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第7話 -始まりの終わり- (02)

 廃砦に灯された明かりを見た時、一行が安堵した事は言うまでも無い。それだけ、彼らの見た光景というのは信じられない物だったという事である。

 血に濡れた善達を見て目を丸くしたのは、誰もが同じだった。最初に見張りとして廃砦の外に眠そうに立っていた警邏隊の者達が、目を丸くして駆け寄ってくる。

 何かが起きたらしい、そのざわめきは波のように広がっていく。砦の中から、外に敷かれたテントから、人が次々と現れて善達の元へと駆け寄る。


「どうしたんですか」

「隊長、一体何が」


 不安そうに駆け寄ってくる彼らを制したのは善だった。


「偵察の結果、重要な事実が発覚した! 明日の朝、その事についての発表を行う。だが今夜は計画通りだ、警戒を怠るな!」


 その言葉によって一団は引き下がる。その人の波の中から、オーシェはセリアを見つけ、呼び出す。


「セリアさん、上へお願いします」

「はいよ、随分と疲れ切った顔してる事、何かあったね?」

「ええ、その事も上で」


 オーシェの顔からただならぬ事を察したセリアは、善達に加わり、上階への階段を共に登っていく。

 そして、上階の会議室へと辿り着いた彼らは、思い思いの席に陣取り、善の言葉を待つ。

 善は一同を見回すが、全員の目が彼へと注がれている。やり辛さを感じながらも彼は語りだした。


「とりあえずは、ご苦労だった、とだけ言っておきたい。……これで、"鼠の頭"団は壊滅し、首都北面の脅威は去った、と考えていいだろう」

「しかし、首都西部にはまだ黒蛇隊が存在しています」


 ディーナが付け加える。自分の思った事を言わないと気が済まない質なのか、それとも警邏隊という職務からの発現なのか。余計な一言を発してしまった。


「そちらの脅威も存在している。だが、とりあえずは俺たちがさっき見た脅威、それに付いて話したい。その前にセリアさんの為に軽く説明したい」

「"鼠の頭"団が壊滅したって、本当なのかい?」狐につままれたような表情だった。

「ああ、敵の長も、その配下も全員が死んでた。流石にあの世からはこれ以上悪さも出来ないだろう」

「死んでた? アタシ達以外にも戦ってる奴らが居たって事かい?」

「それよりもタチが悪い。一体の魔物に襲われ、見事なまでに全滅してた。誰一人として生き残りは居なかったよ」

「……ど、どういう事だい、そんな魔物がここらに居るなんて、聞いたことが無いよ、スレートナーやグリフィンみたいな奴でさえ数年に一体迷い込むかどうか、って程度なんだよ」


 セリアは明らかにに動揺していた。数十人を相手出来るような魔物が、首都近郊に現れたというのだから当たり前だろう。だが、それに続く言葉は更に彼女を驚かせるに十分な物だった。


「その魔物はどうやら俺が召喚される前に居た学校のクラスメイト、つまり人間が変異した物だと考えられる。俺の居た学校の制服を着込んでたからだ。俺と一緒に召喚されたのか、された後にああなったのかは分からない」

「本当なのかい? アタシを担ごう、って訳じゃないんだろう?」

「当たり前だ」


 総員、揃って頭を抱える。この先の対応を間違えれば、王国自体を揺るがす事件に成り得る事を、彼らは理解しているからだ。

 魔物に"なった"にせよ"させられた"にせよ、賊徒数十人を相手に出来る程の力を有した魔物が首都内部に現れたらどうなるか? 最悪、王宮内に現れたならどうなるのか?

 どちらにせよ、目も当てられない事態になるのは容易に想像が出来る。


「まずどうするかだな。軍や王宮に伝えるか、って所か。これは伝えるしか無いと思う」

「信じてもらえるんですかね?」カーライルは言った。


 そう、セリアも言っていた通りにそんな魔物が首都近郊に存在する筈がない、と一蹴されてしまえば終わりなのだ。この後に再びあの魔物が現れるとは限らない。もし現れなかった場合、善達の立場が悪くなりかねない。

 更に、今の王宮内の分裂具合からすれば政争の具にされかねない。犯人扱いされる事すら考えられる。

 それを理解していたオーシェの表情は厳しい物になる。


「微妙な所です。あの現場、そして魔物の首を見せればある程度は伝えられるでしょう。ですが、その脅威が伝わるかは……」


 どうやって彼ら、兄や宰相達にこの事態を伝えるか。オーシェは考える。彼女自身が蒔いた種だ。なんとしてもこれ以上の被害が出るのを防がねばならない。しかし、考えれば考えるほど、悪い方向へ行ってしまう。文字通り彼女は頭を抱えてしまう。

 実物としての首、脅威の形が存在している。それだけが突破口に成り得る。それに気が付いた時、善にある考えが浮かんだ。

 それを考えついた時、善の口元が少し笑ったように歪んだ。そしてオルケに向き直ると、彼は言った。


「婆さん、例の組織が動けるなら、頼みたい事が一つある。各派閥に際立って怪しい動きをしてる者が居ないか探ってほしい。トップクラスの人間だけで良い」

「救い主様、それは敵対派閥の中に犯人が居るとお疑いで?」値踏みするような声色だった。


 善はそれに臆すること無く答える。


「その可能性も考えている。というより、それが最悪の事態に近いので、それに備えて行動したい」


 即答だった。

 彼が想定している最悪の事態、それは魔物を利用したクーデターや反乱、それに準ずる騒乱を引き起こす事だった。

 そんな事態が発生すれば、そしてその勢力が政権を握ったならば、彼の計画には大きく狂う事となってしまう。その事態だけは、絶対に阻止しなければならない。

 オルケ、というよりはエウレイアの組織に恩を売る危険性を考慮しても、必ず手に入れなければならない情報だった。そして、彼の思惑通りに事態が動けば、それが最大の武器となる。


「分かったよ。ただし条件が一つ。私らがあの首を預かりたい」


 意外な言葉だった。善にも、オーシェにも、それどころかこの場の誰もが意図を理解出来ない。


「使う時、確実に返してくれるんだろうな?」

「ヒッヒッヒ、それは心配しなくてもいいよ。前にも言った通り、私らもまた、魔の領域に属してる。だからこそ分かる事も色々あるだろうさ。ここは年長者を信用する所さ」

「……分かった。任せるよ。それと婆さん、重ね重ね悪いがもう一つだけ」


 そう言った善の顔は、神妙な趣となっている。


「なんだい?」

「こちらの世界での、弔いの方法を教えてほしい。アイツが、あの世で安らげるように」 

「……分かったよ。詳しい事はまた現場に行ってから教えるとして、埋めてやらなくちゃならないねえ。随分と身体の大きい子だったから、手間が掛かるよ」


 オルケは孫を諭すように優しい声で、言った。


「よろしくお願いします」そう言って、善はオルケに対して深々と一礼した。


 そして、善は再び顔を上げて話し始める。


「それと、市内での聞き込み捜査、そしてある事を吹き込んでもらうって事を警邏隊に頼みたい」

「ああ。怪しい人間が最近現れなかったか、という方向性か?」

「それで構わない。だが、少し魔物の不安を煽るように言ってくれ。『奇妙な魔物を見なかったか?』とか。こういう事を警邏隊に頼むのはおかしいと思うんだが」


 ディーナには善の意図が理解できなかった。何故不安を煽るような事を言うのだ? と。それを問い詰めようとした。

 しかし、その前に彼は喋りだす。


「カーライルとセリアには、酒場の主人を通して首都中に魔物の噂を流して欲しい。オーシェには王宮内で、ユーライナはアンダーゲイトに。数日後、噂が広まったタイミングであの首を持って王宮に上奏する。首都で広まっている噂を裏付ける実物が現れるんだ。彼らも話を聞かない訳には行かない。そして、犯人がどこかの派閥の人間なら、それまでにボロを出す筈。その事実を上奏の際に突きつけてやれる」


 そう言った善の顔は、とても悪い人の顔をしていた。横で見ていたオーシェは後に彼自身にそう語った。

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