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第6話 -戦火の中へ- (03)

 暗い夜道を、灯りも無く、音も無く、ただ一つの場所を目指して歩き続ける。

 奇妙なまでに白い月が空に輝く、明るい夜だった。その為に道を見つけるのには苦労しなかったが、それを行くのに苦労しないか、というのは話が別だ。

 一行は先導するユーライナの後ろをゆっくりと歩み続ける。甲高い虫の声が彼らの歩む音を隠してくれる。


 そして、ついに敵の本拠地、訓練施設跡へとたどり着いた。

 訓練施設群は四方を木の壁で覆われ、両開きになる木製の門が唯一の入り口となっている。四隅には見張り台と思われる櫓が立てられている。

 だが、その櫓に立っているべき存在、つまり見張りは誰一人として居ない。

 そして、音だ。何の音もせず、ただ不気味なまでに静まり返っている。


「色濃い血の匂いがする、奇妙だねえ」


 オルケはこれまでに無い位に神妙な様子となり、門を見つめる。

 血の匂いという言葉に疑問を覚えた善は辺りの匂いを嗅ぐ。確かに、妙な生臭さが漂っている。

 確か、こんな匂いを嗅いだことがある。あれはいつだったか……、善が眉を寄せ、考え込んでいる間にユーライナは門へと近づいていき、耳を扉へと近づける。

 だが、首を捻り、遠ざかる。


「何の音も、気配もしません。……この場所は、何かがおかしい」

「罠ではないのですか?」

「それは考えづらいねえ、これを見てご覧よ」


 オルケが門の脇に置かれていた篝火を指差す。それは既に燃え尽き、数本の薪が炭化したまま無造作に差し込まれている。

 オルケが指差したのは篝火の底、受け皿になっている部分だ。そこには雨によって泥のように濁った灰が溢れそうな程に詰まっている。


「数日は放置されてるね。罠だとしたら随分と手の込んだ事をしてるよ。それに足跡も古い物しかない。しばらく出入りした人間は居ない、って事だねえ」

「罠、じゃないと?」


 オーシェの言葉にオルケは頷いた。


「私もこれは罠ではないと思います。そうであるなら、人の痕跡や気配が何かしら残る物です。ここにはそれが一切無い。まるで人々が突然消えてしまったかのように……」


 そう言って、ユーライナは身震いを一つした。そして、何やら祈りの言葉と思わしきフレーズを繰り返し呟いている。


「行こう、これが罠だとしても、そうでないにしても動かない事には始まらない」


 そう言って、善は門を押す。

 僅かばかりの力で、巨大な門はあっさりと開いた。

 どんどん広がっていく門の隙間から、これまで以上の生臭さと、鉄の香りが強くなっていく。

 そして、完全に開いた門、その先に広がっていた光景を目にした途端、彼らの動きはまるで時が止まってしまったように固まる。


「なんだ……これ……?」それを見た時、善の口からこぼれ落ちるように出てきた言葉はそれだけだった。


 どこまでも続く人の残骸、そう言うしか無い。

 乱雑に引きちぎられた胴体、内臓を引き出され、踏み潰され、手足は千切られて無造作に放り出され、人だった物から発せられる血と体液と脳髄の入り混じった赤褐色の液体は乾燥しかけているが、建物という建物の壁に乱雑に塗りたくられている。

 人間だった物が腐敗し、発する猛烈な悪臭が一行の肺に吸い込まれた途端に彼らの時間は再び動き出す。


「んだよ、これぇ……!」


 カーライルとディーナは嘔吐し、オーシェも口を押さえ、倒れ込む。

 ユーライナですら目を顰め、オルケは顔を逸らす。

 善は、ただ呆然と見つめている。この凄まじい光景よりも、ある考えが頭からこびり付いて離れなかったからだ。


 誰がこんな事を? と、どこかで似た光景を見たことがあると、頭の中で反芻させ続ける。


 彼の脳内は不気味なまでに静まり返って居た。この光景を見ても尚、彼は頭を動かし続け、考え続ける。一種の現実逃避である事は否定しない。だが、これに似た光景を彼は見たことがあった。

 こんな事を、人間は出来やしない。だとするなら誰が? 何のために? そう考え続けるが、彼の思考は結局一つの所を指し示し、そこから動こうとはしない。


 魔物モンスターが存在している。それも、とびきり凶暴な。


 その可能性に彼の思考が辿り着いた時に、彼の口から言葉が漏れる。


ドラゴンの巣……」


 そう、彼の記憶に似た光景が存在していた。

 それは、凶暴な龍の巣での事だ。人々を好き勝手に攫い、その生命を喰らう凶暴な獣。手傷を負わせた龍を追い、ねぐらである山中の洞窟に踏み込んだ時に見た凄惨な光景。

 死闘の末に倒す事が出来たが、同行した多くの兵士達は命を失った。それほどの戦いだったのだ。


「逃げるぞ、ここには……」


 善がそう言葉を発する前に、彼は見つけてしまった。建物の中、灯りが消えたその中、最も悪臭が強く、壁だけでなく、入り口まで真っ赤に染まった建物の中から、ゆっくりと『それ』が出て来るのを。

 闇の奥から現れた『それ』は、ゆっくりと首をもたげ、善達を見る。いや、『それ』には目が存在していなかった。だから、見たのではない。ただ頭を向けただけだ。

 月明かりに照らされ、善達も『それ』の姿を、ハッキリと見る事が出来た。


 四メートル程の体格をした、腕周りと足回りだけ奇妙なまでに肥大化した歪な巨人。

 その顔に当たる部分に目は無く、巨大な口が首の後ろまで避けている。

 目の代わりに嗅覚が発達しているのか、頭の上半分のあちこちに空いた空虚な穴をひく付かせている。そして、善達の匂いを嗅ぎ取った『それ』は身体を起こし、彼らの方へとゆっくりと動き出す。


「あい……つ、こっちに……!」


 ディーナは胃液に塗れた口元を拭うと、なんとか言葉を発した。だが彼女の足は動かない。彼女と同じく、カーライルも、オーシェも、ユーライナも、オルケも、魅入られたかのように動きを止め、『それ』をただ見つめている事しか出来ない。

 『それ』は何かを身に纏っていた。服のように見えるが、血に塗れ、そして引きちぎられた事で、首周りと胴体から膝までにボロ布が纏わりついているようにしか見えない。


 だが、その纏わり付いた物が何であるか理解した善の息が、止まる。

 だが、その特徴的な縫製で、それが何であるかは彼にはすぐに分かった。

 いや、彼にしか分からなかった。

 『それ』が身に纏っていたのは、学生服。


「嘘……だろ……」


 善は言葉を失う。学生服の残骸を身に纏っている『それ』が何であったかを理解してしまったからだ。

 元クラスメイト、だと。

 そして、彼がそう認識した瞬間、信じられぬ程の速さで、善目掛けて突進してくる。

 考える前に身体が反応し、剣を持ってその突進を受け止めた。

 善の身体は吹き飛ばされそうになるが、なんとか堪えたが攻撃を真正面から受けとめた剣は折れ、用を成さなくなる。


「フシュルルァァァア!!」


 『クラスメイトだった物』は、月に吠えるように叫び声を上げる。腕を振り上げ、歓喜に満ちているかのようにも見えた。


「この、化け物が!」

 ディーナが叫ぶ。そして、手にメイスを持とうとする。だが、ようやく引き抜いたメイスを握ろうとした瞬間に彼女の手からメイスは滑り落ち、地面に音も無く転がる。


 善は腰に下げていた短剣を抜き、『それ』に突き立てようと飛び掛かる。だが、


「刃が通らない!」


 見た目以上に厚みのあるその皮膚が、刃先を決して通さない。

 そうこうしている内に、丸太のように肥大化した腕が、彼を掴んだ。その指の長さはバラバラで、一番長い小指と人差し指で、つまむようにして善の胴体を掴んだのだ。


 彼を救ったのは、オルケとユーライナだった。

 オルケの放った呪術により、『クラスメイトだった物』の動きは止まり、ユーライナの剣が『クラスメイトだった物』の首に突き刺さり、それを引き抜こうともがく。その間に善は拘束から抜け出した。


「善様、これを!」


 拘束から解かれた善に、オーシェが鞘に収まったままの長剣を投げ渡す。彼女が見に纏っていた物だ。


「すまん、助かる!」

 

 彼は再び『クラスメイトだった物』と相対する。それも善の事を認識しているのか、他の存在の方向を向こうとはしない。

 『クラスメイトだった物』は目が存在しないというのに、善は強い視線を感じる。嗅覚や聴覚によって認識されているからだろう、と善は判断した。

 オルケの呪術は数分も持たずに効力を失い、その効力が失われると同時に『クラスメイトだった物』は再び善へと飛びかかった。

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