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第6話 -戦火の中へ- (02)

「どうしたんだ、突然」


 善の声に構うことなく、オーシェは手にしていたハンカチで彼の顔を拭った。

 そのハンカチはあっという間に赤に染まっていく。


「血が。お怪我をされたのかと」

「返り血だろう」


 そう言って、善は自分が飛び出してきた建物を見る。あの中で倒れていた男女、衣類は破れ、傷だらけの姿のまま転がされていた。それだけで何が起きたのかは容易に想像が出来る。

 それを思い返すと、ディーナの言っている事には利がある。あれだけの事を平気でするような連中だ。


「私は先程の善様の判断を支持します。彼らは帝国法の元で、適切な裁きを受けさせる事こそが正しい選択です」


 そう言ったオーシェの顔は、いつものような柔らかい物ではなかった。時折見せる、凛々しい皇女としての彼女の顔だ。


「そう言ってもらえると助かる。正しい判断が出来たかどうか、俺にはまだ判断しようが無いからな」

「いえ、間違いなく正しいです。善様の判断でもありますし」


 彼女の顔色は、また何時もの和らげな年相応の少女の物に戻っていた。

 だが、よく見ればその身体もまた、返り血に塗れている。それを見て、善は改めて自分が居る時代という物を再認識した。剣と魔法が全てを支配する世界であり、前の世界よりドス黒く、思い通りには行かない世界であるという事を。

 だからこそ、やり甲斐があるのかもしれない。彼はそう思いつつあった。





 その後、善達は同じような事を更に三回行い、その度に戦果を上げていった。

 最後に襲撃した廃砦では、捕虜どころか彼らに捕まっていた市民を八人も救い出し、被害は数人の怪我で済んでいた。しかし、討ち取った数は五十を下らない。

 大戦果である。これまで北部街道上で好き勝手に暴れまわっていた盗賊団の半数ほどが駆逐されたのである。

 残るは"鼠の頭"団の本隊、これまで善達が討ち取った数と同じく五十人ほどと想定される。


 夕暮れを向かえ、最後に襲撃した廃砦で夜を明かす事にした善達一行、その中でもリーダー格の者達は砦の中の一室、昔は詰所になっていた場所でこれからの方針を決めるべく集まっていた。

 夜に備えて慌ただしく動き回る人々の動きによって埃が舞い散る中、善は言い出す。


「まずは、誰一人として欠ける事無く夜を迎える事が出来る事を嬉しく思う。ご苦労」


 そう言って、神妙な顔付きでセリアを始めとして、ディーナやカーライルへと頭を下げた。


「まだ敵の本隊を叩いていない事から、正念場はこれからだ」

「善様、その事なのですが、捕虜から聞き出した事で幾つか奇妙な事が」


 ユーライナは手短に要点だけを纏めて言ったが、彼女が口にしたのは随分と奇妙な事であった。

 数日前から、彼らは皆"鼠の頭"団の本隊と全く連絡が取れず、何を行えばいいのか全く分からない状態に陥っていたというのだ。

 これまで山上の"鼠の頭"団の本隊は伝書鳩や訓練された犬による書簡配達など、様々な方法を用いて下部組織に連絡を取り細かな指示を与えてきたのだが、数日前から突然何の指示も与えられなくなったので、仕方なく山上にある"鼠の頭"団の本拠に連絡員を向かわせたのだが、その彼らも帰ってこず、身動きが取れない状態になっていた、というのが彼ら共通の証言だった。


「奇妙な話ですね、何故連絡員が帰ってこないのでしょうか」


 オーシェはテーブルの上に広げられた首都近郊の地図を眺めながら唸る。

 彼女の目線は赤く印が入れられた山上の訓練施設跡、"鼠の頭"団の本拠地へと向けられている。

 そして、その拠点から西側に位置し、街道をも見渡せる小高い丘に位置しているのが善達が今座しているこの砦だ。本来ならば、この砦で敵を迎え撃つ手筈だった。だが、今となってはその前提が大きく覆されるかもしれない。


「これまで潰した四つの拠点、その全てで同じ事になってるという事は、もう連中の本拠で何かが起きていると考えて間違いないんじゃないか?」

「私も同感です。この砦で囚われていた市民たち、彼らは本当ならばもう既に本拠地へと送られている筈だったという話をしていましたので」


 ディーナを始めとして、無言のままで過ごしている他の全員も善の言葉に同意する。

 何かが起きている。この言葉に一行は胸騒ぎを覚えずには居られなかった。

 しかし、それを確かめるには、敵の懐まで飛び込まねばならないのだ。もしこれが罠だとすれば? その考えを善は口にするつもりにはなれなかった。

 それよりも、彼の胸中にあったのは、奇妙な胸騒ぎと、そこに行かねばならないという確信だった。

 だからこそ、彼はハッキリと宣言する。


「夕暮れを待ってから、少数で敵本拠地への偵察、場合によっては内部への突入を行いたい」


 善は口にした。

 それに逆らう者は、誰一人として存在していなかった。

 そして、偵察隊の面々が告げられる。善、オーシェ、カーライル、ディーナ、ユーライナ、そしてオルケの六人。居残り組を纏めるのはセリアという配分となった。




 会議の後、善は砦の頂上に立って風を感じながら、辺りを見回す。苔があちらこちらに我が物顔で蔓延っていたので足元に気を付けなければならなかったが、眺めは素晴らしかった。

 これが昼間であれば、どこまでも見通す事が出来ただろう。

 だが、その代わりに空に星々が輝きつつある。光化学スモッグなどは全く存在しないであろうこの世界、夜は満点の星空が毎日見れるのだろう。


「これで何か温かい飲み物でもあれば最高なんだがな」


 何となく呟いた所だった。


「それならここに、丁度良い物がありますが」


 階段を登ってきたのは、ディーナだった。手には二つの湯気の立つカップが握られている。


「西部名産の茶です。私の母があちらの出身なので、よく送られて来るんです」


 そう言って、彼女は善にカップを渡す。

 

「ああ、済まない」


 受け取った善は、丁度冷えてきた身体を一度震わせると、急いで茶を口に運ぶ。


「熱っ」

「急がなくても良いのに」


 そう言ってディーナは笑う。


「花の蜜を混ぜてあります。西部ではそうして飲むので」


 そう言って、ディーナは善の隣に立ち、善と同じように辺りを見回す。幼い双眸には、確かな覚悟が浮かんでいた。


「先程は、いえ、私はずっと失礼な事を言っていました」


 善の方を見ると、彼女は頭を深々と下げる。


「我々ではこれ程の戦果を上げる事は不可能に近かったでしょう。兵員も、それを指揮する将校の数も質も地に落ちていますから。経験があるか、有能な人材はすぐに前線へと送られるか、貴族達の子飼いとなってしまいます。……本当に、ありがとうございます」


 善は傭兵達も同じような状態だった事を思い出す。あの親父さんも人を集めるのに随分と苦労したようだ。資金には際限が無かったからなんとかなったが、カーライルを始めとし、老若男女問わないお陰で随分と奇妙な一団となった。

 だが、その奇妙な集団に、警邏隊の面々は良く馴染んている。

 善とディーナは、警邏隊と傭兵たちが協力し、手際よく陣地の補強と夕食の準備を行う姿を見下ろす。


「私は、今まで随分と気を張り過ぎていたようです。皇女様にも随分と失礼なことを言ってしまいました」ディーナは困ったように笑う。

「人々の事を考えてそうなったんだ。それだけ真面目なんだろ? 別に気に病む事も無いと思うぞ。あいつはそんな事を気にするような娘じゃないから気にするなって。ディーナはその歳で隊長やって、部下を沢山持って、更に気後れせずに皇女と渡り合えるなんて大物になる素質十分じゃないか」

「……はい。ありがとうございます」


 そう言って、ディーナはまた泣いた。

 褒められるというのは、どれだけ久々の事だったろうか。父からは常に結果を出すように求められ、部下や同僚からはその成果志向が疎まれる。まだ成人すら遠い彼女にとっては、余りにも酷な環境だった。

 だからこそ、善の一言が染み渡ったのだ。

 二人に秋の気配を感じさせる、冷たい風が吹き付ける。


「そろそろ下に戻ろうか。身体が冷えるといけない」

「はい」


 丁度茶を飲み終えた善が、背筋を伸ばすストレッチを行ってから、もう一度辺りを見渡す。

 空は夜の帳が降りつつあり、首都の方は家々の窓に灯りが点き、敵の本拠がそんざいしている山々はその姿を夜影に隠しつつある。

 そこに、今夜善達は向かうのだ。何が待っているのかは分からないが、胸騒ぎがする。そう感じた彼は山々から目を逸らし、階段の方へと目を向けた。


「どうしたんだ?」


 そこには、ディーナが待っていたのだ。


「善様の事を待っていただけです」


 そう言って、ディーナは泣き腫らした顔に笑顔を浮かべた。

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