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オオカミノ国  作者: 十乃字
二章・出会いと別れ
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9.そこは仮宿

お待たせしました。


※4月15日に9話の一部を修正しました。10話はそれに合わせた物になっております。


「こりゃ酷ぇ。痛かったろうに……」


「今は平気」


「……獣人の回復力はすごいな。添え木をすれば歩くこともできそうだな」


 深い暗闇の山中。アランの家への帰路の途中、まだ幼い猫獣人の少女ミライと負傷中のシュリとアランのために、野営を行い休むことにした。焚き火の明かりでシュリの右足の傷を診たアランは、まるで自分のことのように悔しそうに顔をしかめた。


 彼女たちを救出したオウガが酒場に戻ると、全身からアルコール臭をさせたアランに出迎えられた。店内の全員を酔い潰させたという彼は、獣人娘二人に露骨に避けられて、とても傷ついた顔をしていた。


 途中から酒をこっそり捨てていた、という彼の言葉通り、漂う酒精の臭いの割には酔った素振りは見せず、ミライに手を貸してもらいながら歩けていた。オウガはシュリを背負ってそんな二人と歩調を合わせた。


 宿場町からそれなりに離れたところで眠たそうなミライを慮って休むことにし、師弟三人は怪我の状態を確かめることにしたのだった。


「しばらくは狩りは厳禁だな」


「むぅ。残念」


「せっかくだからミライに家事でも教えて――もしかして教えてもらう側かもな?」


「そんなことはない……はず」


 意外に手際の良かったミライの介抱を思い出し、言葉尻が濁る。シュリが家事全般が年頃の娘の割に苦手なのは、手本となる大人が剣技以外は大雑把なアランしかいなかったせいでもあるのだが。

 

(私だって、できないわけじゃない。修行中なだけ)


 と心中で言い聞かせながら、心無い言葉への報復を行う。


「アランこそ、腰を痛めるなんて……無様」


「無様!? これは……そう、アレだ! お前を助けるための名誉の負傷だ! そうだよな、オウガ?」


「……」


「露骨に目を反らされてる。あとうるさい。ミライが起きる。……まぁ来てくれてありがとう」


 二人のやりとりに呆れ、シュリが自身にもたれ掛かって眠るミライの頭を撫でながら叱る。音に敏感な獣人も寝ている間はある程度鈍くなるのだが、近くで大声を出されれば、流石に眉をしかめて不愉快そうだ。


 申し訳なさそうにしながら、おまけで付け加えられた一言に口元を綻ばせる師に、もう一人の弟子はちょっと娘にだけ甘すぎないかと反対に口を尖らせる。


 その様子に微笑んでいたシュリがふぁ~っと可愛らしくあくびをしたのを見て、オウガは立ち上がった。


「見張りは余裕がある俺がするよ。二人は寝てて」


 そう言い残してその場を離れた。



   ◇



 パチパチと薪の爆ぜる音や、クークーという大人しい寝息を微かに聞きながら、宿場町へと続くまだ暗い獣道を意味もなく見つめ、オウガは今夜の様々なことへ思いを馳せていた。そこへ――


「おう。何か考え事か?」


「アラン。……ちょっとね、奴隷商人をすぐに斬れなかったんだ。それが、あの子……ミライやシュリを傷つけたんじゃないか、って考えていたんだ」


 思いつめた顔を見て、アランが頭をかく。


「あー、まぁ今日みたいに身内に手を出された時くらいはそこまで考えなくてもいいとは思うけどよ――」


 何事か考えるように言葉を区切る。


「――相手も仕事や生活があって、もしかしたら家族がいて、とかな。全部考えてると戦えなくなるから、ほどほどでいいんだ。迷えるなら迷ったっていいのさ。むしろ迷え迷え」


「迷っていい?」


「相手を殺す、殺さない、傷つける、傷つけない。選べるのは余裕のある強いやつだけだ。大丈夫、お前たちはそこそこ強い。俺が保証してやる」


 そこそこかよ、という弟子の不満そうな声に、そこそこだな、と師が笑う。


「ただ何でも殺す修羅にはならないで欲しいのさ。鬼神だなんだと呼ばれた俺の、後悔の話だが」


「アラン……」


 遠くを見つめて寂し気に笑って、師からの訓示を締めくくった。オウガもまた思うことがあるのか、無言の時が流れた。それを破ったのは、アランからの信じがたい通告だった。


「オウガ、実はな……シュリの足は、もう走れないかもしれない」


「えっ!? すぐに歩けるんじゃ?」


「獣人の力を活用して、右足に負担をかけなければな。だがそれ以上は無理だ。無理に力を入れれば激痛でまともに動けないだろうさ」


「そんな……」


 絶望。そんな二文字を顔に貼り付けたような弟子に、師は努めて明るい口調で続けた。


「そんなに悲観するな。実は一つだけ治る可能性に心当たりがある――」


 アランの口にした心当たりとは、『神の奇跡』と呼ばれる物だった。どんな不治の病も、失った手足すらも復活するとさえいう、まさに神秘。


「まぁ神様を信じない俺からすれば人間の奇跡って感じなんだがな。人間に時たま、何か不思議なことができる力を持って生まれる奴がいるのさ。神の子、なんて呼ばれてるが」


 そんな不思議な能力者が人間だけに生まれるので、獣人は下等で人間は上等ということになっている、と心底くだらない、という口調で言う。


「問題なのは、そういう奇跡が起こせる神の子は、発見次第教会に保護、という名目で拉致されているわけだ。会うだけなら難しくないが、教会の人間ってのがネックでな」


「人間至上主義?」


「そうだ。獣人のシュリはまず見てもらえない。普通はな。これが一つだけの可能性の話に戻るんだが、南のアマーストというでかい町には、どんな相手でも見てくれる聖女と呼ばれてる神の子がいるみたいだ」


「聖女……。大層な呼び名だね」


「ああ、全くな。だが、治療の奇跡を使える神の子はそれなりにいるが、聖女とまで噂される程のは他に知らん。腕もいいんだろうさ。もしかしたら……」


「もしかしたら?」


「いや。すまん。あー、そろそろ戻るぞ。腰が痛い」


「無茶するからだよ」


「うるさい」



応援あがとうございます。

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