第4話 -血によって清められた- (03)
善はオーシェに背を向けてベッドの上で寝転がっていた。時折視線を感じるも、完全に無視する。何か過ちがあってはならない。自制心を保てるように努力してはいるが、眠りにはとても付けそうには無かった。
ランプの明かりも消され、部屋はすっかりと暗くなってしまった。だが、窓から月明かりが差し込む事から完全な暗闇にはならない。
「善様、まだ起きてらっしゃいますか?」
オーシェが肩越しに善に小さく声を掛ける。
「ああ、起きてるよ」
「今日は、本当にありがとうございました」
「礼を言われるような事なんて何一つとしてしてないさ、それに大変なのは明日からだ」
そう、明日から本格的な戦いが始まる。ユーライナと合流し、彼女の孤児院の子供達を救い出した後に、"鼠の頭"団の拠点を叩く予定だからだ。
「エウリィの件です。……あの子の事を気にかけてくれて、ありがとうございます」
「単純に、あんな小さな子が一生監禁された上に命まで狙われてるって現状が許せなかっただけだ。それこそ礼を言われるような事でもないし、あの分だとエウライアを助け出す為に君の兄さん達と対立する事になるのは間違いないからな」
「それでもです。善様のする事は私の想像もしていなかった事ばかり。貴方に出会えて良かった。本当にそう思っています」
オーシェが動く音が聞こえた。静かな夜なので、僅かな動きも聞き取る事が出来る。
そして彼女は、善の背中に自分の背中を合わせた。彼女の体温を感じ取った善は赤面する。
「このままで、眠らせて下さい」オーシェはポツリと、呟いた。
この少女はおそらく本心のまま行っているのだろう。あまりにも純真な存在、そして凄まじい破壊力を持つ行動を平然と行うことが出来るのだ。
様々な考えがグルグルと善の頭の中を巡る。色んなことをやってしまえという事、このまま気にせず眠るべきという事、引き剥がしてソファに逃げようとする事など、様々な行動プランを考えるがそのどれも実行に移す事の出来ぬまま、夜はゆっくりと更けていった。
翌日。完全に休むことのできなかった善ではあったが、明け方になってようやく一睡する事が出来た。もちろんその間にずっとオーシェの体温を感じながらではあったが。
そして、彼らは再びアンダーゲイト、その中央部へとやって来た。十数人の手勢を引き連れて。
「おう、遅かったじゃないの!」
セリアが子供たちと、そしてユーライナを連れて現れた。十数名の子供たちは年長者は歩き、それよりも幼い子供たちは荷台に乗せられてセリアに曳かれている。
子供たちはすっかりセリアと打ち解けたようで、笑顔が見られる。
「さて、これから良いとこに連れてったげるからね」
しかし、それとは正反対に強張った表情で居るのがユーライナだった。いつもの仏頂面が更に厳しいものとなっている彼女は、善と、その後ろから付いて来る手勢を見て詰め寄るように彼へと話しかけてきた。
「この方々は?」
ユーライナが警戒心を強めながら、善達の背後から付いてきていた武装した十数人の男女を見る。
服装も、得物もてんでバラバラであり、剣を持っている者や棍棒のような物を持っている者、薄汚れたローブに身を包み、魔導書を大事そうに抱えている魔術師らしき者も居る。警戒するのは当たり前の事だろう。
「協力者達だ。冒険者ギルドから集めたのと、セリアの雇い主の所の兵士」
そう言って彼らの方を向く。アルバマス卿の私兵は流石によく統制が取れており、彼らの長であるセリアの姿を見つけると一様に敬礼を行う。セリアは渋々それに答えた。
それとは正反対に、全く統制が取れていない様子なのが冒険者ギルドから集められた人員だ。初老に達しようかと思う女性から、まだ年若い少年まで非常に多種多様な人間が揃っている。冒険者ギルド側の代表者と思われるのは、細身で目元に巨大などす黒い隈を持った男だった。彼はユーライナへと挨拶をする。
「カーライルだ、今日は冒険者ギルドの所の親父さんの紹介でやって来た」
「善、彼らは信用出来るのか?」明らかに疑念に満ちた目で彼らを見る。
「ああ、それに付いては問題ない」
とは言った物の、カーライル達の様子を見る限りではそこまで信用しきれないとも感じ始めている。特にクロスボウを重そうに抱えている初老の女性や少年などは本当に戦えるのだろうか、と。
「善、一つ言っておきたいことがあるんだよ。デュランスの事さ」
セリアだった。
「ああ、ユーライナが情報屋を手配してくれるって話だったな」
「あれからすぐに見つかった、というかどこに居るか分かったんだ。だが、少し問題があってね」
セリアがそう言いかけた時、善達の背後から足音が聞こえた。
振り向けば、武装した一団が縦隊で彼らの元へと向かってきているのが見えた。その先頭に立つ男は、背丈よりも長い槍を背負っている為一際目立つ。
「あれが、そうかい、ユーライナ」
「はい。予想よりも随分と動きが速い。やはり監視されていましたか」
セリアはその姿をもう一度眺めると、諦めたように首を振った。
認めるしか無かったのだ。彼の持つ背丈程の長さの槍、それも神殿騎士としての得物であるハルバード、槍の穂先と斧の刃が付いたような槍を見てしまったのだから。
「あいつだ。あの男がデュランス。アンダーゲイトの評議会、その兵士の長をやっていたんだ」セリアの表情は曇る。
武装した一団は、善達とほぼおなじほどの人数、つまりは十数人ほどの数でゆっくりと距離を詰めながら歩いて来る。
そして、槍を背負った男、デュランスが一団を後ろに残し、代表して歩み出る。
「私はデュランス・マクソネル。アンダーゲイト評議会から遣わされた者だ。シスター・ユーライナは居るか?」
デュランス達は善達の一団を半ば無視しながら、ユーライナだけに呼びかける。
「随分と人を集めてきたのですね、忙しい様子ですが、どうしました?」
「奇妙な一団がこの教会へと向かっているという報告を受けた。シスター、何が起きているのか評議会へ報告を行ってもらいたい。子供達はその間私達が保護しておこう。そして、その他の方々は今すぐお帰り願いたい」
デュランスは長い槍を小道の向こう側、街の入口の方へと振りかざす。
「帰る気は無い。そしてユーライナも、そして子供達も貰っていく」
善は堂々と宣言する。その言葉はまるで彼こそ盗賊のような口ぶりだ。
「おい、聞いたか?」
「聞きましたよ。本気で言ってるんすかね?」
デュランスは背後の一団に話しかける。彼らは嘲笑でそれに答えた。
烏合の衆とも取れる善たちを完全に小馬鹿にしていたのだろう。
「仕方がない、穏便に済ませたかったのだがな。おい野郎共、行くぞ!」
デュランスの言葉と、剣と鞘が擦れ合うガチャガチャとした音が戦の始まりを告げた。
だが、先手を取ったのは冒険者側だった。彼らの中の一人、魔術師が小道に砂嵐を発生させると共に、火球を打ち出し、初老の女性が手にしていたクロスボウを放つ。ボルトの先端部に装着されていた爆弾が爆発し、その破片が飛び散り、幾人もの議会兵を傷付ける。
「クソ、やられた!」
「目が! チクショウ!」
一瞬で戦場と化した小道に血が撒き散らされる。
煙幕を切り裂いて現れたのは、善とユーライナの二人だった。
「出来る限り殺すな、いいな!」
「善処する」
「!?」
デュランスは、背丈よりも更に長く、巨大な刃先を備えた槍を善に向ける。
善は既に剣を抜き、ユーライナも服の裾から地面へと奇妙な鞭のように撓る剣を抜き、戦いに備えている。
そして荷台の車輪の軋みが彼らの背後から聞こえてくる。この混乱の隙を突いて脱出するのだろう、とデュランスは算段を付けた。だがこの二人がここで目を光らせている以上、追撃するのはこの二人に背を向ける形となるので難しいだろう。
その間も、砂嵐の向こう側からは矢やボルトが闇雲に放たれる。牽制の為であるのが明らかではあるが、善とユーライナの存在もあって一団は攻め込む事が出来ない。
「オーシェ、あの子達を頼んだぞ!」
煙幕の向こう側へ善が呼びかける。
「はい! 善様も、ご無事で!」




