75.終わりは始まり
前話までのあらすじ
イヌ族首領ドグマの居城に乗り込んだ俺たちは、ドグマの腹心シヴァとミツルギを討ち果たして奴と相対していた。
「皆、下がって」
イヌ族大将ドグマと剣を押し合うオウガから数歩下がったシュリが討伐軍の仲間たちに指示を出した。
「教官殿、敵の兵士はどうしますか?」
「武装解除後、必要なら治療を施して」
「はっ! ……は?」
敵味方多くの獣人たちが倒れる室内を見渡した討伐軍の戦士に、趣里が手当てを指示すると、戦士たちは首を傾げた。シュリは不敵な微笑べ、
「あの人たちには証人になってもらう」
獣人の慣習に則ってイヌ族を終わらせる、と視線を中央で対峙する二人へと向けた。
ジリジリと互いの力を測るように続けられた鍔迫り合いは、ドグマが押し退けるようにして力を加え、オウガが一歩飛び下がった事で次の手へと移行していた。
大柄な体躯のドグマだが、繰り出す剣線は手堅く堅実なモノで、それはオウガたちにとって見慣れた、養父アランの編み出したイエーガー流剣術その物だった。
型合わせのように剣を交える二人だったが、程なくしてドグマの動きに乱れが生じる。
それだけでオウガはドグマの剣術の腕を見極めた。
ドグマが剣術を学んでいたのは十年以上前の事。一方でオウガは十年間、イエーガー流剣術の始祖の養父アランの下でより洗練された剣術の修行を続けたのだ。
例えドグマが獣人領で独力で研鑽を続けていたとしても、師と兄妹弟子に揉まれたオウガには届いていない。
自身の知らない型を見様見真似ながらに追い掛けたドグマは決して劣ってはいないのだが、それでも遠いのだ。
ドグマの修める剣術は、アランが――人間が獣人と戦う中で生まれた戦闘術だ。そこから、人間が人間と戦うためにイエーガー流剣術に昇華され、獣人が人間と戦う物へとオウガの為に変質された最新のイエーガー流剣術は、既に別物となっていた。
ドグマの鋭く無駄の無い体捌きも、対人戦を極めたオウガにはあまりにも真っ直ぐ過ぎた。
「一つ聞きたいことがあるんだけど」
「ぐっ!? な、何をだ!?」
オウガの流れるような剣舞に、ドグマは必至に食らい付いている。神経を擦り減らすギリギリの防御は、疲労となって確実にドグマを追い詰めている。一歩後ずさって距離を取れば一息吐けるのだが、長の矜持かオウガの間合いから出る事を良しとしないでいた。
オウガはそんな矜持など素知らぬものと涼しい顔で、
「何故仲間たちに剣術を教えなかったの?」
問い質した。
「こ、これは我の技だ! 苦心の末に手に入れたものだ! おいそれとくれてやる訳にはいかん!」
「じゃあ何でイヌ族の長になんて群れてるの? 技術、盗まれちゃうでしょ?」
屍を晒すイヌ族副将のシヴァ、ここに至るまでのイヌ族の兵士たち。剣術を修めるには至っていないが、僅かながらにそれらしき動きをする者たちが混ざっていた。
彼らが剣術――洗練された戦闘術を修めていれば、この戦いの結末は全く違っていただろう。
「発展を望まず、まとまりのない獣人たちは我が導いてやらねば、人間共に抵抗できん! 我は獣人たちを守るために王となったのだ!」
「じゃあやっぱり、剣術を教えないのはおかしいよね? こうなる可能性は前からあったわけだし」
「っ!? それは……」
深く踏み込んだ強烈な一閃を意図的に受けさせ、ドグマを後退させたオウガがくいっと顎で周りを指し示す。
平静を装いながらも、肩で息をするのを隠せずにいるドグマが視線だけを動かすと、そこには多くの獣人が倒れている。その中で未だに立っているのは、討伐軍の戦士たちだけだった。
「あなたは――自分が一番でいたかっただけじゃないのか?」
「黙れ!」
怒声と共に踏み込んできたドグマの一閃をオウガはあっさりとすり抜けると、隙を晒したドグマの首を容赦なく貫いた。
「っ!? かはっ……」
カランと剣が床に落ちる音が甲高く響き、続いて崩れ落ちる音が静寂の中に消えていった。
「おつかれさま」
駆け寄ったシュリがオウガの返り血を拭う。
「……終わった、んだよね?」
「うん。あと一仕事残っているけど、それは私に任せて」
油断なく愛剣を握り締めたまま、熱の冷めやらぬ様子のオウガを落ち着かせるためにぽんぽんと優しく叩くと、シュリは物言わぬドグマだった物に近づいて行った。
◇
「聞け! イヌ族の民よ! お前たちの長、ドグマは私たちが討ち取った!」
ドグマの城、中庭。
集められたのは抵抗を諦めたイヌ族の兵士たち、そして非戦闘員の女子供老人。城内に残っていた全てを集めたオウガたちは、彼らの眼前にドグマたちの亡骸を並べた。
絶望に泣き崩れる者、怯える者、命乞いをする者。
「静まれ!」
騒めくイヌ族の獣人たちを、シュリが一喝した。
「ドグマは一騎打ちで敗れた。獣人の慣習に乗っ取り、ドグマを破ったこのオウガがイヌ族の長となる。異論はあるか!?」
絶対と思われた長の死と、凛としたシュリの覇気に溢れる演説に、騒めきは起きるが声高に否定する声は上がらない。シュリは小さく頷くと、
「とはいえ、他種族に支配されることを恐れる気持ちは理解できる。だけど、安心してほしい。私たちは、オオカミ族でもない、イヌ族でもなくなる」
一体何を、と戸惑うイヌ族の獣人たちに、シュリは微笑みかけた。
「私たちは全ての種族の壁を取り払う。新しい国の名前は、『オオカミノ国』!」
「ええっ!?」
一番の驚きの声を上げたのは、横で黙って胸を張れと言われていたオウガだった。
ご愛読ありがとうございました。
次章を終章としてほとんどオマケのエピローグにしようかなと思っています。
今回はあらすじ「シュリの手記」は投稿せず、そのまま終章に入る予定です。
ここまでの四章イヌ族戦争編と終章のタイトルを変えるかもしれません。こちらは未定ということで。