第3話 -国家の内部における国家- (02)
「貴方は……あの事件で存在を消された一人なのですね」
「ユーライナさんは元帝国の諜報機関に居たって事か?」善の問いかけにオーシェは無言で頷く。
「彼女が居た"皇帝の剣"は帝国の持つ諜報機関、その中でも特に危険な場所に送り込まれる実働部隊と言われていました。ですがある時、反乱を計画していたという声明と共に、その長であるカール・ヴァルトを始めとする主要人物の処刑、そして機関そのものの解体が行われました」
それは、ゼイミアの中で渦巻く政争の内の一つであった。正確には反乱を計画しては居なかった。そしてそれをどの立場の者も知っていた。だが、第一皇子と第二皇子の後継者抗争に巻き込まれた彼ら"皇帝の剣"は第一皇子の病死の後、皇位継承者としての立ち位置に就いた第二皇子の手によって見せしめとして破壊されたのだ。
「私達は長年この国の為に働いてきました。その結果がこれです。そして、私は最後に残った物を奪われようとしています。……あの子達の安全を保証してくれるのであれば、私は貴方に忠誠を誓います、ウギシマ・ゼン」
「俺なのか、ここは普通オーシェの方じゃ無いのか?」
「私の仲間の命を奪った者の血縁者に従うつもりにはなれませんから。……気分を害したら申し訳ありません」
それは、彼女自身が譲れない部分だった。オーシェ一人で来たのなら、どういう過程であれ断ったであろう。だが、救い主としての善が現れた。
ユーライナの信仰する教義は地上のそれとは確かに異なっている。だが、彼女たちの教義にすら救い主という言葉は頻繁に登場する。だからこそ、彼女は彼が来るのを待ち望んでいたのだ。
「いえ、仕方のない事です。……断られるよりは、ずっと良いですから。当面の住処として元老院議員の一人に働きかけ、彼の別荘をお借りします。それを利用して頂ければ」
「感謝します」
「えっと、話は纏まったという事で良いのかな」
「はい。ユーライナ・メーザンズ、この命尽きるまで貴方にお仕えする事をクトゥス神に誓ってお約束します」
ユーライナは善の足元に跪くと祈りのように両手を抱え、目を伏せる。忠誠の証だ。
「宜しく頼む。とりあえずあの子達だな。……それと、一つ聞きたい事がある」
「はい、何でしょうか?」
「デュランスって人を知らないか? 元神殿騎士で、この街に流れ着いている筈なんだ」
「申し訳ございません。そのような名前の人に聞き覚えは……」
彼女がそう言いかけた時だった。ふと何かを思い出したかのように言葉を止める。そして、
「神殿騎士、と仰いましたね? 一度だけどこかで聞いた事があるような」
ユーライナの言葉に一番飛びついたのが、セリアだった。
「どこでだ!? 教えてくれ!」
「お知り合いでしょうか? でしたらあまり行方を期待しないほうが良いかと。グダンの店と呼ばれる危険な人物の集まる店の辺りで、南方の冒険譚を聞かせて小銭を稼いでいる男が居ました。その内容から、神殿騎士か何かかと思っただけですので」
「もしかしたら、それがデュランスかもしれない」
僅かな希望が垣間見えた。そんな様子だった。確かに僅かばかりの希望かもしれない。だが、それを信じるなという方が酷であろう。
「ただ、あの店では見つからないでしょうね。人の出入りがあまりにも激しすぎますから。良ければ知り合いのツテを使って探させますが」
「お願いだ。彼にもう一度会いたいんだ」
「俺からも頼む」
「分かりました。では探させるように手配しましょう」
デュランス探しも一段落し、ユーライナの協力も得ることが出来た。善の目的はなんとか達する事が出来たと言えるだろう。
一件落着、という事もあって善とオーシェは王宮に一回戻る事になった。この教会の孤児達を地上へと連れ出す準備が必要であったし、オーシェはそう長く王宮を抜け出しては居られないからだ。
「アタシはここに残るよ。オーシェちゃん、ウチの旦那に伝えてくれれば人を寄越してくれるはずだ」
ユーライナがどうしても善とオーシェをアンダーゲイトの出口まで見送りたいという要望もあり、デュランスの件で打ち合わせがしたいという事もあってセリアは教会に残る事になった。
すぐに子供と打ち解けたセリアは、楽しげに彼らと遊び、駆け回っている。本当に子供が好きなのだろう。
セリアと別れ、教会の正面から外に出た時だった。
六人の男が彼らを待ち構えて居た。全員の服装はバラバラであったが、短剣や短銃を持っており、その目的は容易に想像する事が出来る。殺しだ。
「成る程。既にバレていたという事、でしょうか」ユーライナが呟くように言った。
だが、違った。彼らの狙いは――
「死ね! 第六皇女!」
その内の一人がオーシェの姿を認めた途端、短銃を彼女に向ける。咄嗟に善がオーシェの前に飛び出す。
「善様ッ!」
悲痛な叫び声が善の後ろから聞こえたが、彼はあえて無視した。随分と距離があったという事もあり短銃の狙いは外れたが、それを合図に男達は一斉に飛びかかってきた。
「クソッ、銃があるのか。先に聞いときゃ良かった」
刺客が持っていたのは先込め式の短銃なのだろう。一発撃った後に連射は出来ないようで、再装填に手間どっているのが目に見える。これが連射の出来る所まで文明が進んでいたとするなら、かなり危ない所だった。そう考えながらも善は身体を動かし、敵と向かい合う。
初めての実戦だった。最初の、これから幾度となく繰り広げていくであろう命のやり取り。
善は刺客と向かい合い、剣を抜く。真っ先に飛びかかってきた一人の突きを交わし、剣を振り下ろす。刃は肉を裂き、肩口から血を吹き出した男は傷口を抑えながら倒れ込む。その男を踏み越えるように別の刺客が短銃を手に飛びかかってくる。距離を詰めて確実にオーシェに当てようとする算段なのだろう。
善は男にタックルすると、短銃を取り落とさせる。そして柄頭で数度顔を殴りつけた。気を失ったのか、そのまま男は動かなくなる。彼は念のために刺客の右手を踏みつけると、骨が折れる嫌な音がした。
二人片付けた。そこで彼は振り返り、オーシェの方を向く。健在だ。彼が安堵の溜息を付いた時だった。
耳元で空気を切る音がしたすぐ後に顔の側を何かが掠めた。
「!?」
振り向けばリーダー格と思わしき、最初に発砲した男が二丁持っていた短銃を持ち替え、銃口をこちらに向けている。
「オーシェ! 逃げろ!」
善は叫ぶ。だが、彼は敵の銃口がオーシェではなく、自分の方向に向いている事に気が付いてしまった。
足を動かせ、逃げろ。そう自分に言い聞かせようとするが、足は動かない。その間にも銃口がゆっくりと、ゆっくりとこちらへ――
「下がって下さい」
銃弾が撃ち出される事は無かった。
「へ……?」刺客達のリーダーが見たのは、自身の胸に突き刺さった細い刃。
次に彼は銃を握りしめていた右手を見ようとする。が、そこには何も有りはしなかった。切り落とされた手は短銃を握りしめたまま、地面に落ちている。
それが何を意味するかに気が付く前に彼は意識を永遠に失った。
ユーライナの懐から何かが伸び、残った刺客の一人の首に突き刺さる。まるで鞭のように撓るその武器は、首を刈り取ると彼女の手元へと戻ってくる。
見れば、ユーライナは既に残りの敵を一人残らず殺し終えている。凄まじい腕前だ。
そして、彼女は残った最後の仕事を終えようと、手の骨を鳴らしながらゆったりと歩き出す。音もなく、まるで滑るように歩くという表現が正しいのだろう。何一つ無駄のない動作だった。
「失礼します
ユーライナは善が柄頭で殴りつけた後動かなくなっていた男の元へ行くと、襟元を掴み上げて顔を起こして数度叩き、目を覚まさせる。
「起きましたね。質問に答えて貰いましょう」
彼にはユーライナの顔がどれほど恐ろしい物に見えたのだろうか。顔から血を垂れ流しながら、息も絶え絶えに許しを請うている。
「や、やめてくれ、俺は雇われただけで」
「さっさと話して下さい。でないともっと酷いことをする事になります」
「わ、分かった」
「狙いは?」
「第六皇女だ!」
「依頼者は?」
「あ、アイツだ! 俺はいつもアイツから仕事を受けて一緒に仕事してたんだ! 詳しくは何も知らねえんだ!」そう言って男は刺客達のリーダー(既に死んでいる)を指差す。
ユーライナは溜息を一つ付くと、男から手を離す。
「ここで見た事は忘れなさい。口を噤んで真人間として生きなさい。でなければ、まともな死に方はしませんよ」
冷たく言い放つユーライナの言葉を聞いていたのか居ないのか、男はそのまま這いずるように逃げ出した。
「逃して良かったのか?」
「ええ、何も知らないようでしたから。殺した方が良かったですか?」
「いや、いい」
「お見事でした、救い主様」
「そっちこそ。それにしても凄いな」
辺りは正に血の海という表現がピッタリな程に血に濡れ、子どもたちの教育には間違いなく良くない風景と化している。これの後始末は骨が折れるな、そう考えた善だった。




