第5話 -狂乱の時代- (03)
善は笑って誤魔化そうとした。だが、ユーライナの眼はそれを許す物では無い。
「お、俺は……」
そのまま、善は言葉を失った。真実を言わねば、これ以上何を言っても無駄であると悟ったからだ。
そして、彼は思い返す。
あの地下牢で目覚めた時、一番最初に考えた事は底冷えのする寒さだった。そして次に考えた事は、またか《●●●》とようやくか《●●●●●》という二つの事柄だった。
あの時も前《●》に召喚された時の事を思い出していた。あの時はもっと盛大で人も多かった、という事も。
そして、前《●》のスタート時にはもっと有用なスキルも貰えた事、そして有用な武器防具も揃った状態でスタートしたと。そして、今回は何も持たずに世界に放り出された。
前がイージーモードだとするなら、今回はスーパーハードの更に一つ上だな。そう考えて善は笑う。
「俺が言う言葉、信じられないかもしれないぞ?」
「それは私が決めます」
「分かった。なら言っておく。俺は既に一回、他所の世界を救ってる」
そう。卯木島善、彼が異世界に転移されるのは二回目の事だった。
半年に及ぶ苦難の道の後、魔王と呼ばれていた強大な魔物を倒した先に彼を待っていたのは、放逐と現実だった。世界の障害を取り除いた後に、手早く追い返された善を待ち構えていたのは、彼の失踪(と呼ぶしか無い)が原因で崩壊した家庭と、孤独と、クラス全員が行方不明となった事件において、彼一人が生き残ったという事実と、半年間という学習のブランクだった。
当然受験には失敗し、進学先でも真偽が入り乱れた噂は広まっており、まともな生活を送れるはずも無かった。
他のクラスの友人も事件以降、一切彼と関わりを持とうとしなかった。当たり前だろう。行方不明の末に半年ぶりに姿を見せたかと思えば、『異世界に行っていた』なんて開口一番に全国ネットのインタビューで言ってのけた人間と、誰が関わりを持ちたがる? どう考えても狂人だ。
最早、現実世界は彼の居場所ではなかった。
だから、彼は決めていた。今度は失敗しないと。今度は善人では行かないと。そして、全てを手に入れてやりたい放題すると。
「五年前に召喚された。そこから半年、戦って戦って、魔王と呼ばれてる存在を倒して、何も得られなかった。それどころか多くのものを失った」
「なるほど。そういう事情があったのですね」
事も無げにユーライナは言った。
「そういう事情って……」
「ええ、そういう事情があったので戦い慣れている、という事実が分かったのでそれで結構です。それ以上の情報は特に求めていませんから」
「ちょっと待ってこれから半年間の涙無くして語れない冒険譚があるんだけど」
「時間の無駄です。行きましょう」
悲壮な決意で語った過去を時間の無駄、あっさりと切り捨てられて善は肩を落とす。だが、むしろ語らなくて正解だったのだろう。彼には、最早過去は何の関係もないのだから。
そして、彼は改めて決意した。やりたいようにすると。
この狂乱の世界に何の説明も無しに放り出されたが、今の所は彼の思い通りに進んでいる。何よりもオーシェの存在が大きい。序列は低くとも、皇女という後ろ盾があるのと無いのとでは全然違うものだ。彼女が居なければハードモードどころか無理ゲーだったろう。
『おまけに、可愛い』
善は昨晩のオーシェの姿を思い返す。惚け切った顔、熱を持った肌、そして花のような香り。ツン要素などどこにも存在しない、純度百%のデレしか無い。ある意味彼に与えられた史上最大にして最高に価値のある存在だ。
価値という面で忘れてはならないのがユーライナとエウリィ、彼女達がいれば情報収集という面では他の派閥に大きな差が付けられる事だろう。情報は大事だ。
それにエウリィという存在そのものは一癖も二癖もある少女だ。オーシェの兄達と渡り合うには間違いなく必要な存在だろう。決して彼女を手に入れたいだけでは無い。のじゃロリというのは非常に彼の中ではポイントが高いが。
しかし、軍事的な面では他の派閥に大きく差を付けられているという事は間違いない。
『次は、どうにかして軍部とコネクションを作らないといけない』
そう言って色々と考えるが、いまいち上手い手が思い浮かばない。おそらく主要な将軍などは既にどこかの派閥に入っているか、前線に出ているかの二択だろう。そこまで考えた所で、善にはある考えが頭に浮かんだ。それを実行に移すかどうかはオーシェと相談しなくてはならないだろうが。
「変な顔をしていますね、善様」
突如として善の眼前にユーライナが無表情のまま現れる。驚いて飛び退いたが、おかげで背中から転びそうになった。
が、その前にユーライナが素早く彼を抱き止めた。
まるで忍者だな、と善は文字通り眼前の少女を見る。
「なぜ転ぶのですか? よく分からない方ですね、善様は」
「ユーライナの方がよく分からんよ」
「??」
彼女は何を言われているのか、さっぱり理解出来ないと言いたげに首を傾げた。
そんなやり取りをしてる内に、二人はオーシェ達の待つ出口へと辿りつく。随分と待ちくたびれた様子で、彼女たちは待っていた。実際は到着して十数分も経っていなかったのだが、敵地でその時刻を無為に過ごすというのは大きいものだろう。
「善様! よくご無事で!」
オーシェは善の姿を見つけると、直ぐ様駆け寄っていき彼に抱き着いた。そのお陰で彼女の豊かで張りと重さのある胸が押し付けられ、善の顔は途端に熟れたトマトのように染まった。やりたい放題すると改めて決意した男の物とは、とても思えない程に緩ませて。
「本当に良かった! 待つのは辛いものですね、本当に、本当に……」感極まって涙ぐむオーシェだったが、今の善もある意味で辛い状況下に置かれていた。
「あー、そっちも大丈夫だったみたいだな、怪我をしてるのは居るみたいだけど」
善は威厳を取り戻そうと意識して見るが、周囲の視線が痛い。正に刺すような視線というのはこの事なのだろう。面白がってやいのやいの騒ぎ立てる者も現れる。
「はい! 子どもたちも無事、助け出す事が出来ましたし、誰一人欠けること無く、たどり着く事が出来ました。全ては善様の御指示のおかげです……!」
オーシェはそう言って、更に強く抱きしめ、潤んだ瞳で善と目を合わせた。
「その、皆見てる」
そこで始めて、オーシェは周囲の視線に気が付いた。顔を真っ赤にして、おずおずと善の後ろへと隠れた。それは先程戦場で見せた姿と同じとは思えない彼女の姿であった。
改めて、善は一同に向き直り、挨拶を行う。
「皆、ご苦労だった。少数とは言え、よく任務をこなしてくれた。これでこのアンダーゲイトにおける任務は完了した」
「皆様のおかげで、子どもたちを助け出す事が出来ました」
ユーライナが深々と頭を下げた。拍手と、子どもたちが彼女を迎える。
「ユーライナさん!」
「シスターさま! こわかったよぉ」
彼らを見て、強張っていたユーライナはその表情を僅かばかり緩ませる。内心では、とても嬉しく思っているというのに、上手に表情として表すことが出来ない。それを彼女は何時も苦々しく思っていた。子供たちを怖がらせるのではないか、遠ざけているのではないかと。
だが、それは杞憂だったようだ。彼女が彼らを思う気持ちは、きちんと伝わっていた。それを実感した時、彼女の頬に一筋の涙が伝う。
「シスターさま、どこか痛いの?」舌足らずの言葉で、不安そうにユーライナの顔を見上げる少女。
「……これは嬉し涙です。みんなが無事で、とても嬉しいのですよ」
その言葉を聞いた途端、少女の顔は花が開いたように明るくなる。
この少女の笑顔を見て、損得抜きでこの子達を助け出せて良かった、そう考えたのは善だけで無い。周りを見渡すと、セリアを初めとして涙ぐんで再会を見守る姿が見える。
「これで一件落着だな。よし、総員移動!」
すこし涙声の善に率いられ、一団は階段を登っていく。
暗闇から、光の中へと。




