第5話 -狂乱の時代- (02)
オーシェとパルメット、二人の視線が交錯する。だが、パルメットは自分より遥か年下、子供どころか孫でもおかしくないこの少女に対して既に気後れしていた。
槍衾を前に堂々たる雰囲気で年上の男と渡り合う、その姿にパルメットは彼女の父親、ゼイミア皇帝の姿を見ていたからだ。
「総員、前進!」
その影を振り払うように、彼は声を張り上げる。彼の指示を受けて兵士は前進を始める。だが、その足並みは中々揃わない。彼の心の中の苛立ちを反映するかのように。
元々急ごしらえで集められた兵士達だ。高い練度を要求するのが酷だとは分かっている。 それに、本来ならばこれだけの数の兵士を集め、ぶつけたならばそれだけで四散するのが普通なのだ。
だが、現実は異なっていた。
「クソッ、挟撃にはタイミングが大事だというのに。後ろの連中はどうした?」
彼の言葉通り、オーシェ達の背後からは、先程一旦引いた兵士達が再集結し、挟撃の為に前進し始めていた。
このままでは、オーシェ達は前方の槍衾に自分たちから突っ込む事になるか、槍衾によって踏み潰されるかのどちらかである。
だが、オーシェは表情を変えること無く指示を出す。
「ウィルカさん、手筈通りお願いします」
「ハイッ」
槍衾を形成していた兵士達の眼前に突如として暗闇が現れる。深く、先など見通す事も出来ない闇。四方向全てが闇に包まれ、当然兵士達は恐怖の声を上げる。
「な、なんだこれは」
「魔法か!?」
彼らをパルメットは一喝する。
「怯むな! ただの幻覚だ! 進み続けろ!」
しかし、そう簡単に割り切れる物ではない。混乱が収まるまでにはしばらく掛かった。その間も暗闇は晴れる事無く有り続ける。
この暗闇は魔法によって作り出された物であり、混乱と目眩ましが主な目的だ。だが、これだけの数の兵士個人個人に見せるというのは余程の魔力と経験、もしくは魔術師の数が必要となる。おそらくはある地帯に暗闇を生成している。そこを抜けてしまえば、暗闇は晴れる。そう考えてた上でパルメットは前進命令を出したのだ。
だが、ウィルカ、そしてオーシェがそれを許す筈は無かった。
「射撃開始!」
弓を引き絞る音、そしてクロスボウのボルトが放たれる音。闇の中へと矢が吸い込まれていく。その間にもウィルカは次の呪文詠唱の為に"魔力集中"《コンセントレーション》を行い、呪文を放つ。
彼女が放ったのは『フィリッパの酸毒』と呼ばれる呪文だ。古代の魔導帝国における大魔術師、フィリッパをその発明者とするこの呪文の特徴は毒系の呪文の中でも格段に少ない詠唱量と、それとは反比例した強力な酸性毒を併せ持ち、対応する呪文が開発されている現代に置いても数多くの魔術師が愛用している。
呪文は地面に刻印を残し、兵士がその地点に足を踏み入れた際に発動する。水しぶきのような液体が地面から投射され、彼らの身体に降り注いだ。
「た、盾が!」
「毒だ! 早く離せ!」
地面から放たれた液体に触れた途端、金属性の盾や鎧が強力な酸に曝されたかのように溶けてゆく。
また、皮膚に触れれば焼け付くような痛みを与える。兵士達はそれぞれが身に付けた解毒用のポーションを患部や盾、武器に振り掛けていく。『フィリッパの酸毒』はオーソドックスな呪文ゆえにその解毒も容易であり、程度の低いポーションでも解毒を行う事が出来る。
だが、それは敵の眼前で隙を見せるという事と同義である。その中へクロスボウのボルトや矢が打ち込まれる。そして、爆発するボルトすら打ち込まれ、混乱に拍車が掛かる。
そこへ、絶妙なタイミングでカーライルを始めとしたグループが斬り込んだ。
「おっしゃあ! 一番乗りイイイイイイ!!」
細い体格と温厚そうな外見とは裏腹に超好戦的な彼は、誰よりも真っ先に斬り込み、殴る、殴る、殴る、突き刺す。
その光景に戸惑いながらもその後ろから到着したカーライルの仲間は、体勢の整っていない敵兵を切り倒していく。
「ウッシ! 引き上げンぞ!」
数名を切り倒した所で、その細身の身体のどこから出ているのか全く分からない程の大声を出し、引き上げの合図を出した。
「皆さん、全力で射撃を。そろそろ決めます」
後方へ射撃を行わせていたヘレン達を、再び前方の主力へと射撃を行わせる。
そして、遂に兵士達は槍や盾を捨て、我先にと逃げ出した。
「一体、何が」
呆然としながら、兵士達と共に僅かばかりの鎧を脱ぎ捨てながらパルメットは逃げ出す。この後に何が自身に待ち受けているのか、想像する事を避けながら。
挟撃される形となった一団だったが、既に片側の敵は捌き、もう片方の敵も逃げ始めていた。
数名の負傷者を出した他は、殆ど無傷とも言える完璧な勝利だった。
「敵指揮官を中心とした主力は壊乱しました。皆さん、ご苦労様です」
オーシェがすっかりと薄汚れたセリアやカーライル達へと話しかける。負傷者は既に手当が行われ、自力で歩けない者は背負われるか肩を借りて歩いている。
しかし、この二人は無傷。他との力量の差を伺わせる。
「皇女様、この後は?」セリアがオーシェへと話しかけた。
「予定通り、アンダーゲイトの出口まで移動。その場で善様とユーライナさんを待ちます。もし負傷者の方の傷が深いのならば、先に脱出を行う部隊を編成しましょう」
「全員負傷は軽く、手当は終わっている。その必要はない」
カーライルからの報告を受け、オーシェは改めて一同に指示を下す。
「総員、移動を行います。無傷の者を中心に後方警戒に当ってください」
そして、一団はまた移動を始める。
善とユーライナはまだ戦の痕跡が色濃く残る通りを歩いて行く。戦の結果、通りは荒れ果て、力尽きた者が通りのあちこちに転がっているが、そのどれもが評議会兵の揃いの制服を着ている。
「どうやらオーシェ達は上手い事やったみたいだな」
「評議会はアンダーゲイトの中で食い詰めた者達を無理やり集め、私兵にしているだけですからね。少しばかり良い装備をしていても、中身は素人と変わりません。この結果も当然かと」
死体に群がり、その装備を剥ぎ取っている人々を見ながら、ユーライナは呟いた。
彼女の言うとおり、評議会兵はパルメットなどの高利貸しが金や抵当として集めた兵士が主力となっていた。だが、それよりも問題なのはそれを指揮する有能な人間が居ないという事だ。評議会兵は評議会の共有物であるが故に、議員が持ち回りで指揮する形となるのだ。この様な形ではまともな戦闘が出来るはずもない。数だけは一人前というユーライナの指摘は全く正しい物であった。
「随分と手厳しいな」
「事実を述べたまでです。私や、善様のような手練に対しては無力に等しいかと。先程善様と戦われていた方のように、ごくわずかですが、能力の高い者も居ますが」
そう言って、彼女は善を見る。
「何が言いたい?」
「いえ、善様の過去が気になっただけです。先程の戦いぶり、そして今の落ち着きぶり。平穏無事に暮らしてきた人間の物とはとても思えないもので」
善は、ユーライナが自分の過去に気が付いているのではないか。その考えを胸中から振り払った。
(まさか、そんな筈が無い)
だが、善にトドメを刺すかのように、音もなく彼のすぐ隣へと近寄った彼女は耳元で囁く。
「私と同じ、身体に深く染み込んだ血の匂い。気配。一体貴方は何者なのです?」




