07話 噂⑥廻るメリーゴーラウンド
「メリーゴーラウンドが勝手に廻ってることがあるらしいの。誰も乗っていないのに。明かりが灯っているのは、とても綺麗らしいんだけど、ね」
最初に男と口を利いたのは、茶髪の肉食系奥様である。一番に食いついたのに、なぜか遅れをとってしまっていた。みんな平凡そうなくせして、実は侮れないのが判明した。
後になってしまった分、ここは積極的にでて、ポイントを稼ぎたいと肉食系奥様は考えていた。男の目をひくように体をクネクネと揺らす。イメージはインド映画だ。
「ふむ、勝手に廻ってるメリーゴーラウンドですか。誰か電源を入れたんでしょうかね? スイッチを入れれば、誰も乗ってなくても廻りますよね、あれ。電源が入ってれば、当然明かりは灯りますしね。とても綺麗な明りですか。汚い明りでは、誰も乗りたくなくなりますから、綺麗でよかったですよね。うーん、この場合気になるのは、廻ってるメリーゴーラウンドじゃなく、スイッチを入れたのは誰かってことですよね」
「ハア……」
淡々と話す男の言葉に、肉食系奥様は体をくねらせるをやめて頷いた。
相手にされていない。
「誰も乗ってないということは、ただ乗り目的ではないですよね。廃園してるのに電気が通ってる? 点検している人間がいるのかな。あ、アクアツアーの噂とか考えると、誰か管理しているのかもしれませんね。本当にツアーの立ち寄る場所として、使われてる可能性がでてきましたね」
「ソウデスネ……」
やはり、出遅れたのは痛かったと肉食系奥様は考えた。
男の気を引いたのは誰だろうか。
チチかフトモモか……イロケムシかもしれない。ヘタレ市松と砂時計は敵ではない。先ほどの男の態度を考えると、やはり、フトモモかイロケムシに持っていかれたかと肉食系奥様は肩を落とした。
「聞かせていただいて、ありがとうございます。心ひかれるお話でした」
男はニコリと笑って肉食系奥様の両手を握った。
奥様はハッとして、男の顔を見つめる。奥様の顔に喜色が走り、茹でダコのように赤く染まった。
「他に、まだございますか?」
肉食系奥様の手を離すと、男はまた尋ねた。
「ええ、ありますよ」
もうないのかと思わせる沈黙の後、ゆっくりと一人の奥様がすすみでた。
結婚生活10年─丸顔で茶髪のショートヘアの奥様は、余裕のある表情を浮かべる。夫に女扱いされなくなっているが、彼女も夫を男扱いしていない。互いに目の前を裸で歩いても、平気な存在になっている。男女ではなく、人間としての付き合いに移行しつつある。
仕事で結婚は遅かった。会社でお局様と呼ばれた。
熟女として、人生の先輩として『がっついた小娘ども、大人の女の余裕をみせてあげるわ』と、熟女奥様は、クッと口の端に年輪を感じさせる笑みを浮かべた。