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第5話 -狂乱の時代- (05)

「随分と盛り上がっているのですね」


 善がシチューに手を付けた所で、ユーライナが姿を見せた。シチューは酸っぱさと塩辛さが同居した奇妙な味で、得体の知れない野菜の切れ端があちこちに見える。ただ、僅かばかりの酸っぱさがある黒パンとは妙に合う。

 善がシチューから顔を上げてユーライナを見る。相変わらず修道服を身に着けており、この食堂には全く似合わない。


「お疲れさん。子供たちの様子はどうだ?」

「はい、新居はまだ全く片付いていませんが、お手伝いの方々と一緒になんとか人が住める形には整えられました。本当に、ありがとうございます」


 そう言って、ユーライナは深々と善、そしてオーシェに対して頭を下げる。

 その姿を怪訝そうに見つめていたのは、既にシチューと黒パン、その他の付け合わせを平らげて香草焼きに手を付けていたディーナだった。意外と大食漢のようだ。


「この方は?」

「私、アンダーゲイトでシスターを行っていました、ユーライナ・メーザンズと申します」


 ユーライナの方はディーナの姿を見て察したのか、あくまで表面上の身分だけを告げる。


(まあどっちみち戦になったらバレるんだろうけど)

そう思っていても善はそれ以上の事は何も語らない。面倒な事になるのは後回しで十分、彼はそう考えている。


「何故シスター、それも異教の方が同行するのです?」ディーナは目ざとくユーライナが身に着けている交差した山羊の角というシンボルを見つけ、問い正した。

 しかし、これは仕方のない事である。彼女を含めた警邏隊の面々は、ほぼ全員が敬虔な中央教会の信者だ。表面上は他宗教を容認しているゼイミア帝国とは言え、中央教会以外の教義が広く受け入れられているという訳ではないのだ。


「有用なスキルを持っているから、とだけは申し上げておきます」

「そうですか。随分と変わった一団ですね」


 ユーライナが回復魔法を持っていると早合点したディーナは興味無さげに香草焼きの処理に戻った。すごい勢いで食い付いている。

 彼女はこれらの料理を妙に気に入ったようで、涼しい顔で丁度通りがかった店員にシチューとパンのお代わりを要求していた。

 そんな様子を見て、怪訝そうな顔をするのがユーライナだ。


「この方は?」

「首都警邏隊のディーナ隊長だ。ご厚意で今回の盗賊討伐に同行してくれるそうだ」

「それはそれは。随分とお忙しい方々だと思っていたのですが、良く同行してくれる事になりましたね」


 ユーライナは皮肉をたっぷりと口にした。しかしディーナはそれを一切聞いていない。何故なら香草焼きを食する事に全力を注いでいるからだ。

 仕方がないので善も香草焼きに手を付ける。美味しいので次々と口に運ぶ。

 一尾をそのまま焼いて出しているこのメニューは店の看板メニューだそうで、これを食べる為にオーシェはわざわざ待ち合わせ場所をここにした、という事を言っていた。そのオーシェは何やら険しそうな顔をしながら料理と睨み合っている。


「どうした、オーシェ。美味しくなかったのか?」

「あ、善様。いえいえ、そんな事はありませんよ。噂通りの絶品ばかりです。特にこの白身魚の香草焼きは、魚自体の鮮度、そしてハーブのブレンド、どちらも絶品としか言えない品です。他の料理もとても美味しいですし、腕の良い料理人さんが居るのでしょうね」


 いつも以上に饒舌となったオーシェは、美術品を語った時よりも更に熱く料理について語る。しかし、中々食は進んでいない。


「ならなんでそんな厳しい顔してるんだ? まるで戦ってる時みたいだぞ」

「何のハーブが使われているのか、というのを考えていたのです。アルヴァノ、ミントゥス、サージュまでは分かるのですが」


 オーシェの口から出てくるのは善が聞いたことも無いようなハーブの名前ばかり。こちらの世界独自のハーブなのだろうが、元の世界でもハーブと言われてもよく分からないので知らない名前なのは別に変わらなかった。


「よく分かるな、そういうの……俺はさっぱりだよ」

「自分でも良く作りますから。宜しければ今度、おつきあい下さいね」


 そう言ってオーシェは照れくさそうに笑った。

 善は知らないが、彼女の料理の腕前は王宮内でも五指に入る。帝国内から集められた料理人と比べても遜色のない腕前という事は、店を開いても十分に食べていけるレベルという事だ。

 それもその筈、美術鑑賞と歴史研究、そして食べる事が彼女のライフワークとなっている。この様な戦乱の時代で無ければ、そのような方面でも名を馳せる事が出来ただろう。

 食事を一通り終えた後、真っ先に口を開いたのはディーナだった。


「真剣な話がしたいのですが。"鼠の頭"団を叩くと言いましたね。具体的な計画はあるのですか? 連中の拠点は破棄された軍の施設です。想定される組織の人員を含めて、相当強固な防御になっているはずですが」


 そう、組織立った動きと強固な拠点、そして有能な頭。この三つが揃っているからこそ、警邏隊は今まで手を出せずに居たのだ。いや、これまで何度か少ない人員を割いて討伐活動を行おうとはしてきたのだ。

 しかし、その度に何故か上層部、つまりは軍や貴族達から横槍が入り、その規模が縮小されたり中止にさせられたりと、まともな成果を上げれずに居た。


「ああ、俺の情報網から奴らの配下に置いてる有力な下部組織の拠点を割り出した。下部組織を叩いて本体が動いた所を叩く。それが計画だ」


 善の計画、それは山中に存在している強固な防衛網を無視して麓や廃村に存在している下部組織や前哨を叩き回り、迎撃部隊が出てきた所を少数精鋭で本拠を占拠し、敵が帰ってきた所を叩くか、利用できない程に拠点を破壊するという計画だった。


「具体的な位置を知っているのですか? まさか。我々ですら掴めていないというのに……」

「ああ、割り出してる。そうだよな、オーシェ」


 オーシェはゆっくりと頷いた。

 そう。今の彼には強力な情報網が存在している。


「理解出来ません。我々ですら掴めなかったのですよ? "鼠の頭"団の本体と違い、その下部組織は一つの拠点に長く滞在するという事はありません。足取りを掴んで討伐しに行くと、既にもぬけの殻という事が何度あったか……」

「それに付いては、私めがお話致します」


 唐突に姿を見せたのはエウリィの世話係、オルケだった。

 その得体の知れなさに、彼女を知らない者たちはその枯れきった枝のように細い身体と、昼間だというのに深々と被ったフードの隙間から見える歳に似合わない鋭い眼光に恐れを抱いた。


「申し遅れました。私、第九皇女、エウライア様の世話役をしております、オルケと申します」


 第九皇女の名前が出た途端、大抵の反応は二分される。ディーナのように全く知らないという反応、これが大多数だ。そして、ユーライナのようなごく僅かの背筋に悪寒が走る。つまりは知っている側だ。


「善……様、貴方、第九皇女、そして"闇の漕手"と繋がりが……?」ユーライナが言葉を失った様子で、善に話しかける。


「ホホホ、随分と懐かしい呼び名ですねえ。そう呼ばれたのは何年ぶりでしょうか」


 口調とは裏腹に、オルケの口元には全く笑みが見えない。声と表情が全く一致していないのだ。それが更に彼女の気味の悪さに拍車を掛ける。


「第九皇女……? 確か、数年前に亡くなった筈では?」


 ディーナが疑問を口にする。そう。公式ではそうなっているのだ。

 だがそれは表向きの発表でしかない。裏側の世界ではエウライアという名前は畏怖を持って語られる。

 そんな名前が口にされた途端に、ディーナが善を見る目は更に訝しげな物となる。

 これはまた嫌われてしまったかな、そう思いながら彼は視線を右から左へと受け流した。



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