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第2話 -帝国は一日にして成らない- (03)

 善は何故冒険者ギルドに来たのか。それには明確な理由があった。


 一つは首都近辺の情勢が知りたかったという事。冒険者が集まるこの場所であれば城に飛び込んでくる情報よりも生々しく、雑多な事まで知れるだろうという算段だ。


 もう一つは王宮内のオーシェのライバルたち、つまりは他の皇子や皇女達に対抗する為、元老院議員の一派以外の味方を王宮外に求めたかったという事である。善の見立てでは他の派閥への切り崩しを行うにはあまりにも時間が少なすぎた。政争を行っている内に時間切れ、つまりは東西南北どこかの敵陣営が帝国の奥深くへと侵入する事となってしまうだろう。よって、味方を王宮外に求め、作り上げた陣営は自分とオーシェの名声によって無理やりに固める。それ以外に既に完成しきった他陣営に対抗する手段は無いと。


 そして首都近郊のいくつかの事件を実際に解決することにより、救い主としての名声を広める。その過程において信頼の出来る人間を幾らか見つける。実際の所、それが主な目的であった。


 その目的を果たす為には、この主人の反応こそが大事であった……のだが。


「あ、あんたが、救い主って奴、か」


 主人は手にして磨いていたグラスを取り落としそうになりながらも何とか再び掴み取った。動揺は隠せない程に露わとなっている。


「親父さんがそんな驚く所、初めて見たよ」

「ったり前だあ、俺はこう見えて信心深いんだ。ガキの頃から聞かされてきた伝承、その救い主が今目の前に居るんだぞ。それも年若き黒髪の~~って言い伝えの通りだ。驚かない訳がねえ」


 主人は興奮気味で食い入るように善を見つめる。今にも彼を拝みだしそうな勢いだ。

 善は苦笑しながらそれに答えるしか無かった。


「まだこういう時にどういう反応を返せばいいのか分からない」

「自然体で良いと思いますよ、善様」

「アタシはアルバマスさんとこに雇われてから、お偉いさんには慣れきってるから別段なんとも思わないんだけどねえ、でもこいつは大したもんだよ」


 そう言って、セリアは楽しげに善の肩をバンバンと叩く。彼女は彼の救い主としての名声や伝承と言った事には全くと言っていい程興味が無いようだ。良く言えば屈託のない、悪く言えば荒っぽい、そんな性格は冒険者生活の中で染み付いた物なのだろう。


「全く、そんな態度で接してるとか不信心にも程があるぞ、セリア。……さてと」


 主人は少し身だしなみを整えると、改めて善へと向かい合う。


「ここまでは俺個人としてのやり取りだ。ここからはこの冒険者ギルドの長としてのやり取りになる。救い主様……あー、そのー、これからはあえて名前で呼ばせてもらおう。名前は?」

「卯木島善だ。よろしく」

「俺はナタール・トランスバル。よろしく頼む。ここに来たという事は仕事に関する話だろう。要件を聞こう。少し長い話になるだろう。座ってくれ、何か飲むか?」

「いや、今は大丈夫だ」


 善はカウンターのスツールへと腰掛ける。後ろの二人にも勧めたが、どちらも固辞し、彼の後ろに立つ事を選んだ。


「単刀直入に言う。首都近辺の治安情勢を聞きたい」

「ほう」ナタールは意外そうに善を見る。

「現在この国では治安を維持する兵士の不足から、前線となっている地域以外でも治安が急速に悪化してる、と聞いた。その代わりに駆り出されるのは冒険者ギルドと言った組織だろう」

「そうだな。元々俺たちは地方ならば州兵、首都を含めた大都市ならば警備隊の活動の補完を主な仕事にしている。勿論それ以外にも各種護衛や遺跡や廃鉱山なんかの調査もやってたがな」


 主人は口髭を弄りながら、過去を懐かしむように言う。つまり、今現在は異なるという事だろう。


「だとするなら、最近の調子はどうなってるのかが知りたい」

「一言で言えば最悪だ。さっさと畳んで実家に帰りたい程だ」

「……そんなに酷いのか?」

「酷いなんてもんじゃねえ。まともな連中は傭兵として前線に行ったか、独立騒ぎの為にどっかの領主に召し抱えられたか、家を守るために地元に戻ったか、それか墓の中さ。今残ってる連中の大半は騒ぐだけは一流でそれ以外は二流どころか三流もいいとこだね。なんとか冒険者ギルドとしての形を成してるのは北から相当な数の連中が流れてきてるからだね」

「北?」

「ああ、北の蛮族どもさ。あいつらは容赦がねえ。文字通り殺して奪って燃やしまくってる。おかげで相当な数の難民が生まれてね。そんなかでも戦える奴は冒険者をやって食ってる、って事さ」


 そんな現状が全くもって面白くないのだろう。ナタールは渋い顔をしながら溜息を付く。

 善が予想していたよりも状況は悪いようだ。少し計画の修正が必要だな、そう思いながらも話を続ける。


「仕事は有り余るほどある、って訳か?」

「ああ、お陰様でな。首都から東西南北へと伸びる四本の街道、それすらギリギリで維持してるのが現状さ。本当は警備隊が山賊やらの掃討をしなけりゃならねえんだが……」


 そう言ってナタールは言い淀む。これ以上の事は軍、更には王宮の批判となってしまう。オーシェを目の前にしては言いづらいという事だろう。

 しかし、ここまで黙って話を聞いていたオーシェはハッキリと言う。


「はい、王宮内の派閥争いの激化により、軍や近衛隊でもそれぞれの派閥に分かれて醜い争いを続けているのが現状です。彼らの一番の敵は身内でありその敵と戦うのに全てを尽くしている為、他の事には一切手が付かない。民が苦しんでいるのを尻目に醜い争いを続けている――そして、私もその醜い争いを行っている一人に過ぎません」

「い、いや、俺はオーシェ様を批判するつもりは無いんでさ」ナタールは思わず地が出てしまい、照れくさそうに咳払いを一つすると、続ける。


「……あー、主要な街道に姿を見せるようになったというのは、それだけ規模が大規模になったって訳さ。しかも連中、妙に知恵があるのか貴族絡みの車列や隊列は中々襲いやしねえ。その分商隊や旅人、農民なんかが徹底的に襲われるって訳だ。既に主要な大街道でも、迂闊に出ていったら生きて帰れねえ。中でも、"鼠の頭"団や黒蛇隊なんかが残虐な連中でな」


 賊徒の具体的な名前が出た途端に、善は食いつく。これこそが待っていた情報とばかりに。


「襲撃してる賊、そいつらについて知りたい。できれば拠点とかも」

「……何を考えてる?」

「決まってるだろう、そいつらを潰すんだ。ド派手に」


 そう言って善は不敵な笑みを浮かべた。


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