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10話 心ゆくまで楽しんでもらいたい

 



「……アスタ様」


 男が満足そうに、メリーゴーラウンドの方を見ていると、背後から澄んだ声がかかった。

 振り向いた男の視界に、黒いハイヒールを履き、白いウサギの耳が頭にはえた黒いレオタード姿の少女が映る。


 肩と股の部分は白いモフモフとした毛皮で縁取られ可愛らしい。黒い網タイツをはいたスラリとした魅力的な足を、片方を後方に引き、膝を曲げて男に向かって頭を下げた。長く艶のある黒髪が前方に揺れる。


「観覧車を繁殖部屋に使っていた、家畜達の移動が終わりました。清掃も終え、儀式への準備が整いました」


「ふむ、ごくろう。今、宴の贄は何人準備できているかな?」


 ちょくちょく宴は催されているが、今度の宴の場所は、この遊園地だ。魔界とここを繋いで宴を開くのだ。


 以前、ふて腐れた顔で『なんかー、もっと違う感じのー宴を楽しめないかなー。おんなじよーなの、あきちゃうじゃん』と言った偉そうな誰かさんのために、この遊園地を廃園に追い込み、何年も前から場所を確保している。敷地の名義を書きかえたり、固定資産税を払ったり、人間どもとのやり取りも大変だ。


 でもやっと趣向を変えた宴を味わってもらえそうだ。

 別の場所にいた家畜達を連れてきて、繁殖させているが、宴までに贄の数を揃えなければならない。


 男が問うと、少女は体を起こし、ルビーのように赤い目を、空に向けて少し考えた。


「……先日迷いこんできた天然ものの雄、3人を入れて、658人です。今日、アスタ様が連れてきた雌を加えれば、659人になりますが……」


「ああ、あれは繁殖用だ。手の甲に印が刻んであったろう?」


 少女の言葉に男は首を振った。


 今日誘った雌の中で、あれは一番若い個体だった。むっちりとした尻と太腿をしていて、繁殖に向いていると判断した。できれば自分が話した噂の遊具の贄にしてやりたかったが、これからも宴はあるから、繁殖用の家畜の確保も大切だ。


 ミラーハウスへの贄は、最初の噂を聞かせてくれた、長い黒髪の大人しそうな雌になってもらった。


 アクアツアーの噂を話してくれた短い黒髪の雌と、観覧車の雌は入れ替えた。観覧車のことを話した雌は、あの体格だ。食べでがある。水の中で影達の餌になってもらった。


「後、8人か。今日の雌達を宴の贄用にできればよかったが、遊具の稼働にも贄が必要だ。養殖したやつより、天然もの、それも雌を使った方がいいから、仕方ないな」


「本当は宴の贄も全部天然ものがよろしいんですよね?」


「まあな。だが全部は難しいからな。数をそろえるための養殖ものだ。みなわかってるだろうから、数がいれば文句は言わないだろう。遊ぶための遊具はしっかり動くようにしておくさ」



 男は視線を薄闇に浮かぶジェットコースターの輪郭と城の輪郭に順に向けた。


 黒髪を後で縛った雌も、髪を上げてうなじをみせていた雌も、歪んだとても面白い顔をして、キャー、キャーと楽しそうに悲鳴を上げていた。


 男は今度は円形の大きな影に顔を向けた。雌達の上げる楽しそうな声を聞くと、男も楽しくて仕方ない。贄の雌達が楽しんでくれれば、くれるほど、遊具は良いものになる。最後に招いた雌にも、心ゆくまで楽しんでもらいたいと思う。


「アスタ様」


 また、男の背後で女の声がした。


 男が振り向くと、そこには先ほどメリーゴーラウンドで塵になった、茶髪肉食系奥様が桃色のキャミソールワンピース姿で立っていた。




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