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第5話 -狂乱の時代- (01)

 心底疲れた。それが善の素直な心中だった。デュランスの魔法もそうだが、ここまでの強者と命のやり取りをしたというのは彼にとって初めてだったからだ。

 知らない事はまだまだ多い。そう考えながら辺りを見回すと、ユーライナが手招きしている。彼女は無言ではあったが、眼が先に進んだオーシェ達を早く追いかけよう。そう語っていた。


「最後の最後でようやく攻撃が通った、硬すぎだろ、あんた」

「それは褒められてるのか?」

「そう思ってくれて構わん」


 デュランスは地べたに座り込み、腰から下げていたフラスクからもう一度酒をあおる。


「……今はこんな有様だが、元神殿騎士だからな。元神殿騎士なのに人攫い紛いの事をやって、挙句の果てには半分程の年の子供に負けて、笑うしかねえよ」


 自嘲とも取れる言い草で、デュランスは言った。彼が考えているように、今の彼と清廉潔白な神殿騎士とは全く結びつかないだろう。彼の持っていた特徴的なハルバードだけが結び付ける唯一のパーツであったが、それすら失った今ではただの飲んだくれにしか見えない。


「それで満足してるのか、元神殿騎士さん」

「ハハ、これが満足してるように見えるか? だがな、借金まみれで酒に溺れた俺みたいな奴が、他に何をして生きれば良いってんだ?」


 しかし、そう答えたデュランスの瞳は、全てを諦めた男の物では無かった。

 それを見て取った善は安心した。彼なら大丈夫だと。


「アンタの評判はセリアさんから聞いてる。使える人間が欲しい。アンタが来る気があるなら、本気で今の暮らしが嫌だと思ってるなら、俺の所に来てくれ」


「本気で言ってるのか? この俺を?」


 善は黙って頷き、ユーライナの後を追う。

 その後姿を、デュランスはまだ今言われた言葉を信じられず、黙って見つめているだけだった。


「まさか、俺みたいなのがまた必要とされるとはな」



 一方そのころ、オーシェ達は移動を続けていた。

 子供たちと台車を中心とした円形の陣を組みながら移動していく。だが、市街地に近づくに連れてその移動速度はどんどんと落ちていく。

 道の狭さ、人の多さ、そしてアンダーゲイトへの不慣れさが原因だった。


 最初は楽しげだった子供達も、街中に入ると雰囲気の変化に戸惑いの表情を浮かべるようになっていた。

 通りを歩く人々の視線は明らかに異物を見る物であり、戦いの気配を察知した人々のざわめきが次第に増していく。


 そして、戦いは唐突に始まった。


「前方、緑の建物の影、射手だ! 子供たちを守れ!」前方を数名の者と共に警戒していたカーライルの声だった。


 彼の言葉通り、建物の影に隠れていたのは大型のクロスボウを所持した男だった。

 その合図と同時に冒険者達の中で一際大きい男が背負っていた大きな盾を前方へと向け、攻撃を防ごうとする。

 その後に動いたのは、クロスボウを持っていた初老の女性だった。

 初老の女性が胸に付けていた球体を前方へと投げつける。それは激しく発光しながらはじけ飛ぶ。目眩ましとしては十分すぎ、そして行き交う人々には十分な警告となった。騒ぎとなってしまった事で、射手は攻撃を諦める。人々への誤射を恐れたのだろう。


 それに伴い、揃いの制服を着崩した男女が通りのあちこちから現れる。評議会兵達だ。

 彼らは予め通りのあちこちに配置され、指示を受けていた。子供たちを連れた一団が現れれば、襲い、子供たちを奪えと。

 だが彼らが予想もしていなかった事があった。一団のリーダー、それが第六皇女であった事だ。

 兵士達の登場により人々のパニックは更に度合いが増し、最早収拾不可能となる。子供たちも怯え、思い思いに涙と悲鳴を上げた。


「大丈夫ですよ、皆は私が守りますから」


 オーシェは子供達に向けて、落ち着かせる為に笑顔で告げた後、初老の女性へと指示を出す。


「そこのクロスボウ射手の方、射手は通りの反対側に行きました!」


 初老の女性は、腰を数回軽く叩くと億劫そうに荷台の上に飛び乗る。ここからなら遠くまで見渡せ、尚且つ誤射の危険性は少なくなる。

 しかし、混乱の中では中々射手を見つける事は出来ない。手始めに最も近くまでやって来ていた兵士に向けてボルトを発射した。胸に突き刺さった勢いで男は倒れる。


 女性は荷台から飛び降りる。高所での位置取りは長い事は行えない。ましてや射手を無効化出来ていない状況では。その点を理解している彼女はさすが歴戦の猛者であった。


「アンタ達、目を瞑ってな」セリアの指示に従い、子供たちは目を閉じる。年長者たちも彼女の手によって荷台に載せられた為、荷台の既に足の踏み場もない。


 魔術師による魔法の光弾が敵射手を二階建ての建物のバルコニーごと打ち砕く。

 カーライルは左手に身に着けていた小型の盾で敵兵の顔面に一撃を与えると、愛用しているレイピアで胸を貫いた。

 

 カーライルは敵が距離を取ろうとしているのを見て取り、直ぐ様手勢に引き上げの合図を出す。敵の第一波を撃退した今、密集陣形を取ると判断したからだ。


「敵、あそこの路地だ! あとアタシはヘレンです、皇女様!」


 ボルトの再装填を行いながらヘレンが叫ぶ。

 敵は既にオーシェ達を包囲しているようで、通りから人通りが消えると共に敵兵士達の姿がハッキリと見通せるようになった。


 合計で十人にも満たない程度だろうか、そうオーシェは当たりを付けた。飛び道具を使う相手がどれだけ居るかが問題だが、ここまで彼女が見てきた冒険者達、そしてアルバマス卿の私兵の練度ならば何の問題もなく切り抜けられるだろう。


「後は善様を待つだけ、か」オーシェは善の顔を思い浮かべ、彼の無事を願った後に呟く。


 そして、彼女は再び表情を一変させ、指示を出し始める。この場を生き残る為に。

 まず、中央に指揮系統と各種射手を配置。そして難しい殿は最も連携が取れているセリアとアルバマス卿の私兵に、そして前方と路地の掃討はカーライル率いる冒険者達に行わせる。それが彼女の計画だった。

 この一団の強みは個々の技量が優れているのもそうだが、ヘレンを始めとする射手、そしてウィルカという魔術師が存在している事だ。ウィルカは一年前まで学生だったという少女で、趣味の古文書研究にのめり込み過ぎて魔術学校を中退、冒険者としての道を選んだという秀才だ。


「セリアさん、アルバマス卿の兵士を率いて殿をお願いします。カーライルさん、前衛をお願いします。ヘレンさん、ウィルカさん、私と共に中央から両側の支援を行って下さい。そこの方、引き手をお願いします!」

 荷台の引き手に指名されたのは盾を背負った男だった。最初は自分が言われたと思わなかったようだが、すぐに気を取り直し、荷台を引き始める。


「了解! アンタら、行くよ!」

「ウッス、了解!」


 オーシェは彼らが配置に付いた事を確認すると、これからの工程を思い浮かべる。

 善達二人と合流する予定となっているのはアンダーゲイトの出口付近だ。そこまでは何としても辿り着かねばならない。

 だが、その前後の郊外区画で敵は仕掛けてくる物と想定していた。まさか、市街地部分で攻撃を行おうとするとは。

 だが、一団が防御陣形を取った途端、潮が引くように敵兵は引いていく。


「皇女様、奴ら仕掛けて来ませんね」ヘレンが話しかける。

「ええ、奴らは最初の奇襲で一気に片を付けるつもりだったのでしょう。今は体勢を整え直している所で、次は正攻法で攻めてくる、そのつもりなのだと思います」


 オーシェの予想は当たった。街路が開けた部分、その前方に敵兵の一団が待ち構えていたからだ。

 横隊を形成するのは、二十人程。盾持ちと槍持ちが組み合わさり防壁を形成している。

 これ以上前進させない。その硬い意思表示としてはこれ以上の物は無いだろう。


「止まれ、そこの一団よ!」横隊の中央から一人の男が姿を見せ、オーシェ達に呼びかける。恰幅の良い男で、身なりも良く純金と思われる首飾りも身に着けている所からすれば、この横隊、更には教会で姿を見せた兵士達も含めた総指揮官なのだろう。

 それに答えるようにオーシェも歩み出る。

 指揮官もまた、一団の長がオーシェだという事を知らされて居なかったのだろう。彼女の顔を見た途端に表情が一変する。


「何の御用でしょうか」

「私はアンダーゲイト評議会議員、パルメットだ! 第六皇女、オーシェ・ゼイミア・リヴィニア様とお見受けする。何の理由があってこの都市に闖入し、ましてや子供たちを攫おうとするのか!」

「パルメット殿、私はこの子達の保護者であるシスター・ユーライナから引き渡されました。この子供達は私が責任を持って預かって居ます。攫ったとはどのような勘違いでしょうか!」


 パルメットはオーシェのような大物が出て来るとは予想もしていなかった、という表情だ。これがどこかの貴族程度なら問答無用で始末し、そのまま何も無かった事に出来たろうが、流石に皇女ともなると、悪行で知られるアンダーゲイト評議会の手にすら余る。


 だが、事態は既に動き始めていた。彼の一存では動き出した部隊を止めることなどは出来ない。例え、この場でオーシェが子どもたちを引き渡したとしても、攻撃を行って殲滅するという事は評議会で決定した事項だ。

 ユーライナが貴族達との有力な交渉カードであり、その離脱を防がねばならないという以上に、ユーライナが取った行動、怪しげな一団と手を結んで監視から逃れようとするとはアンダーゲイト評議会という組織そのものに宣戦布告したも同然なのだ。


「我々はあなた方と一戦を交える気は無い。その子供たちを引き渡してくれれば、あなた方の身柄の安全は保証しよう」

「これ以上話す事は何もないようですね、無理やり通らせて頂きます」


 オーシェが冷たく言い放ったこの言葉は、戦の始まりを告げていた。


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