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第1話 -来た、見た、帰りたい- (01)

「まず、俺は卯木島善うぎしまぜん。何も特別な能力を持っている訳ではない。特に代わり映えの無い高校生でしかない」

「……学生、ですか」

「そうだ。同級生連中からは無視されて教師からも見放されてる位にどうしようもない存在だ。君の言ってる救い主なんかにはなれないというか、そんな存在が居るならそもそも俺を救ってほしい」


 オーシェは黙って善の話を聞いている。何の反応も返そうとはしない。


「それに、話を聞いているとこの国はとてつもない苦境に置かれている事が分かるし、それには同情するが、たとえ俺がそういう力を持っていても、もうどうしようもない状態だと思うんだけど」


 善がそう言った直後、腹に響くような振動の後に凄まじい音が部屋を満たし、天井から土埃が落ちてきた。


「ちょっ、なんだこれは」


 動揺する善を見た後に大きな大きなため息を吐いた後、オーシェは言った。


「この振動は、おそらくスカーレア帝国の生物兵器による攻撃かと。ここ最近は数日に一度、このように首都を目標として攻撃を行って来るものですから」

「やっぱりどう考えても詰んでるよね」

「……それは、私にも分かっています。元々、こんな状況になってから神頼みをするという事からして間違っていたのですから。神を忘れ、民を蔑ろにし、享楽に耽った結果がこれです。こんな国を救おうとする物好きな神なんてたしかに居ないでしょう

 オーシェは、善に降り掛かった土埃を払いとると、改めて彼の前で跪く。


「それでも、私は貴方様を信じたい」


 済んだ藍色の瞳でオーシェは善をじっと見つめ、彼の手を取る。


「改めて願います。私を、我々を救いチョーズン・ワンとして導いてはいただけないでしょうか」そう言って、オーシェは善の手に頭を垂れる。


 善は言葉を失った。彼が彼女の望んだ存在ではない事を告げたのに、この態度は一体何なのだ、と。


「貴方が救い主で無くても、構いません。……いえ、貴方が悪魔であっても、私は構わない。儀式を行う前に、私はそう決めていました」

「嘘を付く事になるんだぞ、俺も、君も」

「構いません。それが何だと言うのでしょう。座して滅びを待つよりは、狂言とも思われようと足掻く道を私は選びます」


 善が見たオーシェの顔は、完全に覚悟を決めた者の顔付きだった。年下の少女が見せる物ではない。こんな小さな身体に、何を背負っているのだろうか。


 善は、昨日までの暮らしを思い返す。家の問題、学校の問題、そしてバイトをクビになり、スマホは落として壊れた。これまでの人生に何も良いことは無かった。特に高校に入ってからは坂道を転げ落ちるように不幸が襲い掛かってきた。挙げ句の果てにはくだらない事件の犯人扱いされて、無視とイジメ。


「……逃げても帰っても、どっちみち地獄。人生最大、最初で最後の大勝負か」

「……?」

「分かった。オーシェ、俺はやるよ。救い主とやらになってやる!」


 半分ヤケクソだった。善は叫ぶようにオーシェに告げた。

 その言葉を聞いた途端、オーシェの瞳から涙が溢れ出す。涙は両手で祈るように善の手を握っているため、拭うことも出来ずに額を伝っていく。


「……ありがとう、ございます」

「だけど、タダじゃない。金銀財宝、権力、女! 全部手に入れる! そしてこの国と世界、まとめて救う!」

「おお、やはり目標は大きくないと駄目ですからね。やる気になってくれたようで安心致しました」


 大それた事を言う善だったが、オーシェはそれを特に疑うこと無く笑顔で受け入れた。


「驚かないんだな」

「覚悟していたよりもずっと穏やかな要求でしたから」

「どのくらいの物を要求すると思ってたんだ」

「数百万人分の魂とか、数千万の人血とか……」


 オーシェはおどろおどろしい単語をこともなげに言った。冗談で言っているのでは無いというのは、彼女が真剣な表情をしている事から明らかだった。


「そこまでの犠牲を覚悟して、この国を救いたいのか」

「それもあります。ですが、それよりももっと大きな事がこの世界そのものに近づいています。主に北方からですが」

「大きなこと? これ以上何かあるのか」

「はい。この北の部族連合は彼らの信仰する邪神を復活させてこの地上に降臨させようとしており、その贄として我が国の民を選んだ、というのが私の見解です。現に侵攻地域では人狩りと奇怪で残虐な儀式が行われているという報告があります」


 あまりにも血なまぐさいその情報に善はたじろぐ。確かにそんな事態になっているのなら、彼の行った要求など、可愛いものだ。


「俺もどこまで出来るか分からないけど、まあ頑張るよ。どっちみち逃げられないしな」

「ええ、善様。死ぬまで付いて行きます。善様が死ねば、私も死ぬことになりますから」


 オーシェは満面の笑みでとても恐ろしい言葉を発し、善は今日何度目か分からない程の驚きに襲われる。


「ちょ、ちょっと待て。聞いてないぞ」

「あ、私が死んでも特に善様には影響は無いので大丈夫です」

「そういう話をしているのではなく……」


 オーシェが告げたのは、要約すると以下のような内容だった。

 異世界から存在を呼び出すための媒介としてアーティファクトを使用。しかしその過程で負荷に耐えられずに破壊。善という存在をこちらの世界に留めておく為にオーシェは魂を善の物と結合、今やオーシェの魂は半ば欠けた状態となっており、善と離れては存在出来ない状態になっている、というのだ。

 聞けば、オーシェは剣の腕前だけでなく魔術にも精通している。才女と言った所だろうか。


「善様、最後に一つだけ申し上げておきたい事があります。付与された特別なスキルの話です」

「スキル? 特別な?」

「はい。善様を召喚する際に使用したアーティファクトの特性によって、善様は異性とのキスやそれ以上の行為というか、その……」


 オーシェは言い淀む。言い淀むどころか、次の言葉を発する事ができず、俯き、顔を赤らめている。


「粘膜の接触によって、相手の知識や魔力、身体能力の一部を善様の物に出来る。そういうスキルを手に入れております!」オーシェはそう言って顔を覆う。


「……は?」

 善は間抜けそうに口を開いたまま、完全に言葉を失った。

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