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第3話 -国家の内部における国家- (03)

 善とオーシェが王宮へとたどり着いたのは既に夜の帳が下りる寸前、と言った頃合いだった。

 あちこちの教会の鐘が鳴り響いている。この鐘の音を合図に人々は家路を急ぐのだろう。

 正確な時刻が分からないのは妙に落ち着かない、そう善は考えていたが、無ければ無いで別段困るものでもないというのがこの世界ではあった。分刻みで電車やバスが来るわけでも無い。一応時計に相当するアイテムはあるそうなので、そのうち見せてもらおうとは思っていた。

 だが、今のところはこの程度のアバウトな感覚でなんとかなっていた。


「随分と遅くなったな」


 善は隣で歩くオーシェに声を掛けるが返事はない。先程、刺客と戦ってからずっと黙りこくったままだ。

 やはり、命を狙われたのがそれほどに衝撃的だったのだろうか、そう善は考えていた。


「善様、少しよろしいでしょうか」


 オーシェは突然立ち止まり、言った。その声は少し震えているように聞こえた。


「どうしたんだ? 戻ってからでも……」

「いえ、ここで言っておきたいのです」


 オーシェの強い態度に少しばかり違和感を覚えながらも、善も足を止める。彼女は俯いたまま、動こうとしない。どうしたのかと近づいた所でオーシェは顔を上げる。


「どうして、私を庇ったりなどしたのですか」


 オーシェの顔には、戸惑い、悲しみ、そして僅かばかりの怒り。それらが入り混じって制御出来なくなった結果として涙が浮かんでいる。拳を強く握りしめ、哀願するような瞳で善を見る。


「な、なんで泣くんだよ」

「私が生き残っても、善様が死んでしまったら意味が無いのですよ! それに、最初に言ったでは無いですか、私は善様が死んでしまったら……」


 そうだ。彼女は善を召喚する時のトラブルにより、彼が死んでしまえば彼女もまたこの世界から消え失せる事となる。

 だが自分の身などは全く関係なく、オーシェは善の身を案じていた。


 彼こそが彼女の最大の切り札であるからではない。彼が救い主であるからではない。

 自分が巻き込んでしまった相手が自分の為に傷つき、命を落とす。……それはこれから幾度と無く起きる事象であろう。だが例えそうであったとしても、彼女が甘んじて受け入れられる事ではなかった。

 類稀なる容姿、血筋、強い意志力。それは人々を引き付けるシンボルとしては彼女の政敵達よりも遥かに優れている物である。だが、彼女はあまりにも寛容過ぎた。あまりにも穏やか過ぎた。そして、あまりにも優しすぎたのだ。


「違う!」


善は、声を荒げて否定する。絶対に否定しなくてはならないと思ったからだ。


「え……?」

「俺が生き残ったってオーシェが居なきゃ、俺は何も出来ない。あの爺さん達の相手は出来ないし、この世界の事も全然知らない。どちらかが生き残るとか、いざという時にはとか、そんな事言うなよ。……言わないでくれよ」


 善には彼女が自分の身を案じて来れた事は痛いほど良く伝わった。だが、たとえそうだとしても、彼もまた、自分の為に誰かが犠牲になるというのに耐えられる訳では無い。


「軽々しい行動だったよ。だけど、俺は間違った行動だったとは今でも思ってないからな」

「そ、それでは」

「だから、同じような時にはオーシェが俺のことを助けてくれ」

「え……?」

「それでおあいこだ。だってその、俺とオーシェはパートナーというか、そういう感じだろ? どっちが欠けてもダメだ」


 彼が何を言いたいのかオーシェは悟った。そしてそれを感じ取った瞬間抑え用のない涙が溢れ出た。安堵と、感謝の涙だ。


「な、なんで泣くんだよ」

「だ、大丈夫です、大丈夫ですから」


 嬉しかった。それが素直な彼女の気持ちだった。

 あの時扉の向こうから現れたのが、彼で、卯木島善という存在で本当に良かった。だからこそ、もしもの時は……

 その時だった。


「おやおや、女の子を泣かせるとは関心しませんねえ」


 善の背後からの声だった。彼が振り向くと、既に薄暗くなった通りの向こう側から、腰の曲がった奇妙なまでに小さい老婆が、しゃがれては居るが、妙に通りの良い声で彼らに話しかけてきたのだ。


「!?」


 老女は仰々しく一例すると、顔を上げてその痘痕面以上に不気味な笑みを浮かべる。


「救い主様、そして第六皇女、オーシェ・ゼイミア・リヴィニア様。私の主人が是非ともお会いしたいとの事で、ご挨拶に参りました」

「あのなあ、そんな胡散臭い人間を相手にすると思うのか?」

「ヒヒヒ、これはお厳しい」


 そう言いながらも、二人は目の前の老婆と、そして周囲に警戒を払う。静かだった。まるで世界が彼ら三人だけになってしまったかのように、人々のざわめきも、馬の嘶きも、鳥たちの囀りも、風で通りの木々の枝が擦れる音も、何もしない。

 聞こえてくるのは、老婆の通りの良い声だけだ。


「……ですが、貴方達に刺客が差し向けられた件と関係しているとすれば、どうです?」


 善は剣に手を掛け、目の前の老女を睨みつける。明らかな敵意を向け、前へとゆっくりと出る。


「婆さん、あんたの主人が俺達の命を狙った犯人ってことか?」


 こいつが命を狙った犯人か? そんな疑念が彼の頭を過ぎった。だがそれは彼女の言葉によって否定された。


「いえいえ、私の主人が刺客を差し向けた? まさか! そう言っても信用はしてもらえないでしょうがねえ」

「当たり前だろうが! そもそも何故お前が刺客の事を知っている!?」


 善の問いに老婆は飄々と答える。


「我が主人の作り上げた網は王宮の中に深く、そして広く根を張った物です。随分と長い間補修されずに居たので、ほつれや途切れが生じてはおりますが。――ですから、彼女は自ら動くことが無くとも、まるで自分が歩き回ったかのように情報を手にする事が出来るのですよ。闇の中で、じっくりと考える事が出来るようにね」


 彼女、その単語を聞いて誰の事かを察しとったのはオーシェだった。彼女に対してのメッセージだったのだ。


「あなたはエウリィの……」


 老女は無言を貫き通すが、否定はしない。


「その彼を伴って、三人で話がしたい。我が主からのメッセージです」

「他の要求は?」

「私が伝えるように頼まれたのはそこまでですねえ、そろそろ夕食時、会談には丁度宜しいのでは無いでしょうか」

「オーシェ、返答は?」

「会いましょう。エウリィに宜しく伝えてください。私もそろそろあの子に会いたい。そう思っていましたから」


 オーシェは老婆に一礼する。それを見た老婆は少し驚いたような表情をしたが、すぐに元通りの笑みを浮かべ、老女は現れた時と同じように闇に溶けるように消えた。


「……誰だ、今のは。それにエウリィって誰だ」

「善様、王宮の中でも政争が続いているという事は以前にお話したかと思います」

「ああ、言ってたな」

「父が病魔に侵され、意識を保てないでいる今の王宮内は完全に分裂し、複数の派閥に分かれています。……残念な事ですが、父はもう長くないというのが医師団達の見立てですので」


 そう言いながら、オーシェは王宮への道を再び歩き始める。話している時間すら惜しいという事だろう。


「現在の最有力派閥としては、第二皇子コンスタンティンの一派、摂政ガレンの一派、第四皇子マティスの一派がそれに続く形になります。コンスタンティン兄さんは形としては第一位の王位継承権を持っています。ですが、黒い噂と本人の暴虐性から人心の掌握が出来ていないというのが現状です。また、王が倒れている今、実際に帝国を動かしているのが摂政であるガレン達です。その事からガレン達を支持する勢力は少なくありません。ですが、軍関係からは凄まじく不評であり、その事がコンスタンティン兄さん及びマティス兄さんとの差になっています。そして、マティス兄さんの背後には彼女の生母であるブランウィック家が付いており、かの家の莫大な資金力によって彼を支援しており、粒揃いの有力貴族が彼の背後で盛り立てています」


「すげえな、見事なまでにバラバラじゃねえか。四方から侵攻されてるってのに」

 予想はしていたが、正に骨肉の争いと言った様子だ。


 オーシェは善の言葉に悲痛な表情で答える。否定すら出来ないのが現状であり、有能で国や民を守ろうと粉骨砕身している人物は前線で命を散らす。それが今のゼイミア帝国の現状だからだ。


「正確にはもう三人がそれぞれの派閥を持っているのですが、彼らは皆最前線へと送り込まれています。せめて第二皇女のアーシュラ姉さんがこの場に居てくれたら良かったのだけど、西方でスカーレア帝国との戦闘の総指揮官となっているので戻ってはこれないでしょうね」


 骨肉の争いを続ける家族ではあったが、アーシュラとオーシェは仲が良かった。母親同士の仲が良かったという事もあるが、何よりも互いの気が合った。歳が離れているというのも良い方面に向かった。姉妹というよりは師弟、それが二人の関係でオーシェの剣技や軍事学と言った知識は殆どがアーシュラから教わった物であった。

 そして、オーシェにはもう一人、気に掛けている家族が存在した。それが……


「エウリィ……いえ、エウライア・ディヴァン・ゼイミアは、私達の末妹で。そして、最も忌み嫌われ、父には存在すら否定されている妹。そして私達王家の犯した罪そのものです」

10/31 誤字修正

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