成です。その御方……デュランスさんは神殿騎士であるというのなら、実力、知識はそれこそ一流でしょう。その上で冒険者の経験があるとするなら、善様が求める人材として適任だと思うのです。それに、私はデュランスさんを助けたい。そう思います」
オーシェの瞳には強い決意の光が灯っていた。彼女の性格上、ここまで困っている人物が目の前に居たならば助けないという選択肢は無い。
「白い花怪盗団、そしてデュランスさん探しか。一日で終わるかな、終わるといいんだがなあ」
そして、それは善も同じだった。
「善様、オーシェ様。……本当に、いいんですか?」
セリアは振り返り、二人を見る。その目には最早涙は浮かんでは居ない。
「当たり前だ」
そう言って善は笑いかける。