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第2話 -帝国は一日にして成らない- (02)

 王宮の中央、黒鉄の塔と呼ばれる場所の一角に、一つの部屋があった。その部屋には窓が無く、扉も一つも無く、天井は低く、地下に位置する為に湿気が篭りとても人の住む場所とは思えない場所であった。

 蝋燭の灯りが無ければ昼間でも闇に満ちているその部屋の主は、まだ年若い少女だった。


「で、あの娘の元に現れた、というのね」

「ヘムソンを捕らえて王宮への攻撃を止めさせ、先程はオーシェ……いえ、第六皇女と剣の試合を行い、互角に戦っていたとか」


 少女と話している者は闇の中に隠れ、姿は見えない。だが、少女の瞳は闇に慣れ、今や太陽の下と同じようにこの部屋の中を見通す事が出来る。

 少女はゼイミア帝国第九皇女、エウライア・ディヴァン・ゼイミア。王族の中で末席に属し、呪われた血としてこの地下に幽閉されている『ゼイミアの毒蛇』と呼ばれた悪女の娘であった。


 エウライアは自分の前に跪くこの男の顔に浮かぶ侮蔑の色をしっかりと見通していた。この歳の所為でよくある事だと分かっては居るが、やはり気分の良い物ではない。

 男は、エウライアの母が権力を握っていた時に王宮内へと数多く送り込んだ官吏の一人であり、エウライアの母が権力を失い暗殺され、そして彼女がこの薄暗い部屋に幽閉された後にもその地位を失わなかった数少ない人材だった。

 だが、そうだとしてももう潮時だろう。彼女が切り捨てなければ、逆に彼から切り捨てるであろう。それほどまでに彼女の価値は落ち込んでいた。


「余計なことをしてくれたわね」

「……は?」


 男はまるで自分が叱られたのかのように、表情を強張らせる。


「貴方の事ではないわ。あの救い主と言われている男。ヘムソンの件は私も気付いてはいたが、泳がせていたから。また一枚手札を失ったという訳」

「は、はあ。全くもって。あの第六皇女はこれから益々増長するでしょうな、あんな男を派閥に加えたとなると」

「……でしょうね。唯でさえ馬鹿皇子が二人阿呆な事をやり続けてまともな者は愛想を尽かしているというのに」

「ええ、第二皇子と第四皇子ですな。先日も晩餐会で博覧会を開く開かないので喧嘩を始めて大変でした。陛下がお倒れになったというのに、あの調子では……。もし彼らのどちらかが後継者になるとすれば、いよいよこの国も……おっと、失礼」


 よく言う。エウライアは顔を歪ませる。この男がその第二皇子に取り入っているのは別の情報源からもしっかり伝え聞いているからだ。


「――そろそろ終わりにするとしよう、カルロ。今日は楽しかった」

「は、エウライア様。喜んで頂けたなら何よりです」


 カルロは馬鹿丁寧に頭を下げ、部屋から出ていく。


「この後お前は何処へ行くのやら……」エウライアは、カルロがこの後に向かうであろう他の皇子や皇女の顔を思い浮かべながら、椅子に深く腰掛ける。

 しかし今日は調子が悪い。どうしても他の人物の事を想像してしまう。それは、今話題となっている救い主とされる一人の男。


「ウギシマゼン。どのような男なのか」


 彼女は何時ものように想像する。この薄暗い部屋ではそれくらいしか娯楽がないからだ。

 そして、思考を揺蕩わせながら、いつの間にか眠りに付いていた。




 その頃、善とオーシェは城下町へと繰り出していた。

 戦時下であるが、大帝国の首都という事もあり、城から続く石畳で舗装された中央通りでは馬車が絶えず行き来し、通りの両脇には様々な商店が立ち並び、人々は心ゆくまで買い物を楽しんでいた。

 その人々の中に善達は紛れていた。


「善様、何か気になる物でもお有りですか?」

「いや、よく分からない物が多くて、例えばアレは何の店なんだ?」


 善が指差したのは、干からびた何かの頭部が刺さった棒が入り口の両脇に置かれ、禍々しい雰囲気を見せている店だった。


「あれは……確か魔法具関連のお店だったかと。何を扱っているのかまでは分からないですけれど」

「本当に魔法なんてあるんだなあ」


 善はここに来るまでに何度か人々が魔法かそれに準ずる魔法具を使っている場面を見ていたものの、やはりこういうイメージ通りの怪しい店を見る事によって魔法が実在する事を実感していた。


「私は苦手ですけどね、魔法。善様でしたら習得する事も出来るかもしれません」

「習得までに何年も掛かるんだろ? 俺は止めとくよ」


 善は魔法に習得と使用には学校での学習や免許が必要という事も彼女から聞いていた。そういう所は妙にシビアという事に違和感を覚える善であった。


「魔法というのは万能ではありませんし、正しい知識を持って使わなければ、自分すらも傷つける事になりますから」


 会話に割って入ったのは、昨日お世話になったセリアだった。彼女は善とオーシェの二人が城下町に出るという事を聞き、護衛兼案内者として遣わされていた。


「なんていうか、世知辛いなってね」

「……よく分かりませんが、簡単な魔法でしたら数日の講習で使用が可能になります、よろしければ手続きを行いますか?」

「いーよ、止めとく。それにこれからやらなきゃいけない事が多いからな」


 城下町に繰り出したのは善の発案だった。行きたい場所がある、という彼の要望に答えてオーシェが準備したのが彼女であった。聞けば、アルバマス氏の所で働く事になる前は善の目的の場所を拠点としていたという事もあり、話が早いだろうという事で彼女に来てもらった訳だ。

 そして一行は街路を抜け、一本だけ裏道に入った場所でその目的の建物を見つけた。冒険者ギルドである。二階建ての建物は一見普通の住宅、それもリッチな人々が住まう住宅のようだが、外壁のあちこちから大小様々な形をした看板が街路へ向けて飛び出し、この場所が決して普通の住宅ではない事をアピールしている。


 三人は大きなアーチ状の門を通り、中へと入り込む。すると途端に喧騒が聞こえてくる。

 中庭として使われるのが本来の使い方であろう、中央に浅いプールが備え付けられた広場には所狭しとテーブルと椅子が乱雑に並び、冒険者達がそこで飲めや歌えの大騒ぎをしている。


「昔はとある貴族の住宅だったみたいだけど、その貴族が身を崩して始めたのがこの冒険者ギルドって話さ。ここは宿泊施設も兼ねてて、二階部分とこの中庭の周りの部屋は大方泊まれるようになってる」セリアが簡単な解説を行いつつ、テーブルを避けながら奥へ奥へと向かっていく。


 慣れない善とオーシェは身を縮めながらセリアを追うが、狭さもあってか中々前へと進む事が出来ない。


「すいません、すいません」


 善はオーシェの手を引きながら、半ば強引に道を切り開いていく。時々睨まれるものの、特に彼はきにする様子もない。


「すごい場所ですね、善様」当然このような場所に来た事は無いオーシェだったが、案外楽しそうに周囲を見渡している。

「これなら面白い情報が色々と聞けそうだ」

「ふふっ、私は情報よりも皆さんが食べられている物が気になります」


 オーシェは熱い視線を冒険者達のテーブルの上に並べられている食べ物飲み物に注いでいる。見れば、中庭の周りには露天のような小さな出店が並び、色々な食べ物飲み物を売っている。


「まるでお祭りみたいだな」

「ある意味毎日がお祭りね、ここは」突然セリアが彼らの後ろから現れた。

「お、驚かすなよ」

「驚いたのはこっちよ、気がついたら居なくなってるんだもの。まあいいけど。取り敢えずこっち来て」


 二人はセリアに言われるまま、彼女の後ろに付いていく。今度は彼女もゆっくり歩いてくれた為、はぐれずに付いていく事が出来た。

 そして、ある部屋の前で遂に立ち止まる。部屋と言っても扉で区切られている訳ではない。巨大な柱と柱の間に板を貼り、建物の入り口にあったようなアーチと通路を作る事でそれまでの空間と区別を付けているような場所だった。


「デノス、お久しぶり」セリアはその部屋の入り口に立っていた門番と思わしき屈強なスキンヘッドの男に挨拶をしながら入っていく。顔パスという事なのだろう。善とオーシェの二人も特に何も言われずに部屋に足を踏み入れた。

 少しばかり歩いた先にあったのは、先程までの乱雑さとは打って変わってまるで小洒落たバーのように静かで優雅ささえ漂う場所だった。


「冒険者ギルドの本体、というよりかは商談やらが行われる場所だね。昔は応接室として使われてたんだってさ。で、カウンターに立ってるのがここの主人、というか親父さんだ」


 セリアが指し示した先に居たのは、口元に少しばかりの髭を整えた妙齢の優しげな男だった。


「おっす、親父さん」

「セリアか。久々じゃないか。よく来たな」


 付き合いが長いのだろう。会話を交わす二人の顔には自然と笑みが浮かんでいる。


「今日用事があるのはアタシじゃない、こっちさ」


 セリアはそう言って善とオーシェを目で指し示す。その途端、主人の表情が変わった。


「セリア、一体どうしたってんだ。なんで皇女様がこんな場所に」主人の表情から笑みが消え、真っ青になる。


 当たり前だろう。いくら首都に存在する冒険者ギルドとはいえ、帝国中枢の人間が軽々しく顔を出す筈もない。主人としても、このギルドの運営を任されて二十数年になるが、帝国の人間が顔を出すというのは手入れや圧力など、大抵が碌でもない場面であった。

 目の前に居る第六皇女はそのような事をする人物ではない、というのが世間の評判であったが、それでも警戒してしまうというのが長年の経験という物だ。

 だが、警戒していた以上の物がオーシェからぶつけられる。


「いえいえ、用事があるのは私ではなく、この方です」

「彼が噂の救い主様さ」

「どうも、卯木島善と言います。よろしくお願いします」


 主人の顔は真っ青を通り越し、今にも気を失うのではないかと言うくらいに血の気が消え去っていた。

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