表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/31

第5話 -狂乱の時代- (06)

「我が主と救い主様の協力、それを示す為に、私めが今回少しばかり助力させていただく事となりました。以後、お見知り置き下さいませ」


 そう言ってオルケは不敵に笑う。相変わらず不気味そのものな婆さんだ。善はそう思いながら目を逸らす。正直初対面から苦手な相手であった。


「善、オーシェ様、アタシらの準備は整ったよ」


 セリアとカーライルが善達のテーブルへとやって来る。彼女たちもオルケの事は知らないようで、この老婆の姿を見て只ならぬ物を感じ取りはしたものの、すぐに目を逸らした。


「よし、じゃあ作戦を始めるとするか。店員さん、会計お願いします」


 善は近くに居た店員に声を掛けたが、奇妙な目で見られ、更には無視された。


「ちょっと待てって!」

「善様、どうしたんです?」

「いや、料理の会計を」

「ああ、それなら大丈夫ですよ。先程一括で払いましたので」


 そう言ってオーシェが見せたのは、一粒の輝石。一目で硬貨などよりも遥かに値が付く物だというのが分かる。


「換金に少々手間がかかるのが難点なのですが、この店の店主はそのまま受け取ってくれて助かりました」


 そう言ってにこやかに笑うオーシェ。その姿を見て、善は彼女が大帝国の皇女であるという事を再認識した。

 彼女が見せた輝石は、僅かな欠片でも金貨数十枚の価値は軽く持つ代物である。その価値の理由としてはその内部に込められている魔力の莫大な値によるものだった。

 店側としてはそれを予め提示されていた訳で、いくら飲み食いしようが黙って出してにこやかに送り出すだけであり、更にそこから支払いを行おうとする人間が居るなどとは想像もしていなかった訳で、店員の対応も仕方ない。


「善様、総員揃ったようですね」


 店の外に出ると、今回の作戦に参加する人々が揃って善達を囲んで待っている。

 彼らの目には、善、そしてオーシェに対する期待の色が浮かんでいる。何か言わなければここから梃子でも動かない、そんな顔をしている。

 特に何も喋るつもりは無かった善は、完全に面食らう形となってしまった。縋るような気持ちで隣のオーシェやユーライナを見るが、彼女たちもまた、期待に満ちた目で善を見ている。完全に逃れる事の出来ない状態だ。


「あー、本日はお日柄も良く」


 善はとりあえず何かを言ってみるが、意味が全く伝わらなかったのか、首を傾げられる。

 流石にこれではマズいと思い、辺りを見回しては何か内容が無いか、頭を捻る。しかし、陳腐な言葉しか浮かんでこない。彼は仕方なくそれを言うことにした。


「今日はこれから、盗賊の討伐という事を行う訳だが、一つだけ言っておく。こんな事で死ぬんじゃないぞ。皆にはまだまだやってもらいたい事がある。今日の討伐なんてのは、その第一歩に過ぎない。だから、さっさと片付けよう」


 割とテンションが低く、短い演説だった。それに答える歓声も、ワンテンポ遅れた物となる。

 まあ、こんな物だろうと善は判断する。話術もどうにかした方がいいな。そんな事を考えながら、北門から外へと歩み出た。善にとっては、この世界の外へと踏み出す最初の一歩となる。


 城壁は二十数メートル程、城壁の上には見張りの人間が小さく見える。巨大な鉄製の門を越えると、長大かつ底の見えない程に深く、百メートル以上は優にある堀に長大な橋が掛けられている。


「これ、有事の際には閉じられるのか?」


 善はオーシェに問いかける。一番詳しいだろうと考えたのだ。


「ええ、跳ね橋という形になっていると聞いています。ただ、私が知る間では一度も上げられた事が無いので、実際どうなっているのかは……」


 それだけ利用する機会が無かった、つまりはずっと攻められる事が無かったという事だろう。

 しかし、暗雲は四方から迫りつつある現状を考えれば、避けては通れない問題の様に善には思えた。


(いざという時に使えない、とかだと笑えないよな、これ)


 そう考えて、彼は錆びついた鎖を見つめた。




 同時刻、西方の最前線。

 石造りの要塞、その中は兵士や文官が忙しなく行き来している。それもその筈、スカーレア帝国の攻撃が前線の殆どの箇所で始まっていたからだ。


 しかし、要塞の中でも最上部、その最も遠い箇所ではその忙しなさが嘘のように静まり返っていた。

 窓のカーテンが閉められ、灯りすら消された室内において円形のテーブルの様な装置の上に、緑がかった獣に似た二足歩行の獣達が雲霞のごとく押し寄せる姿が映し出されている。

 それを黙って見つめる、者達こそ。ゼイミア帝国第三軍の中枢、各部隊の指揮官達であった。


 その面々は老若男女どころか、耳の長いエルフや、戦化粧ウォーペイントを顔に施した小柄なドワーフ達を含めた亜人デミヒューマンすら存在している。その彼らの視線は、同じ方向へと向けられている。

 その方向には、二人の人間が並んで座っている一際小さな机が存在していた。


 右側に座る初老の男性は長い銀髪に少しくたびれた目元は今もなお狼の様に鋭く、そして蓄えられた髭に軽装の鎧の上からでも分かるほどに鍛え上げられた身体。それは机を更に小さく見せるほどであった。

 方や、女性の方は少女かと見間違う程に背が低く、人が良さそうな顔立ちに頼りない目元に分厚いレンズを入れた眼鏡を掛け、身体は細く、雪の様に白い肌をしている。明らかに場違いとしか思えない存在だった。


 映像が終わった後、銀髪の男性が重々しく口を開く。


「如何致しましょうか、アーシュラ様」


 その言葉が発せられた途端、指揮官達の目は銀髪の老人の隣に小さく座っている女性へと向けられる。彼らもまた、彼女の言葉を待っているのだ。そう、彼女こそ、このグディニア要塞、そしてゼイミア帝国第三軍の総司令官であった。

 彼女の名前はゼイミア帝国第二皇女、アーシュラ・カーティスラヴァ・ゼイミア。少女のような体型と顔立ちからは全く想像が出来ないが、立派な成人女性である。


 だが、その外見からは全く想像も出来ない程に豪胆かつ機知に富んだ指揮においてこの西方戦線を支え、それどころかスカーレアに痛打を与え続けていた。

 彼女の率いる第三軍は各方面軍の中でも有数の精鋭が揃い、亜人デミヒューマンや部族の長達も彼女へと帰順する程の高いカリスマ性を誇っている。彼女の横に座る銀髪の老人、ウラディスワフ・ケレンスキもまた、その一人だった。


 彼女の優秀さは、第三軍が相対するスカーレア帝国が二個軍を持って当たり、その二個軍の指揮官達が次々と敗北によって任を解かれているという所からも明らかであった。

 その彼女が、いよいよ口を開く。その声は外見に負けず劣らず優しげで、少し小さい物だった。だが、指揮官達は誰一人として物音を立てず、その声を一言一句聞き漏らすまいと耳を澄ませる。


「本日も敵の攻撃はスカーレアの傭兵獣による波状攻撃ですね。これで三日目。つまりは明日頃に主攻が始まります」


 その一言によって、会議室の内部はどよめきに満たされる。しかし、それは彼女の隣のウラディスワフが軽く手を叩いた事によって、一瞬で消え去った。

 彼もまた、歴戦の猛者。広く尊敬を集めている存在であった。


「後方に多数の物資の分散集積を確認しました。既にウカシャーン族の軽騎兵を中心とした妨害行動に移っております」


 それを聞いたアーシュラは満足そうに頷き、地図で敵後方の一点を指し示す。

 その地図は、会議室内中央に置かれた奇妙な台座の上に、映像としてズームアップした様子が投影される。


「ウカシャーンに任せておけば妨害活動は問題は無いでしょう。ですが、おそらく敵の主攻点はここ、サルヴァ川の三つの渡河点、その最北部です。この地点に配属されている部隊は既に損耗から新兵を中心とした部隊に切り替えられていますが、敵は既に感づいています」


「弱い所を的確に狙ってくると?」


「ええ、その証拠として敵の花形である飛龍兵は北部に配属されていないというのに、確認されている物資の集積地点が北部を中心として存在している事です。ここから、敵は飛龍兵を囮として中央に向け、主攻を北部に振り分ける事になるでしょう。北部に送る増援の準備は?」


「は、鉄騎兵隊アイロンサイド対魔術師隊スペルブレイカー獣兵ビースト、その各主力を温存し、主攻に備えております」


 アーシュラは、その報告を頷く事で無言のまま肯定を返した。


「もう直ぐ冬が来ます。その前に片を付けるべく、敵も本腰を入れてきたと見て良いでしょう。ここからが正念場です。諸君らの敢闘を祈ります」


 それで会議は終わりになった。

 会議の後、一人会議室に残ったアーシュラは、首都に残してきた最も仲の良い妹の事を考える。

 冬が来る、という言葉で彼女の事を思い出してしまったのだ。数年前に交わした冬にまた会おうと、彼女と行った約束を。


「貴方は今、どうしているのかしら、オーシェ」


 アーシュラはまだ知らない。彼女の運命をも大きく変える存在と、オーシェが行動を共にしている事に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ