第5話 -狂乱の時代- (04)
地上に帰った善達の一団は、一様にまず太陽の強い光に顔をしかめる。地下の人工の灯りは薄暗さはあれど、人に害を与えぬ程度の強さの光で照らし続ける。
しかし、本物の太陽は人など意に介さず、その姿を誇示するかのように強烈な光で世界を照らし出す。
その太陽はまだ頂点に達しては居ない。つまりは、まだ一日は長いという事だ。
ユーライナは、子供たちをオーシェの用意した新居へと連れて行った。合流は昼過ぎ、北門でという事になっている。それで善達は太陽に焼かれたまま、立ち尽くしている。
一旦移動しようかという話になりかけた時、身なりの整った鎧姿の戦士達が彼らを待ち受けていた。戦士たちは敵意の篭った厳しい視線を彼ら一団へと投げかける。
「第六皇女様、そして救い主様とお見受けします」
その戦士達の中でも一際目立つ、いかにも気の強そうな少女が歩み出て彼らへと問いかける。その口調には露骨な非難の調子が入り混じっている。
(誰だ、この子)
善は隣に立っていたオーシェへと、こっそり耳打ちする。このような少女が戦士たちを従えて歩いているという奇妙な光景を疑問に思ったからだ。
(彼女は現在の警邏隊隊長、ミゼット・マディスン氏の娘です)
(結構な大物じゃないか、なんでそんな子がここに?)
(分かりません。ですが、彼女が出て来るという事は彼女の父、その指示かと思われます)
それによって善は大方の事情を理解した。彼らと敵対する一派が行動の妨害の為に派遣したのだろう。
ディーナは張り詰めた表情で、再び叫ぶ。
「もう一度お聞きする。そこのお二方、第六皇女様、そして救い主様ですね」
「ああ、その通りだが何か用か?」
「私は首都警邏隊に所属しているディーナ・マディスンと申します。貴殿らはそのような怪しげな一団を集め、何を行っているのでしょうか?」
「人助けだ」
そのぶっきらぼうな言葉に対して、ディーナはさらに語気を強める。
「現在の首都の情勢下、それが非常に厳しい物である事は救い主様、そして皇女殿下も理解している筈。その様な方々が更に治安を乱すような事を何故行うのですか!」
「ちょっと待ってくれ、俺たちが何をしたって言うんだ? まるで俺たちが犯罪者みたいな口ぶりじゃないか」
「先刻、我ら警邏隊へと通報がありました。正当な理由も無く多くの手勢を引き連れ、市内を闊歩している者達が居ると。そしてそれを率いているのが、第六皇女様、そして救い主と称される方であると」
敵対する派閥か、それともアンダーゲイトの者達か。そのどちらかは分からないが、足を引っ張ろうとする者達が居ることは確かなのだろう。
これ以上の行動は不可能か? それとも、強行した方が良いのか? 善がそう考えた時だった。意外な事にそれを救ったのはオーシェだった。
「この人達が何の為に集められたのか、その理由が知りたいのですね。私達はこれから救い主様の指揮の元で"鼠の頭"団の討伐を行います。正に首都の平穏を乱す者達と戦いに行くのです。彼らはその為に私が自ら集めた有志達です」
"鼠の頭"団という名前が出た途端に警邏隊はざわめきだす。
本来なら、盗賊団の相手は彼らがしなければならない。だが、実際は首都内部での事件や街道の最低限の防備に人員は割かれ、まともな治安維持活動が行えていないのは彼らも気に病んでいた。
敵意を持って一団を見ていた警邏隊の戦士達の表情が一変し、朗らかな物となる。これにはやはりオーシェの人徳が効いた。
「流石オーシェ様だ」
「うるさい!」
ディーナの一喝によって、警邏隊との間に流れていた朗らかな空気は再び張りつめた物となる。
警邏隊隊長の娘であり、その父からの命令としてオーシェ達の一団を止める役目を負っていたディーナはオーシェを憎々しげに見る。半分涙目で。
盗賊の討伐という正当な目的を告げられた以上、それを否定する有力な材料が無ければ相手を止められなくなってしまったのだから。
「……今、何と仰られました? 私には、何の利益も無いというのに、盗賊の討伐を行う為に私財とその身を投じて傭兵を集めた、と私には聞こえたのですが。」
「ええ、その通りです」
皮肉そうに言ったディーナの言葉を、オーシェはそのまま肯定する。完全に逆効果でしか無かったのは、言った彼女自身が一番分かっているのだろう。警邏隊の戦士達の間からも、彼女に対して厳しい視線が送られる。
どうやら、ディーナは警邏隊の人々から慕われ、絶対の忠誠を誓われているという訳では無いようだ。そう善は把握した。
実際、ディーナが父の権力を笠に着た子供と警邏隊の人々から思われている面があるのは否定出来ない。士官学校を飛び級で卒業した秀才であれど、彼らからすればただの子供だ。
その子供がいきなり自分たちの指揮官をやっているのだ。不満に思う者が少なからず居るのはディーナ自身も把握していた。だからこそ、成果を見せねばならないと気をもんでいた。
「本当に、その為にこの方々は集まったのですか?」ディーナは確認として、善達の後ろからこの問題を面白そうに聞いていた傭兵達に問いかけた。
「ああ、そうだ」
「そうだねえ」
カーライルとセリアは口を合わせて同意する。元々その要件が主であり、今回のアンダーゲイトでの任務はおまけのような物だ。
あっさりと肯定され、もうこれ以上何も攻め立てる材料も無く、ディーナは迂闊な自身への怒りで震える。
「こ、言葉では何とでも言えましょう。ですが、貴方がたの本当の目的が別に無いとは言い切れないのではないでしょうか?」
ディーナはもう退けないのか、ムキになって食い下がってきた。
彼女自身も、嵌められたという事に薄々気が付いてはいた。だが、彼女の負けず嫌いな性格と、部下の前で安易に引き下がれないというプライドが足を引っ張っていた。
善は隣のオーシェに笑顔を投げかけると、とても悪い笑顔をディーナへと向ける。
「その懸念を簡単に解決する方法がある」
「それは?」
「俺たちに同行すればいい」
ディーナは言葉を失った。そして、首を縦に振るしか無かった。
こうして、善達の一行に、警邏隊の戦士八名が加わった。
これにアンダーゲイトの作戦ではバックアップとして待機していた六名を加えれば、総勢三十名弱となる。ユーライナと残りの人員との合流、そして補給の為に首都の北門付近、そのある店へとやって来た。
「ここで残りの面々と合流するというのだな」
善、そしてオーシェにディーナが問いかける。
彼女はあの後、こっそりと泣いて以降はしっかりと己を取り戻していた。善達の監視に頭を切り替えたようだ。
「ああ、一番の手練と残りの傭兵。それと合流する」
「では、何故このような場所で待っているのです?」
善達が待っていたのは、昼間から酒浸りになっている人々が陽気に騒いでいる食堂だった。ディーナには全く馴染みのない場所だ。
辺りから漂う酒の匂いに顔をしかめて、騒がしく乱雑な辺りを見回しては更に顔の皺を深くする。
「へいお待ち!」
食堂の店主が善達のテーブルに次々と料理を置いていく。木皿に並々と盛り付けられた赤みがかったシチューと、黒パン。付け合せとして、本来は酒のつまみとして食べられているスパイスの香る揚物と干した肉。主食としては魚の香草焼きが彼らに出された。
「これ、なんだ?」
善は揚げ物を差してオーシェへと問いかける。既に口に運んでいたが、善の感想としては胡椒味のポテチもどきという物だった。
「ああ、これは古くなった穀物粉と、豆をすりつぶした物を混ぜて平たくし、揚げた物になります。ドファと言う庶民のおやつですね」
「あいつらが好きでよく食べていたな」最初は店の雰囲気に厳しい顔をしていたディーナも、空腹だったのかドファから手を付ける。
「ん、うまい」
ここで初めてディーナは笑顔を見せた。




