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第4話 -血によって清められた- (01)

「お久しぶり、エウリィ」

「……その呼び名は嫌いじゃ。じゃが、許す。姉上とこうして顔を合わせるのも久々だからの」


 少女は尊大かつ古風な喋り方で二人に相対する。値踏みするかのように善を下から上までじっくりと見通すと、ため息を一つ吐いた。どうやら外見は彼女の気に召さなかったようだ。


「救い主と言うからもう少し体格の良い男が現れたのかと思ったが、随分と華奢よの。まあ伝説はやはり伝説にすぎない、という事かの」


 そうつまらなさそうに言った。


「うるせー、この生意気そうなのじゃロリ」


 他の人々がどう思っているか、そして彼女の生まれなどは何一つとして関係が無い。善にとってエウライアはただの小生意気な子供、それが無理に大人ぶっているとしか思えなかった。


「のじゃロリ?? 何を言っているのかはわからんが、別世界から来たというのは本当のようじゃの。どこから来たのじゃ?」

「東京都出身の生粋の日本人だ」

「トウキョウ? ニホンジン? 何を言っておるのかさっぱり分からぬ。まあよい、……さて、妾がエウライア・ディヴァン・ゼイミア。話は聞き及んでおるぞ、ウギシマ・ゼン。そして姉上」


 エウライアはどこか楽しげに喋る。これほどまでに機嫌が良い彼女を見たのはいつ頃だろうか。オーシェは記憶を辿るがなかなか思い出す事が出来ない。


「何の用があって呼び出したんだ?」

「こんな所で過ごしておると、外の事がとんと伝わらなくてのう。小話でも聞かせてくれるとありがたい、と思ったのじゃ」

「小話、ねえ。そんな面白いような話が出来るとは思えないんだが」

「おぬしの生い立ちや、そちらの世界との違いを話してくれればよい。それだけで妾には十分じゃからの」

「それで、俺達に何の得がある?」


 善にはそれが分からなかった。エウライアが外見相応の内面を持っているという事は薄々と感じ取っては居たが、それに付き合う事によって彼、そしてオーシェに何の得があるというのだろう。

 だが、その質問を予期していたかのように、エウライアはひとしきり笑った後に目の色を変え、まるで獲物を狙う蛇のように善を見る。


「姉上を狙った刺客、その背後に居る人物の名前というのはどうじゃ?」

「それを信用できる根拠がない。ここに閉じ込められているというのにどうして外の、それに裏世界の事情が分かるってんだ?」

「ほう、そこからか。オーシェ、そしてオルケよ、妾の事を事前に伝えて置かなかったのか?」


 いつの間にかエウライアの背後に控えていたオルケが、シロップを垂らした甘い茶のカップを彼女と、そして善とオーシェの為に用意されていたテーブルに置く。


「はあ、一応はお伝えしたのですが、救い主様が別世界から来た、という事でしたらそれを知らないという事も不思議ではないのでは無いのですかねえ。どうぞ、お二方。お座りになって下さいな」


 二人は彼女に従って席に座る。テーブルは随分と古びた木製の物で、所々にカビが生えている。とても王族が使う物とは思えない。

 エウライアがカップに口を付けたのを確認した後に善も口を付ける。爽やかな花の香りが混じった蜜の甘みの後に薬のような苦味が口の中に広がり、彼は顔をしかめる。


「それは薬草茶でございます、救い主様」

「良薬口に苦し、って言葉もあるからな」


 あまりの渋さに口をすぼめながら善は言う。おそらく毒は入っていないのだろうが、これ自体が毒のような味がすると若干自分から離しながら。


「それはどういう意味じゃ?」エウライアは新しい単語に興味津々と言った様子だ。

「身体に良い物はあんまり美味くないって意味だ」


 善の回答を聞いてひとしきり笑った後に、彼女は茶の入ったカップを置く。


「妾の母親は吸血鬼の末裔で、生命の維持の為に民や召使に手を付け、吸血の儀やサバトを夜な夜な行っておった。その母親が作り上げた闇の組織、それを継承したのが妾である。その組織を使って王宮の内外に眼を光らせておるので、ここを動くことなく様々な情報が手に入るという訳じゃ」


 血のブラッディ・カウントと呼ばれていた組織。それが彼女の最大の武器であった。そして、それがあるからこそ彼女の身柄を確保しながらも殺すことが出来ないのだ。

 皮肉なことに、エウライアに対する呪詛の言葉を吐きながら死んでいった彼女の母親、フリーゼルが唯一残したこの組織だけが彼女の身を助けているのだ。しかし、それがあるからこそ、彼女はこの陰鬱とした牢獄に囚われたまま、歳に似合わない尊大な態度を取り続けなければならない。


「その組織の人員も随分と減る一方、と聞いていますが」


 事実だった。フリーゼルが残した血のブラッディ・カウントはあくまで吸血鬼とその従者からなる互助組織が基本となっている。しかし有能な指導者であったフリーゼルが死んだ今となっては、"魔"の領域に属する者たちが群れるというのは助け合いによって得られるメリットよりも、彼らを付け狙う教会の私兵、"審問官"《インクィジター》によって狩り立てられるリスクの方が遥かに大きいのだ。


「姉上は相変わらず手厳しいの」

「エウリィ。善様を弄ぼうというのならば許しませんよ」

「そこまで入れ込んでおるのか」

「善様は、本物の救い主様です。私が生涯を掛けてお使えするべきお方で、何があっても守り抜かねばならない方です」


 エウライアはオーシェの瞳の中に狂信に似た火が灯っているのを見て取った。それもその筈だろう、なぜなら彼女は――


「やめとけやめとけ、俺の身の上話くらいだったらいくらでもしてやるよ、別に面白くも何とも無いしな」


 喧嘩が始まりそうだったので、善はさっさと仲裁に入ることにした。意地を張り過ぎた自分も悪いと思ったからでもある。


「そうだな、この世界に来て驚いたのは城、魔法、巨大なトカゲ、見るもの全てが俺の居た世界には無かった物だ」

「魔法が無いというのが信じられんのう、それに城が無いというのはどういう事じゃ? 人々を治められないではないか」

「俺の世界では魔法の代わりに科学という技術が発達してる。機械技術がすごく発達してて、城の代わり天まで届く塔のようなビルディングがあちらこちらに立ちまくってる。それと王は居ない。民主主義だからな」

「科学? ビルディング? 民主主義?」


 どんどん知らない単語が出てきて動揺している様子のエウライアだが、隣で聞いているオーシェも同じような反応を示している。

 仕方ないことではあるのかもしれない。王が存在しない世界という事を、王族の彼らが想像するという事は酷であろうから。


「そのミンシュシュギというのは一体なんじゃ? 王や、それに類する物が存在せずとも統治する方法があるというのは想像出来んの」

「端的に言えば、政治をする人間を国民が選ぶ、それにも細かいルールが色々あるけどそれは割愛で」

「民が? 随分と変わったシステムじゃのう。それで、お主は何故ここに? そして生い立ちは?」

「俺は学生、高校生だったけど、授業を受けてたら突然轟音と天井が崩れてくるような錯覚を見て気が付いたらこの世界に来た。クラスの中では浮いてて友達も居ないし、昔は結構良い暮らししてたんだけど、色々あって今は一人で貧乏暮らしをしてる。学費もギリギリ払えて無くて日々の暮らしすらまともに出来てなかったよ。……良い思い出なんて、何一つ無かったな」


 そして、善はこれまでの過去を思い浮かべる。

 バイト帰りに自転車で転び、その衝撃で自転車とスマホが両方共壊れるというとてもつらい事態、クラスの面々の冷たい視線。昨日まで友達だと思っていた人間が手のひらを返し、彼を攻撃する側に回る。

 両親は共にいがみ合い、その諍いの中で彼は忘れられる。

 彼は本とゲームの世界へと逃げた。そこだけが現実を忘れられる唯一の場所だったからだ。

 ある意味夢のような世界なのだ、ここは。


「……救い主様」


 彼の思考は、オーシェの言葉によって現実へと引き戻される。彼女は善の手を取り、優しく握りしめる。自分が共に居るという事を告げるように。


「この光景、コンスタンティンの奴が見たら卒倒するじゃろうな」


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