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第6話 -戦火の中へ- (04)

 『クラスメイトだった物』の攻撃方法は、その丸太のような腕を使った叩きつけ、そして振り回しが主な物だった。善はそれをいなし、確実に傷を付けていく。ディーナのメイスが足へと何度も振りかざされ、カーライルのレイピアが脇腹に当たる部分に何度も突き刺さり、血よりも遥かに粘性の強い液体が溢れ出す。それよりも、ユーライナの嵐のような攻撃が、皮膚表面を次々と切り裂いていく。


 だが、彼女は一向に手応えを感じなかった。初撃の後も、幾度となく喉や頭部に攻撃を与えている。しかし、弱る気配が一切見えないのだ。

 この『クラスメイトだった物』の異質さに気が付いたのは、ユーライナだけでは無かった。善も、ディーナも、カーライルも同じだった。


「こいつ、再生してやがる!」

「だな、クソっ、いくら痛めつけても意味が無いじゃねえか」


 そう、いくら剣で傷を付けても、傷は次第に塞がり、血は止まり、骨をへし折ろうともいつの間にか繋がっている。

 善は一旦下がり、対処方法を考える。


 このような再生能力を持つ敵に対して、取りうる手段は三つある。まずは魔法によって再生を止める。もう一つは再生出来ない程のダメージを一度に与える。そして最後が、再生できなくなるまで攻撃を続ける。

 善はまずこの中の一つめ、魔法を検討した。


「婆さん、あいつを止められるような魔法、使えるか?」

「無理だね、アタシは厳密には魔法使いじゃない。呪祭司ドルイドさ。アレは自然から産まれた物じゃないから、アタシ達呪祭司ドルイドの呪術じゃ火力不足さ」

「傭兵たちの中には魔術師が居た、連れてこれなかったのは大失態だったな」


 となると、残る道は一つしか無い。


「再生できない位のダメージを与える。婆さん、さっきのもう一回頼むわ。オーシェ、付いてきてくれ」

「はい!」オーシェは山賊の獲物であった手斧を手に、善の後ろを付いていく。


「婆さんがもう一度アレを拘束したら、俺はあの頭部に当たる部分を攻撃する。オーシェは首を、切り倒すつもりで叩き斬れ。経験上、いくら再生能力が強くても頭を落とせば大半は死ぬ」


 大半は死ぬが、少数は頭を落としても別の頭が生えてきたり、そのまま自立して行動したりするケースも多々あるが、善はあえてそれは言わなかった。


「はい!」

「行くぞ!」


 オルケが呪術を詠唱し始めたのを耳にすると、二人は『クラスメイトだった物』に対して駆け出し始める。


「一旦下がれ!」


 攻撃を続けていた三人に指示を出し、下がらせる。

 ディーナのメイスを足に受けた『クラスメイトだった物』は地に膝を付いた状態で固まっている。


「好都合だ、行くぞ!」


 互いに目配せをした後、敵の元へ駆け出していく。善は背後へと周り、オーシェは正面から。

 オーシェが手斧を喉元へと打ち込む。それとほぼ同時に、背後に回り込んだ善が後頭部に剣を強引に突き立てた。

 銀色の剣が、『クラスメイトだった物』の口から突き出し、首からはドロっとした血が止め処なく溢れ出す。

 唸ろうとするが、喉と口に突き立てられた剣と斧、そして自らの血によって声にもならない音を立てる事しか出来ない。


「オーシェ、離れろ!」彼の指示通り、飛び下がるのを確認した後、善は喉に突き立てられていた斧を引き抜き、もう一度振り下ろした。首を落とす為に。


 そして、ついに首が落ちた。

 これで全て終わった。全員がそう思った時だった。

 呪術によって力なく垂れ下がっていた『クラスメイトだった物』の両腕が、善を掴もうと突如動き出した。


「善様!」


 オーシェの叫び声が聞こえるのと同時に彼は直ぐ様飛び下がる。そして、苦い顔をしながら変容しつつある『クラスメイトだった物』を見る。


「気をつけろ! 何かするぞ、こいつ!」カーライルが悲鳴の様な声で叫んだ。


 善にも、目の前の存在が腕からボコボコと奇妙な音がし、何かが内側から現れようと皮膚の内側で這いずり回っているのが見える。

 そして、『クラスメイトだった物』は、腕を善の方に差し出すように向ける。

 次の瞬間だった。


 『クラスメイトだった物』の手が、腕が、胸が、沸き立ちそして爆発した。その中から現れたのは、幾重にも分かれた触手。先端部は分たれ内部から棘が突き出し、獲物を喰らおうかとしているように開閉している。


「こいつは……」


 善は言葉を失う。彼ですらここまでグロテスクに変容する魔物を見た事が無かったからだ。

 だが、『クラスメイトだった物』はすぐに力尽き、倒れる。内部から飛び出した触手だけが蠢き続けているが、身体は最早動く事は無い。


「皆、油か酒を集めてきてくれ!」


 その言葉で、善が何をしていようとしているのか、全員が理解した。

 血肉に塗れた建物の中を駈けずり回り、一揃いの燃料を集めてきた一行はそれをまだ動き続ける触手へと投げつける。

 そして、火種が投じられる。


 火焔は火種から、『クラスメイトだった物』へと移り、全身へと広がっていく。触手達は火焔に飲まれながらも尚、蠢き続ける。

 それを黙って見ている善が手にしていたのは、魔物の学生服に付いていた金属製の校章。それを火の中へ投じると、背を向けた。




 首都、その外周部。禿頭の男と、彼と頭を並べる位長身の妙齢の女性が並んで歩いている。


「巫女様の御神託では、時期が近いと」


 女性は口元に笑みを浮かべながら問いかけるように、禿頭の男へと言った。


「巫女様は確かにああ言ってはいた、だが、儂の力でもそろそろアレらを隠し立てするのは難しいぞ」

「今日も、一体外に向かわせたと言っていました」

「……何を考えてらっしゃるのだ、巫女様は」


 奇妙なまでに甲高い声だった。それがこの男を体格の良さと合わせて他者に強い印象を与える部分であり、彼自身が一番気に入らない部分でもあった。

 この禿頭の男の名前はガレン。ゼイミア帝国の摂政であり、王族以外でありながらも巨大な派閥を有する男である。

 長身の女は、アギレラ。ガレンの妻であり、首都に存在している軍学校の校長を務める人物だった。


 二人はある人物――彼らは巫女と呼んでいた――が待つ場所へと向かっていた。ガレンの有する別宅の一つであり、今はある人物の為に給されている。

 二人は別宅の門の前で立ち止まり、門の前で警備を行っている門番に顔を見せる。

 主の顔を確認した門番は深々と頭を下げた後、恭しく門の扉を開く。


 門番を一瞥もせず、二人は邸宅の中へと入り込む。これまで幾度となく訪れた場所だ。夜闇の中でも身体が道を覚えている。二人は間もなく邸宅の地下へと辿り着く。

 一族の聖所として使われていたその場所は、多くの人が集まれるように広大かつ清浄な雰囲気を常に保たれていた。

 その聖所の奥、聖なる火が掲げられた場所に、二人を待っている巫女の姿があった。


 彼らは、その巫女の前に跪く。当たり前の所作としてそれを行い、そして更に地に頭を付け、巫女への恭順の意を示す。

 彼らはこの行為に何の疑問も持っていない。彼らの眼の前の人物こそ、一族の悲願を叶える為の存在であるからだ。そして、彼女が行った余りにも強大な力の行使を目の前にした今では、逆らう事など想像も出来ない。


「巫女様、火急の用と聞いて参りました」


 二人に巫女と呼ばれた存在は、黒いヴェールで目元を隠し、白を貴重とした装飾過多なローブを身に纏った少女だった。


「ち、近頃、救い主と称する物があ、現れたそうですね」


 少女は上手く喋れないのか、時折言葉を途切れさせながら喋る。


「は。第六皇女が随分と執心だそうで」

「それ、が現れたのは、わ、私が来た時と、同じ頃ですか?」

「……そう、聞いています」


 そうガレンが言った瞬間、巫女は二人に聞こえる程の溜息を付いた。それを聞いた途端にガレンは悪寒に身を竦め、神に祈りを捧げる。

 どうか、この身をお守り下さいと。冷や汗が彼の背筋を流れ、動悸が激しくなる。巫女の視線が、自らに向けられるのがハッキリと分かるからだ。

 この存在は気まぐれで自身を殺しかねないと、彼は知っている。そして、実際に死にかけている。

 だが、巫女は視線をガレンから逸らし、また喋り始めた。ガレンは安堵に胸を撫で下ろした。


「は、放っていた、一体が先程倒されました。な、何か心当たりはありません、か」

「アレが、倒されたというのですか?」

「そ、そう。最も弱い子、だったけど。しょ、食事を行わせる為に外に行かせたら、さ、さっき、痛みが」


 そう言って少女は胸を押さえ、咳込み始める。


「巫女様!」


 ガレンは駆け寄ったが、巫女はそれを手で制した。そして、苦痛に満ちた表情でこれまで以上に途切れ途切れ告げる。


「す、救い主の名は卯木島善、か、彼は、そう名乗ったのでしょう? や、奴を殺す、のです。何としても、彼を、殺すのです」


 そう言って、少女は失神した。

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