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オオカミノ国  作者: 十乃字
四章・始まりの終わり
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74.追憶

 前話のあらすじ

 元奴隷が偉そうに踏ん反り返っていた。


 生まれ落ちた場所は、それほど悪くはなかった。むしろ良かったのかもしれない。


 犬獣人の母は僕に愛情を注ぎ、時折現れる人間の父は僕にこそ関心は無かったけれど、母に向ける愛情は本物で、その母が大事にする僕を邪険にすることは無かった。


 森の中の小さな一軒家。町の人間と関わるなと父は繰り返し僕に注意していた。


 森を探検していると、遠くに賑やかな何かがあることを感じ取っていたけれど、父との約束を守ってそちらには近づかなかった。いつも独りぼっちで寂しかったけど、お家に帰れば母さんが優しい笑顔で待っていてくれた。


 僕はそれだけで幸せだった。




 そんな穏やかで平和な日々が終わったのは、何度目かの夏のある日のことだった。


 その日、家にやって来たのは父ではなかった。


 身成の良い若い男の命令で、見覚えのない人間の男たちが、僕と母さんを口汚く罵りながら外へと引きずり出した。


 そしてそれっきり。


 荷物のように馬車に乗せられた僕たちは、二度と父の顔を見ることは無かった。


 乱雑な扱いに泣き叫ぶ僕を母さんはきつく抱きしめ、幾度もごめんと繰り返していた。母さんが悪いんじゃない、と伝えられれば良かったのに。


 奴隷商に買われた僕たちは、暑い夏の日差しの中の長い移送の間に、護衛たちの雑談から事情が分かってきた。


 父は人間の貴族だったらしく、母さんは愛人だったのだという。それだけならば貴族にはよくある話なのだが、母さんが獣人だったことが問題だった。


 愛人の存在は黙認していても、それが獣人だと気付いた本妻が半狂乱となって父を問い詰め、困窮した父は泣く泣く母を奴隷商に売り渡したという。


 今思えば、奴隷商と共に家に押し入った若い男は、父と本妻との腹違いの兄だったのかもしれない。確認する術は既にないが。




 奴隷としての過酷な生活は母さんを衰弱させ、昔は貴族が愛人に娶る程に美しかった容姿もすっかり見る陰もなく、女奴隷としての価値の無くなった母さんの扱いはさらに悪くなり――その年の冬、呆気なくこの世を去った。


 残された俺は、ただ命じられたままに隷属する日々を過ごしていた。


 至ってやる気のない奴隷だったのだが、獣人の力は何かと便利だったらしく、何かと重宝されていた。


 様々な主の下を転々としていたのだが、他の人間の奴隷には与えられた奴隷解放という恩赦を受ける事は出来なかった。


 奴隷仲間の男が言うには、王国では獣人をいつでも奴隷にしていいのだそうだ。


 良い主人の下で給与をもらえればいつか自身を買い戻す事が出来るが、獣人ではその主人の下を離れた直後、悪ければ所要で外出しただけで奴隷にされかねないのだという。


 安穏とした住処を追われ、母が死に、そして自分もいずれ奴隷として死ぬのか。


 生きる事に絶望していた時、新たな主人の奴隷として動員させられたのが、砦の建設だった。


 羽振りの良い貴族に次男坊が生まれたので、誕生祝にその次男の名前を冠した砦を作るのだとかで、多くの奴隷が集められていた。


 その砦の完成祝い、見張りの兵士たちにも酒が振る舞われて警備の緩みきった夜深く、俺は奴隷小屋の窓を破壊して逃走した。




 山奥で獣のような生活を送っていた俺は、食料を求めて襲った盗賊と意気投合して、人間の王国で暴れ回った。


 盗賊たちからはならず者の流儀や剣の扱い方を習ったのだが、俺が加わった事で活発になり過ぎたのか、領主が討伐軍を編成したという噂が流れてきた。


 戦うのか逃げるのか、盗賊仲間と相談しようと思ったのだが、彼らの密談が聞こえてしまった。


 獣人を囮にして逃げよう、と。


 その晩、俺は盗賊の根城を後にした。


 逃げ出すのは二度目だったが、今度は目指す場所があった。


 元盗賊仲間が語ってくれた噂話の一つ、遥か東には獣人たちだけの国があるらしい。




 東へ向かう旅は、王国の中にいる間は楽だった。以前と変わらず旅人や小さな村を襲って食料を確保出来ていた。


 未開地域と呼ばれている人里の存在しない山々に入ってからは、命懸けの旅となった。


 上空からの巨鳥の羽ばたきに怯え、腹の底まで響くような唸り声に体を痺れさせ、息を潜めて地面を這いつくばりながら道無き道を進んで行った。


 幾度もの季節を超えてたある日、森を抜けた先にあったのは、穏やかな平野だった。そこには、獣人たちだけの集落が成立し、獣人奴隷なんてものは存在しなかった。


 そこは楽園のようだと喜びに打ち震えた。だが、しばらくして、そんなに甘いものではなかったと気が付いた。


 獣人領の人々は、人間たちの脅威を遥か遠くの事だと危機感を覚えず、同じ獣人同士で些細な土地の境界を争っていたのだ。


 人間たちは俺たちを奴隷にするためにいつか攻めてくるぞと訴えても、そんなものは追い返せばいいと聞く耳は持たれなかった。


 このままでは、恐ろしくて生きていけない。俺は心の安寧を得るために、人間たちと戦うために――イヌ族を乗っ取った。


 族長と族長候補たちを果し合いで打ち倒し、イヌ族を掌握した俺は、多種族を飲み込み、獣人領を手中に収めた。


 そして、強固な壁を作ったことでようやく安心した俺は、しかしいずれは来るであろう人間たちの侵略に備え、先手を打ってやろうと考えた。


 だが、負けた。


 俺は人間たちの壁を越えられなかった。その後に襲ってきたのは、また奴隷にされるのかという恐怖。


 逃げた。


 多種族の獣人たちを見捨て、少しでも人間たちから離れたいと逃げ帰った俺の城で、部屋に籠って震えていた。


 しかし、俺の壁は――越えられてしまった




「王国の獣人奴隷?」


 狼獣人の娘の言葉が、俺の胸を早鐘のように打ち鳴らした。


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