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第3話 -国家の内部における国家- (04)

 王宮内、黒鉄の塔の最上階。王家の中でも限られた人物と医師団、そして僅かばかりの召使だけが入ることの出来ない広間に男たちは向かい合って座っていた。


 一人は第二皇子コンスタンティン。その横には彼の同腹の弟である末弟の第五皇子クルーゲンスが恰幅の良いコンスタンティンに隠れるようにして小さく座っている。

 彼らから少し離れた席では第七皇女クリスティナは一人遊びを行い、一人でケタケタと笑っている。


 コンスタンティンと向かい合っているのがマティス、第四皇子だ。

 常に口元をヒクつかせ、周囲を見回し、常に気忙しそうにしている。

 彼のその様子をしかめっ面で見ないようにしているのが第三皇女、ソフィアだ。


 兄妹同士の間では何一つとして会話は交わされない。それが当然のしきたりのように、彼らはいつもこの時間を過ごしている。


「父上の容態は?」


 コンスタンティンが兄妹達を代表して、威厳のある声で、白衣を纏ったままの医師団の長に話しかける。


「……はっ、昨日から変わらずです。継続して投薬治療を行ってはおりますが、我々の問いかけには何も反応を返す事はありません」

「ふん、相変わらずという事か」コンスタンティンはつまらなそうに口元を歪める。

「何か変わった様子は?」

「特にはありません。時折何かを伝えようとしているのか口元を動かす程度で」

「それも昨日と同じだ。もう良い」

「は、はっ」


 医師団の長はコンスタンティンの機嫌をこれ以上損ねる前に、素早く自分の仕事場である王の寝室へと姿を消した。

 それを合図に、王家の者達は席を立ち、それぞれの住処へと帰っていく。


 その中でも、コンスタンティンとクルーゲンスは共に並び立ち、歩いて行く。しかしその身長差は年の差以上に歴然としている。

 筋骨隆々とした偉丈夫たるコンスタンティンと比べ、青白い顔をし、成人すらしていないというのに杖を付かねば歩くことすら出来ない身であるクルーゲンス。その差は歴然としていた。


「あの娘はまた来ていないのか」


 コンスタンティンはクルーゲンスに問いかける。


「え、ええ。先日、救い主が現れたという以降、それに付きっきりで、今日もどこかへ行っているようで」

「馬鹿馬鹿しい。何が救い主だ。どうせ元老院の爺共が捏造しただけのどこかの子供だろうが。それに踊らされる無能どもが」

「僕もそう思っていたんですけど、王宮内では随分と評判になっているようですよ、生物兵器の攻撃を止めさせたのも彼だとかで」

「その話は聞いている。攻撃を誘導していた内通者が居たのだろう? 別に不思議な事では無いではないか。実にくだらん。どうせ偽物だろうに」


 コンスタンティンは端から相手にしていない。そんな様子だった。だが、クルーゲンスの表情は異なる。

 彼は感じ取っていた。彼の兄の危うさ、それは他人の心境を理解しようとしない、そして心的にも肉体的にも強すぎる故に他人を常に見下し、まともに相手にしないと言うことを。

 そして、そこに付け入るスキがある。だからこそ彼はコンスタンティンに付いて回っているのだ。


「そう考えない人々は沢山居ますから。教会や市民達は特に」

「ふん、奴らに何が分かる」


 コンスタンティンは救い主、善の事を記憶の隅にも留めておこうとしなかった。しかし、彼は近い内に善の名前、そして容貌を嫌というほどに脳裏に刻み込まれる事となる。

 それは彼だけではないのであるが。




 一方その頃、善とオーシェは黒鉄の塔、その地下の道をゆっくりと進んでいた。

 暗く湿った石畳のあちこちには苔が生え、時折壁に掛けられているランプの灯りには時折奇妙な爬虫類や虫の影が写り込む。

 地下は広大で、どこまでも続いているかのように思える。何故これだけの広さなのか、オーシェによれば元々は武具や食料等の保管庫として使われていたのだが、ある時拡張工事を行った際に出水、それ以降は保管庫としては使われず、別の用途、つまりは牢獄としての使用が主になったという事だ。


 その道すがら現れたのが、尾が二又に分かれた猫程もある大きさのトカゲもどきだった。チロチロと舌を口から出し入れしているが、その舌の色は如何にも毒を持っていそうな程に毒々しい色合いをしていた


「な、なんだこれ」

「善様、気を付けて下さい。このケザード、毒を持っています」

「案の定毒持ちかよ、ここまで来るのに結構遠かったからな、毒消し取りに戻るのは嫌だぞ」


「?」善が何を言っているのかよく分からない様子のオーシェだった。


 オーシェが剣を引き抜くのに従い、善もまた剣を抜く。

 善が前へと歩み出て剣を振り下ろすと素早く這いずり回ったケザードは壁へと飛びつき、後ろのオーシェ狙って飛びかかった。


「そっち行ったぞ!」


 だが、彼女は冷静に攻撃を避け、空中のケザートの首を切り放つ。


「お見事。しかしこんな場所に本当にエウライアって子が居るのか?」

「はい。あの子は皆から忌み嫌われ……ているというよりはむしろ恐れられていますから」

「何をしたんだよ、その子が」

「それについては、わたくしめがご案内致しましょう」


 闇の中から、小さなランプを持って現れたのは先程街路で姿を見せた老婆だった。彼女は先程と同じく、闇の中から音もなく滑るように現れた。


「申し遅れました。わたくしめはエウライア様のお世話役を努めております、オルケと申します」


 曲がった腰を更に折り曲げ、今にも折れてしまうのではないかと錯覚させるほどに小さくお辞儀をした後にオルケは顔を上げる。


「態々ご足労いただき、エウライア様も喜ばれるかと思います。最近は話し相手が少ないようでしたからねえ」


 オルケはその小さな身体を元に戻しては、ゆっくりと暗闇の道を先導していく。


「救い主様、先程エウライア様が何をされたか、とお聞きになっていましたね?」

「ああ、聞いたよ。その子が何をしたにせよ、こんな場所に閉じ込めておくような事じゃないだろ。それに何もしていないというのが本当だと言うなら論外だろ!」

「ええ、ええ。ですが、物事はそう簡単には行かない。それが世の常でございます。あの子の御母堂様、フリーゼル様が年若い身で皇帝陛下の寵愛を受け、子をその身に宿し、そしてエウライア様をこの世界に産み落としたその日、全てが白日の下に晒されたのですから」


 そして、オルケは血に塗られた秘史を語り始める。


「フリーゼル様は、北方の辺境伯の家系の生まれでした。年若いながらもその美貌は北方地帯だけでなく、首都にまで聞こえてくる程。流れるような銀色の髪、翡翠の様な澄み渡った薄緑色の瞳、それに私達と同じ人間とは思えない程に白い素肌。そしてその穏やかな顔立ち。話によればフリーゼル様は妾腹の子であり、その相手というのが北部部族の族長の娘、その事から決して幼少期は恵まれた生活では無かったと、わたしくめによく話していたのですよ」


 オーシェは思い出すように呟く。


「ええ、フリーゼル……さんはとても綺麗な方でした。本当に、不気味なほどに」


「紆余曲折を経て、王宮にフリーゼル様が迎え入れられた後、城下街を中心として奇妙な事件が起きるようになりました。人々の失踪事件が相次ぎ、下水道や町外れで奇妙な死体が見つかるようになったのです。その死体はまるで全身の血が抜き取られたかのように干からび、心臓が抜き取られていました」


 善の背筋に嫌なものが走る。目の前の老婆の容姿といい、この地下通路といい、そしてこの話といい、完全にホラーだ。彼はホラーだけは苦手だった。


「えっと、それはもしかして、血を吸ったりとかそういう事なのか」


 オルケは無言で答える。何も答えてくれないというのが逆に怖い。オーシェの方を振り向こうかと思ったが、肯定されるのもまた怖いので止めておいた。


「全ての事実は、エウライア様がお生まれになったその日に明らかになりました。エウライア様は、吸血鬼の特徴である真紅の瞳をお持ちになって生まれて来たのです。首都、そして王宮ですら発生していた失踪事件、その全てにフリーゼル様、そして彼女が率いていた血のブラッディ・カウントと呼ばれる秘密結社が関わっていた事に。そう、フリーゼル様の母上、北部部族の娘とは吸血鬼の事だったのです。彼女はその類稀なる残虐性を美貌の内に隠し、男達を隠れ蓑にしながら自らの血族を拡大し続け、最終的にはこの帝国自体を乗っ取ろうとしていた、と言われています。それがどこまで事実であったのかは今は分かりませんが」


 善の嫌な予感が案の定当たってしまった。だが、これで何故エウライアが忌み嫌われているのか、という理由は分かった。彼女の母親が吸血鬼であり、帝国を揺るがす大事件を起こした。エウライア自身もまたその特徴を持って生まれてきた。だが彼の疑問は一つ解消されていない。


「一つ聞きたい。エウライアは何をしたんだ?」

「……何もされてはおりません。エウライア様はお生まれになったその日からこの地下牢で過ごされておりますので」


 善は言葉を失った。


「着きました」


 オルケは一つの部屋の前で立ち止まる。そして部屋の扉を開けて中へと入り込む。


「どうぞ、お入りくださいませ」


 部屋の中も、通路と同じ程に暗く湿り、息が詰まりそうな程にじっとりとした空気に満ちていた。

 その部屋の中に、エウライアは居た。

 オーシェの妹という事で、彼女より幼いであろうという事は善も予想していた。だが、改めてその姿を見た時、彼は哀れみよりも怒りを覚えた。


 歳は中学生にはならない程で、その肌は不気味なまでに白く、か細い。

 銀色の髪と真紅の瞳が暗闇の中でランプに照らされ宝石の様に輝き、顔立ちはその年頃の少女とは思えない程に大人びており、絶世の美女と呼ばれていた彼女の母を彷彿とさせる美しさだった。

 だがその顔には深い深い憂いの色を帯び、決して他人を寄せ付けようとしない。そんな雰囲気が現れている。


「よく来たの、救い主とやら。そして姉上」


 少女はそう言って善に、儀礼的に微笑んだ。

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