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第7話 -始まりの終わり- (03)

 翌日から、皇女派である面々が動き出した。

 市中に強大な魔物の出現、それも未知の魔物が現れたという事を、広範囲に渡って流布し始めた。

 その中心となったのは、“血のブラッディ・カウント”と呼ばれる組織、市中に深く潜り、その姿を決して見せる事はない組織である。

 彼らの人員はどこにでも居る。街路にも、裏路地にも、王宮にも、アンダーゲイトにも、市中に張り巡らされた下水区画にすら。



「現れたのは――」

「人を食い荒らす――」



 新種の魔物の噂は生々しい事実が多く含まれていた事もあり、噂はあっという間に首都全体へと広まった。

 そして、それと同じように広まったのが、第六皇女が“鼠の頭”団を討伐したという噂である。二つの噂は決して絡む事無く、巧妙に広がっていく。

 今だ噂の域を出ては居ないが、もしもう一度何らかの事件が起きたとするならば。そして、その日は近い。そんな空気が市中を取り巻きつつあった。




 そして、それとは別に、善とオーシェの二人は市中、警邏隊の本部へとやって来ていた。 彼らを呼び出した(呼び出した、というのは皇女を相手にするには正確には正しくない。あくまで要請という形を取ってだが)のは警邏隊の長、つまりはディーナの父、ミゼット・マディスン。



 内容は容易に想像出来る。盗賊の討伐、そして魔物の件だろう。

 彼ら二人を呼び出したという事はディーナは口を割らなかったのだろう。それは善にとっては意外な事ではあった。



「あの分だと、あっさりと言いそうだったんだけどな」

「あの子、最後の方になると善様の事を見る目が変わっていましたから」

 そう言って、オーシェは微笑む。しかし、善の手をしっかりと握りしめ、決して離そうとしない。



「どうしたんだ、突然」

 突然のオーシェの行動に善は戸惑う。しかし、彼の言葉にオーシェは無言のまま答えない。



「善様、私達の行動は本当に正しいのでしょうか」

 今にも泣き出しそうな表情で、オーシェは善に答えを求める。それは彼も同じ問いを自身に対して行い続けている事だった。



「これが、本当に正しい事だとは言えない。というよりはまず間違いなく間違っている。俺はそう思うよ」



 善は嘘は言えなかった。彼女に対しては、いや、彼女に対してだからこそ、善は正しく言う事を選んだ。



「目的があっても、これだけの混乱と恐怖を撒き散らす。それが正しい訳がない。いや、正しくてはいけない」



 しかも、どう転ぶか分からない。作戦としては下の下も良いところだ。

 しかし、不確定状況を多く作り出さなければ、既に足場を固めた相手に付け込む事は出来ない。

 だから彼はこの選択を行った。

 そして、その選択の結果、その最初の物が待ち受けている事は容易に想像が出来る。



 警邏隊の本部内は既に戦時下の様に張りつめた空気に満ちていた。

 そして、その気配は奥に行けば行くほど強くなっていく。その気配の出処は当然、ミゼット・マディスン。警邏隊の長から発せられていた。

 彼の執務室内に入った途端、善とオーシェに浴びせられたのは冷徹な目と、内側に秘めた怒り。



「その顔付き、何故私が呼び出したのか、という点に付いては既に察されているようで何よりです」

 ミゼットの口調は表面上は礼儀を保っては居たものの、その薄皮一枚の下から溢れ出そうになっている怒りを隠そうともしてはいなかった。



「娘さんから話は無かったのか?」

「生憎ですが、そこまで仲が良いわけではありませんので」



 そう言って、ミゼットは部屋の向こう側を一瞥する。おそらくディーナは巡回に出ているのか、出しているのか。この建物の中に居ない事は確かだろう。そう善は判断した。



「市中に広まっている噂、既にご存知でしょう」

「ええ、魔物の話ですね」

「それに加えて、あなた方が盗賊団を討伐したという噂です。調べた所、警邏隊の中にすらその出処がありました」

「へえ、それは大変ですね」



 善はまるで他人事のように告げる。

 そして、それを聞いてミゼットの機嫌は露骨に悪くなっていく。



「単刀直入にお聞きしたい。私は貴方達が私の部隊を使い、盗賊及び魔物の討伐を行ったうえ、当然入れるべき一報を我々に寄越さなかった、その理由をお聞きしたい」



 最後の方は、ほぼ怒声に近い物だった。

 彼が苛立っていたのは、娘の一存で取った行動が皇女派に与していると取られかねない行動だった為だ。



 当然、彼は娘を叱責した。だがあろう事か、彼女の部下を始めとする警邏隊の面々すら彼に表立って反抗の意を示したのだ。

 事態を収拾すべく、ミゼットは娘を自宅謹慎という形を取らせたが、事態は収まるどころか、余計に悪化している。

 部下達の間には、露骨なまでの不満が広まっている。それは主にミゼット自身に対する不満だ。どれだけ優秀な人材が払底しようとも、彼らの本来の目的である市民の保護、それに殉じたディーナが処分された、それに不満を抱かぬ者は居ない。

 彼の苛立ちを、善は完全に理解していた。そして、それを逆手に取るべく、反撃を開始する。



「まず、貴方の態度、それが正しいと思っているのであれば、我々が話すことは何一つとして存在しない。貴方のその態度は私はともかく、皇女陛下に対する物ではない。いくら貴方が宰相派に付いているとしても、その最低限の切り分けすら出来ないようでは困るのでは?」



 ミゼットは歯噛みして目の前の少年を見る。

 彼は知られた宰相派の人間である。その妻も、宰相ガレンの遠縁の者であるし、ディーナを士官学校へと入れられたのも、宰相夫妻の口添えがあってこそだ。

 首都、その近辺の防御網の軽視はその彼の指示である。確かに彼も疑問に思っては居たが、愚直なまでにその方針を守り続けていた。



 そして、その彼にここまで表立って堂々と反論する人間は、今まで現れた事が無かった。

 歴戦の勇士としての風格すら漂わせているミゼット。だが、その男と五角以上に渡り合っているこの少年は何者なのだ?

 ミゼットは、言葉を失う。

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