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第4話 -血によって清められた- (02)

 話を終えた善は、エウライアの言葉を待つ。


「なるほど。お主も随分と大変な生活をしてきたようじゃの。妾も、その気持ちは分からんでもない」

「こんな物でいいか? もう少し話すネタはあるが」

「今日はこの位で良い。また話を聞かせてもらえると嬉しいがの。……さて、例の件じゃ」


 遂に、待っていた物がやってきた。善とオーシェは息を飲んでエウライアの言葉を待つ。

 そこで語られたのは、意外な言葉だった。


「お主らを狙った刺客の背後におるのはゴルティエノス。南部地方の領主じゃ。第四皇子派に属している男じゃの。南では名が知られておるが、このような荒事は不慣れであったようじゃの。ほれ、これが証拠じゃ」


 ゴルティエノスの印章入りの手紙が差し出される。所々に血痕が残っている事から合法的な手段で入手されたものでないという事は容易に理解できる。

 その内容としては、金貨一五〇で第四皇女の暗殺を手配する、という簡単な物だった。


 印章はそう簡単に偽造できるような物ではない。だが、やろうと思えば偽造は行えるであろう。

 善はもしこれが偽造であり、エウライアの策略であった場合を想定する。その場合得られる利益とは? それはオーシェとマティスとの抗争だ。それに付け込んで立ち回る事によって彼女が何らかの利益を得ようとしているという事が想定出来る。


 だが、それによって得られる利益、というのが想定出来ない。自分の身柄の安全なのか、それとも……


「舐めすぎじゃな。皇族の暗殺にはこの十倍は必要じゃ。お主らの所に刺客は何人来た?」

「六人」善が答えると、彼女は鼻で笑った。

「は、六人とな! 本当に殺す気があったのか疑問じゃの。その程度では貴族も殺せぬわ。あの一派にしては金の使い方も渋いのう」


 専門家らしいエウライアの言葉を、オーシェは全く聞いていなかった。ここに来てマティスが彼女の事を強硬に排除する、その理由が分からなかったのだ。


「マティス兄さんが……。狙われるような覚えは無いというのに」

「皇帝の崩御が近いので、敵を一人でも減らしておきたいという算段なんじゃろ。じゃが、お主らはどちらもコンスタンティン、そしてガレンの一派から大きく引き離されとる。食い合った所で利益があるとは思えんがの」


 そう。それが善の理解できない所だった。むしろマティスの側から協力を申し込んでくるというのなら分かる。それが、排除という真逆の手段に出てくる事に、彼らに何の利益があるというのだろうか。

 だが、これで彼の腹積もりは決まった。


「そこで提案があるのじゃが、妾達と手を組まぬか?」


 意外な事にそれは、善が喉元まで出かけていた言葉であった。


「何故俺たちと手を組む? さっきも言っていただろ? 後継者レースでのオーシェの立ち位置は最下位に近い。そこに手を貸すって事は何かが無けりゃ、そう出来る事でもない」

「もしコンスタンティンが後継者になれば、妾は間違いなく殺される。最も忌み嫌っておるからの。それにガレンが後継者ともなれば、また同じじゃ。奴の背後には教会が付いているからの。残るはマティス、それか姉上じゃ。そして妾はマティス、そしてその背後の奴の母親を好かぬ。それならお主と姉上に賭ける。どうじゃ?」


 理由も納得は出来る事ではあった。だが、エウライアはまだ何か隠している。

 だが、そうであったとしても善は彼女がそう言い出す前から、エウライアと手を組むと決めていた。

 彼女の持つ吸血鬼の組織というリスクとそれにより得られる情報面などの利益を天秤に掛けるまでもなく、最初の話を聞いた時点で決めていたのだ。


「善様、どうしますか?」

「決まってるだろう、オーシェと同じ気持ちだ」

「と言う訳です、エウリィ、よろしくね」


 意外とあっさりと決まった事に一番驚いているのはエウライア自身だった。

 ここまで簡単に人を信じる人間を彼女は見たことが無かった。好意を抱いているオーシェでさえ、ある程度の警戒心を抱いているのだ。


「なんで即答なんじゃ…… 人を疑う気持ちとか、そういうのは無いのか?」

「疑った上での答えだよ、もし君の協力が得られたなら利益としては十分だ。それにだ」

「?」

「俺は君が気に入ったし、ここから出してやりたいと思ってる。君みたいな女の子がこんな場所に閉じ込められてるのが正しいなんて、絶対に思えない」


 エウライアは大きく息を呑む。


「な、な、な、おまえは、いったい、なにを」


 思わず地が出る程に、信じられない言葉だった。面と向かって好意を伝えられ、その上ここから出してやるなどと言われるなんて、想像もしていなかった。

 この男は一体何だ? エウライアは初対面での頼りない印象からは想像も付かない底知れなさ、それを善から感じ取っていた。


「行くぞ、オーシェ」

「はい、善様」


 そう言ってオーシェはエウライアに手を振ると、部屋から出て行く。

 あっという間に部屋の中は再びエウライアと、息を殺すように潜んでいるオルケの二人だけとなった。だが、彼女の頭の中では、ついさっき善に言われた言葉が反響し続けていた。


「オルケ。妾にあのような事を言った者は、そして妾をあのように真っ直ぐ見つめた男は初めてじゃったの」

「ええ、随分と変わった子でしたねえ」

「信じられると思うか?」

「それは、貴方が決める事ですよ、エウライア様」


 人を信じるという言葉、それをエウライアが発したのはいつ頃だろうか。オルケは彼女に見えぬように、微笑んでいた。彼女の行く末に幸あれ、と。




「では、そのように手配をお願い致します」


 オーシェは元老院議員との会話を終え、彼の持つ市街地の別荘を寄付してもらえる事になった。

 随分と無理を言ったようだが、今では使用していない建物という事に加え、街の外れに位置する場所に存在する為、交通の便が悪く使い難い別荘という事だった。そんな物で恩が売れるなら文句はないという事だろう。


「これでユーライナの協力が得られますね、善様」

「ああ、そうだな」


 善はベッドの上に寝転がりながらも心ここにあらず、と言った様子だ。なぜなら、今のこの状況が半分異常事態だからだ。


「なんで俺の部屋に居るんだ?」


 そう、オーシェは善の部屋のテーブルで茶を飲んでいた。彼女の手提げ袋には最低限の身の回りの品の他に寝間着などの着替えまで入っている。

 つまりは彼の部屋に泊まり込むつもりということだ。


「先程のような事がありましたし、私の命を狙っているのが本当にマティス兄様だとするなら、黒鉄の塔の中も決して安全な場所ではありません。私の知っている中で一番安全な場所というと、やはりここしかありませんでした」


 オーシェは随分と言い訳がましい言葉を早口で並べ立てる。

 実際、彼女は自分の部屋の前に見張りを増員しておき、部屋に篭っているように見せつつお忍びで彼の部屋に泊まり込むという選択をしていた。

 だが、それが口実にすぎないというのはどちらも薄々と気が付いては居たが、どちらも口には出さなかった。

 どちらも喋る事無く、オーシェが時折茶を飲む音だけが部屋の中で発せられる音だった。


「あの、善様」

「どうした?」

「先にお風呂の方、頂きますね」

「ああ、大丈夫だ」


 善は風呂に消えていくオーシェの後ろ姿を見ながら、もやもやとした気分で居た。どうした物かと。いくらなんでも年頃の少年少女が同じ部屋で寝食をともに過ごすというのは非常にまずい状況であるという事だ。

 まずいというのは論理的にもそうだが、これが他の人から見られたらどう思われるだろうか。救い主が夜に皇女を部屋に連れ込んでいた事に好感を覚える者がどれだけ居るだろうか?


 悶々とベッドの上で考えていると、風呂場の扉が開き、すっかりと暖まった状態でオーシェが姿を表す。石鹸か何かの匂いなのか、花の香りが部屋中に満ち渡る。


「お風呂、頂きました。善様も早くお入り下さい」


 寝間着姿だと、オーシェの豊満な胸部分を抑えるものが何もなく、非常に目のやり所に困る。


「あ、ああ分かった」


 超高速で風呂に姿を消すと、善はようやく胸を撫で下ろす。これは長い夜になりそうだ、そんな予感がした。

 そして、初めて部屋の風呂に入ったが、タイル張りの床や壁は彼が見たこともない程に清潔感があふれる白色で、浴室の中央に置かれた浴槽はよく分からない高価そうな金属製だった。

 シャワーからは湯が出てきた事を確認して善は驚いた。おそらく魔法か何かでお湯を生成しているのだろうか? 常時お湯が使えるという事は相当なコストが掛かる筈だ。


 湯に浸かると、ここで彼は気が付いた。浴室内で香っているのは先程オーシェから漂ってきたものと同じだ。

 ここでまた、善は湯に浸かりながらただ悶々とするばかりだった。




 随分と長い間、風呂に入っていた善だったが、ようやく風呂から上がった時には既に部屋は暗く、ベッドの横のランプが僅かに輝くばかりとなっていた。


「ああ、善様」


 ベッドの上に座っていたオーシェが立ち上がった。彼が風呂から上がってくるのを待っていたのだろう。


「俺はそっちのソファーで寝るよ。ベッドは使ってくれ」

「いけません、でしたら私が」

「いや俺が」


 善はどちらも引かないだろうな、という事を感じ取った。よくある展開ではあるが、彼は覚悟を決めた。


「分かった。ベッドを半分に分けよう」


 その言葉を聞いた途端、オーシェは輝かんばかりの笑顔を善に向ける。どうやら完全に一杯食わされたようだと善は気が付いた。


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