73.築き上げたモノは
前話のあらすじ
イヌ族大将ドグマ、副将シヴァと対峙した。
「フンッ!」
シヴァの振り下ろす剛剣がオウガの剣を打ち据える。その痺れるような重さにオウガが思わず数歩後退るが、その顔に浮かんだのは怪訝な表情だった。
受けに回るオウガが圧されていると感じたのか、シヴァは矢継ぎ早に剣を振るって攻め立てる。
しかし幾度も剣を振るう内に、はてと攻める手を止めた。
「何故当たらん!?」
最初の一合を除いて、シヴァの剣はオウガに尽く避けられていた。オウガが無様に逃げ回っていたのかと言えばそうではなく、彼はシヴァと対峙したその時からほとんど動いていない。シヴァの剣を紙一重で避け続けたオウガは、舞踏のような軽やかな足取りでシヴァを翻弄していたのだ。
そしてイヌ族の歴戦の勇士を弄んだオウガの顔に浮かんでいたのは――失望だった。
シヴァの剣は確かに重く、踏み込みの速さも相まって並みの戦士であれば受けた剣を圧し折られて鎧ごと真っ二つにすることが出来るのだろう。
しかしその動きは愚直で虚実がなく、我流と呼ぶにも一連の流れの中に無い。これでは棒切れを振り回す子供と大差が無いではないか、とオウガは冷めた目でシヴァを見据えていた。
この程度の男に、オオカミ族の族長は――父は敗れたのかと落胆の色が浮かぶ。
「それがお前の全てか?」
「若造が! 舐めるなっ!?」
呆れたようなオウガに、激昂したシヴァが切り掛かるのだが、それはまたしても単調な振り下ろしでしかない。
どんなに速くとも、太刀筋の読めた剣戟に脅威はない。
交差するようにシヴァの剣をすり抜けたオウガの剣が、鎧に守られていないシヴァの首元へと横薙いだ。
「っ!?」
あっさりと。
血を撒き散らして跳ね飛ばされたシヴァの頭部は、床を赤黒く染めながら点々と転がり、佇んでいたドグマの足元へと転がっていた。
「ふん……。シヴァめ。目を掛けてやったというのに、情けない」
床に転がる腹心の首を見下ろすドグマの手には抜き身の剣が握られており、ポタポタと血が垂れ落ちていた。
部屋の隅には、負傷した討伐軍の戦士たちが壁に力無くもたれ掛かっている。イヌ族の兵士をいち早く片付けた戦士たちが、先走ってイヌ族大将であるドグマに挑んだものの、返り討ちにあっていたのだ。
短期間とはいえ、シュリの指導の下で鍛錬を重ねた戦士たちが、手も足も出ずに負けるとは、とオウガが目を見開いていると、
「あの人、強いね」
「シュリ? 片付いたの?」
いつの間にかオウガの横に寄り添っていたシュリが、こくんと頷く。ぶらぶらとやる気なく下ろされた右腕には、オウガにも見覚えのある犬獣人の首がぶらさがっていた。
「ミツルギ、お前まで……」
ギシリと歯を噛み締める音が室内に響いた。腹心二人を殺され、どこか余裕のあったドグマの表情にも怒りと焦りが浮かび上がった。
「オウガ。ドグマは……剣術を使っていたように見えた」
「剣術を?」
ドグマの腹心、シヴァの剣は武術と呼ぶにはあまりにも稚拙なものだった。それはオウガだけでなく、同じ養父を持つシュリが見てもそう感じただろう。そんなシュリが剣術と認めたということは。
「強いの?」
「少なくとも獣人領で見た中では一番」
言い切るシュリに、オウガはごくりと唾を飲み込む。
「でも、他にも気になることがある」とシュリが続ける。
「気になること?」
「うん。……この建物を言い出したのは貴方?」
「む……? 確かにこの城は我が考案して造ったものだが」
「考案して造った、ね」
シュリの問いに訝しみながらも答えたドグマだったが、それに対して嘲笑ともいえるシュリの反応に眉をしかめた。
「なんだ小娘?」
「もう一つ。貴方の剣術はどこで?」
「我の技は我が編み出したものだ!」
「そう――」
怒気を放つドグマに気圧されることもなく、シュリは淡々と質問を続けた。
「じゃあ貴方の名付け親は? ご両親はイヌ族?」
「我は生まれながらにしてイヌ族の長! 獣人の王だ!」
「それは嘘。貴方は前族長を倒して族長に立った。出自はイヌ族ではなかった。ではどこから来たの?」
それは、かつてイヌ族に敗北して合併された種族の間で交わされていた噂だった
「何が言いたい?」
だがシュリは、確信を持ってそれを口にしていた。
「中途半端な築城知識、イエーガー流剣術もどきを使えること、そして人間への恐怖心から来る反抗心。あなたは――」
「その口を閉じろ小娘っ!」
怒声と共に踏み込んだドグマ。シュリは微動だにせず冷めた目で見つめている。――当然、その間に割り込む影がある。
ガギンと剣を打ち鳴らし、オウガの剣がドグマの渾身の一閃を受け止める。
「――王国の獣人奴隷?」
明けましておめでとうございます。