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オオカミノ国  作者: 十乃字
一章・終わりは始まり
8/81

8.剣には剣を


「この地面の荒れ具合。シュリはここで奴隷狩りに襲われたようだな」


 全く言わんこっちゃない、とアランは溜息を漏らした。日課の修行を終え、暗くなっても帰ってこない成長期の大食い娘を探しに来た二人は、大勢の争い合った痕跡を発見していた。


「アラン! 血が!? シュリかな!? 大丈夫かな!?」


「……落ち着け。この出血量なら人間でも死なない。獣人なら尚更だ」


 戦闘の痕跡と出血の様子からシュリのモノだと推測したが、あえて誰の血なのかは言及せず、オウガを宥める。


「足跡の方向を考えると、恐らくこの人数だとそれなりに大きい街道の――南の宿場町に向かっているはずだ。相手が全員獣人でもない限り、追いつける」


 だがその前に、とアランが荒れた地面を指さす。


「折角出来立ての教材があるんだ。今から偵察の技術を教える」


 急ぎたいならよく聞けよ? と逸るオウガを窘め、痕跡の分析方法を教授し始めた。




「うう、頭がこんがらがる……」


 足跡を追って山中を疾走しながら、オウガは頭を抱える。狩りで獲物を探す時とは勝手の違う知識を飲み下すのに苦悩していた。


「戦いは、よーいどん! ばかりじゃないんだ。頼むから狩り以外にも活用してみせてくれよ」


 シュリと合わせて狩りだけしか得意じゃないと揶揄され、むっとする。


「今におっさんよりも使いこなしてやりますよーだ」


「楽しみだねぇ」


 決して腐らない様子の弟子に、アランは思わず笑みが漏れる。その様子にオウガは余裕を感じたのか、


「ところでアラン、もう少しペース上げていい?」


「なに? ……い、いいだろう。王国軍最強と呼ばれた鬼神アランが、いくら獣人とはいえ小僧に後れを取るものか!」


「最強はともかく、鬼神って初めて聞くんだけど?」


「ええいうるさい! 行くぞ!」


 オウガに張り合い、速度を上げていくアラン。


「はは、俺もまだまだいけ――」


 ゴキッ。


「アラン? 何かすごい音が……大丈夫!?」


 驚き振り返ったオウガの視界に入ったのは、うつ伏せに倒れこむ師の姿だった。


「ぐ……こ、腰が……なんのこれしき……はぐっ!」


 不屈の精神で立ち上がろうとしたアランだったが、両手をついてうめき声を上げることしかできない。


「く……鬼神も年には勝てないというのか……! オウガ、俺のことは捨て置け、早く行けぃ!」


「こんな何もない山の中に置いていけるわけないだろ! ほら」


 オウガが屈んで背中を向ける。


「な! お前、まさか!?」


「背負ってやるよ、アランお・じ・い・ち・ゃ・ん」


「オウガ! きさまいたたたた……」





「っつぅ!? こら、もっと優しく着地しろ!」


「……………」


「な、なんだその目は!?」


「……………別に?」


「腰が治ったら覚えていろ!? っ痛ぁ!? お前今の揺れ、ワザとだろ!?」


「喋ると舌噛むよー」



   ◇



「奴らが宿場町に着く前には追いつきたかった、無理だったか。すまん」


 足跡は宿場町の中まで続き、住人たちのモノと混ざってわからなくなってしまった。


「アランは年だからしょうがないよ」


「……そこは『それは言わないお約束だよお父さん』ってのが物語じゃ定番らしいんだがな」


「何それ?」


「何でもねぇよ」


 首を傾げるオウガに、シュリならわかったかもなぁと一人ごちた。この数年ですっかり本好きになっていた彼女は、アラン所有の本を読み切ると、町への買い出しを迫ったのだった。


 当時のやり取りを思い出して思わず緩んでいた頬を叩き、オウガに宿場町での探索方法を教授する。


「本当は自分で町の構造を把握して欲しいんだが、今回は特別だ。この辺境の宿場町には宿が2つある。そこそこな高級宿と酒場と一対の安宿だ。奴隷商人の商館はなかったはずだから、おそらくは――」


「あっちの高そうな方の宿だよ」


「……正解だが、根拠は?」


 考える風でもなく高級宿の方を指したオウガ。ただの推測ではなく、確信を持っているようだ。


「シュリの匂いがする」


「……そうか」


(獣人って鼻の良さは人間とそんなに変わらないはずなんだがな)


 何となく腑に落ちない思いをしながら、間違っていないからいいかと先に進めることにした。


「俺は荒事はできそうにないから、陽動をやる。酒場の方の物陰まで連れてってくれ」


「うん。――で、陽動って何するの?」


 酒場兼用物陰。中からは男たちの喧噪が僅かに聞こえる。


「まぁ待て。まずはこれをお前に預ける」


「これは――」


 アランが差し出したのは、彼が長く愛用している長剣だった。


「どんな強敵と渡り合っても耐えてくれた愛剣だ。ちゃんと返せよ」


「……うん、わかった」


 オウガの受け取った剣は、見た目よりも重く感じるものだった。


「で、陽動だが……今からやって見せる。ちゃんと聞いとけよ。騒ぎになったらあっちの宿に行け」


 アランは笑いながらオウガの頭をポンポンと叩いて、酒場の扉をヨロヨロとくぐって言った。


「へい、いらっしゃい。おや、あんたは確か狩人の。珍しいな」


「酒だ。酒をくれ!」


「おいおい、どうしたんだ?」


「っへ! 娘が嫁に行っちまってな。今はとにかく飲みたい気分なんだよ。店にある酒全部出してくれ!」


「そんなこと言われてもな。他の客の分が……」


「そうだぜ爺さん! 俺たちも一仕事終えて良い気分で酒を飲んでるんだ」


「じ……ふんっ! なんならきさまらの分も払ってやる!」


「なっ! き、金貨だと爺さん!? ていうか払ってくれんのか!」


「マスター、それなら俺らも文句はねぇぜ!」


「お客さんたちがそういうなら」


「決まりだ! 何なら俺より飲んだやつには釣り銭も全部やるぞ!」


「「「「うぉぉぉぉぉ!?」」」」


 元々賑やかだった酒場が、さらにとんでもない喧噪に包まれていた。


「これが合図かな。じゃあ行くか。しかし……」


(娘の嫁入りの話、デタラメのはずなのにやけに本気っぽかったな)


 少しだけ気になったオウガであった。



   ◇



「お姉ちゃん、大丈夫?」


「うん。これくらいなら平気。もっとヒドイ目にあったこともあるから」


(私じゃないけれど)


 数々の苦痛に白い髪になってしまった幼馴染のことを思い浮かべ、シュリは目を伏せる。


(私は、助けることができたのかな)


 高そうな宿屋のさらに別料金の倉庫。目の前には、彼女の世話を命じられた奴隷の猫獣人の少女がいる。今も泣き出しそうな表情でシュリの右足の手当てをしたり、手枷のせいで動けない代わりに食事の世話などを甲斐甲斐しく行っている。


「ねぇ。あなた、名前は?」


「あ……ミライ、といいます」


「そう、ミライ。良い名前だね。私はシュリ」


「シュリ……お姉ちゃん。何だかキレイな名前です」


「っくす、ありがとう、ミライ。絶対助けが来るから、もう大丈夫だよ」


「それは無駄な希望だと思いますがねぇ」


 ガチャガチャと扉の外の鍵が外され、奴隷商人が大男を連れて入ってきた。


「無駄?」


「この宿はとても高価でして。大切な客を守るために自前で警備兵を雇っているほどです。先ほどのような日雇い冒険者とは質が違います」


「日雇い……言ってくれるねぇ」


「事実でしょう。あの役立たずたちは。あなたが違うかどうかは、その助けが来た時に見させてもらいますよ」


「へいへい」


「わざわざそれを言いに来たの?」


「まさか」


 奴隷商人がニタニタと粘着質に笑っている。


「わざわざあなたのために高級宿を取ったのです。あなたの価値が、金貨50枚なのか金貨100枚なのか、確認させていただこうかと思いまして」


「随分と高額。計算間違えてる?」


 提示されたあまりの金額にポカンとする。金貨1枚で1年仕事せずに暮らせる価値があるのだ。自分一人で多くの人を養えるのか、と思わず嘲笑していた。


「いえいえ。あなたはとても美しい。きっとそれだけの値段が着きますよ。ところで、あなたを助けに来る人とは、あなたの恋人や夫ですか?」


「恋……今はまだ、違う」


「今はまだ、ですか。すっばらしい!」


「何? 何だかとても不愉快」


 膝を打って喜ぶ奴隷商人に、シュリはとても嫌そうな顔をする。


「シュリお姉ちゃん、あの人が言いたいのは……」


「くふふふふっ、ネコ娘ぇ、私の楽しみを取らないでいただきましょうかぁ」


「っひ!」


「ミライ、こんなのと話さなくていい。で、何なの?」


「くふふふふふふ、あなたのぉぉ、処女膜のぉぉぉ、確認に参りましたぁぁぁぁ」


 奴隷商人は心底楽しそうに腕を広げた。


「処女膜……確認してどうするの?」


「……おや。これは想定外の反応ですね。まぁ処女なら金額が上がるだけではあるのですが……」


「お姉ちゃん、処女膜の確認ってことは――」


 言い辛そうにミライがシュリの狼耳に囁く。ふんふん、と頷いていたシュリも、すぐに顔を朱色に高揚させた。


「絶対に見せたくない」


「ぬぅ。ようやく待っていた反応ではありますが、またしてもネコ娘め……」


「そういうのは普通、女の人にさせる仕事だもん! 私知ってるんだから!」


 治療のためにむき出しになっていた足を隠したくて、甲高い金属音を響かせて手枷の鎖を引っ張る。そんなシュリの前にミライは両手を広げて立ちふさがり、勇気を振り絞って下卑た笑いを浮かべた奴隷商人をにらんだ。


「まぁもしも処女じゃなければ、一つ楽しいことでもさせてもらおうかと思ってたんだがなぁ」


「おい!」


「いいじゃないですかい。どうせ処女は確定なんだ。裸にひん剥くくらいしか楽しみが――」


 入口で待機していた大男が部屋に入って来ようとしたその時。建物の外から大きな歓声が聞こえてきた。


「ん? 何事ですか?」


「さて、俺も分かりませんが……見てきますんで、あまり近づかんようにしてください。手負いの獣は危険ですんで」


 最後にチラリとミライに庇われたままのシュリを見やり、大男が倉庫を出る。


「残念ですねぇ。……ネコ娘、覚えておきなさい」


「っ!?」


「ミライには指一本触れさせない」


「あなたに何ができると?」


「それは――」


 シュリの狼耳が、ぴくりと動いた。


「時間稼ぎとか」


「何ですって?」


 倉庫の扉が開いた。


「おお、何があったの……です……か?」


 立っていたのは大男ではなく、シュリの待ち人――オウガだ。彼は目を白黒とさせる奴隷商人を無視して、シュリに語り掛けた。


「迎えに来たよ」


「うん。待ってた」


「今、その鎖を外すから――」


「お待ちなさい!」


 見つめ合う二人の間に、飛び込む邪魔者。鈍く光るナイフを手に、奴隷商人が割って入る。


「そう勝手な真似を……え?」


「お探しのモノはこれ?」


 ナイフを突きつけたつもりの手には、何もなく、虚空を握っていた。反対にオウガの手の中には、無意味に煌びやかな装飾の付いた悪趣味なナイフが握られていた。


「ひぇぇぇ! お助けぇぇぇぇ」


 反対に切先を突き付けられた途端、無抵抗に目を瞑り情けなく悲鳴を上げる様に気勢を削がれた。


「ぐぇっ!?」


 咄嗟に刃を逸らし、握り手で殴り飛ばした。明らかに悪人なのだけれど、どうしようか。そんな一瞬の迷いの間に――


「うわぁぁぁぁ!」


「え?」


「オウガ! 止めて!」


「へ?」


 シュリの傍にいた猫獣人少女がオウガに走り寄り、ナイフを奪う。身を翻し、倒れこむ奴隷商人の胸元に、激しく突き立てた。


「死ね! 死ねぇぇぇ!」


「ミライ! オウガ早くこれ外して!」


「あーもう、何がどうなってるの?」


 シュリを拘束する鎖を、半場で切り落とす。


「ミライ、もういいから。もう、終わってるから」


 返り血に塗れ、未だにナイフを突き立てようとする少女に駆け寄り、後ろから抱きしめ、ゆっくりと血塗れのナイフから指を引き剥がしていく。


「辛かったね。もう大丈夫、大丈夫だから……」


「シュリ、お姉ちゃん……私……うわぁぁぁ!?」


 血で汚れることも厭わず、泣き叫ぶ少女の頭を優しく撫で続けるシュリを見て、オウガは自分の情けが少女の涙を招いたのか、と考えた。


(どうしたら良かったのかな)


 血溜まりの中、奴隷商人だった者の物いわぬ目が自分を責めている気がして、目をそらした。




 少女が泣き止むまで二人きりにしよう、とオウガが外に出ると――大男が立っていた。


「起きたんだ。またやる?」


「いや、あんたには勝てねぇよ」


 大男が笑って肩をすくめる。倉庫に踏み込む前に、宿屋内の警備兵は全てオウガが無力化していた。その中ですでに立ち上がることができる大男は、戦士としてかなり強い部類に入るのかもしれない。


「そう。じゃあ今は静かにさせてあげたいんだ。どこか行ってくれる?」


「ああ。……いや、その前にあんたに伝えたいことがあるんだ」


「伝えたいこと?」


 大男が寄ってくる。


「実はな……あいつは金貨100枚なんだよ!?」


 オウガが耳を向ける素振りを見せた瞬間、大男は隠し持ったナイフを取り出し――その腕ごと切り飛ばされていた。


「あ? え? 俺の手……」


「シュリは金貨100枚じゃ足りないよ」


「じょ、冗談だからよ! い、命だけは――」


 肩口から袈裟斬りで一閃。大男は二つの肉塊に分かたれた。


(ああ、さっきも俺が斬ればよかったのかなぁ……)


 猫獣人少女の涙を思い、釈然としない胸のむかつきに戸惑いながら、剣を納める。


「恥ずかしいことを言う……」


 頬を赤らめたシュリが、猫人少女に支えられながら倉庫から歩き出た。


「帰ろっか」


「うん」




応援ありがとうございます。ブックマーク、感想、評価、レビュー、勝手にランキングのクリックなどしていただけると、オウガが助けに間に合わなかったIFが……あったりなかったりするかもしれません。


※4月15日 本文修正

一部カットし、それに伴う調整などを行いました。

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