7.きっかけは突然に
二章です。
いつか、獣人の子供2人が男に翻弄された広場。白髪混じりの壮年の男と白髪の青年が、高音を響かせて剣を打ち合わせていた。
動きは緩やかでありながら、一太刀一太刀の鋭さは必殺の威力を持ち、一瞬のズレで致傷してしまうのではないかと思わせる。しかし当の二人は、目を輝かせて楽し気に剣舞を続ける。
やがで滴るほどの汗をかいた頃、壮年の男――アランの手から剣が弾き飛ばされた。疲労から握力の無くなった痺れる手をにぎにぎと解し、苦々しく笑う。
一方弾き飛ばした方の白髪――オウガはと言えば、次の流れに移れるように剣を構えたまま、アランを見つめる。決して最後まで、いや最後であっても気を抜くな、という彼の教えを忠実に守ろうとしている。
その様子に満足げに頷くと、アランは軽い足取りで落ちていた剣を納める。
さて戻って飯にしよう、と話しかけられ、オウガが息を吐いた――瞬間。
「ぐえっ」
鋭い手刀が喉仏を突く――地獄突きを食らった。
「ほい、残念。また明日だな」
「ゲホッゲホッ……流石にこれはズルくない?」
ニヤニヤと笑うアランに、涙目で訴える。
「いや、気付け、避けろ、やり返せ。笑顔で握手を求める反対の手でナイフを握ってるのが人間だ」
「そんな無茶な……」
そういう覚悟でいろって話だ、とオウガの頭を撫でる。
「二人とも―、終わったー?」
汗を流して着替えた二人の下に、狼の耳と尻尾を持つ女性――シュリが合流する。彼女の腰や背中には、多量の山鴨が括りつけられていた。
「また大量に獲って来たな。山の生き物全部食っちまう気か?」
「隣の山まで行ってきたから、大丈夫!」
「ああそうかい……もう少し育つといいな」
シュリが狼耳と控えめな胸を張るのをちらりと見たアランが呟く。
「むぅ……いくらアランでも侮辱は許さない」
「山の食料食らいつくされそうな俺の哀しい叫びだよ」
「シュリは十分おっきくなったよね?」
オウガが掌を水平にして、自分の身長とシュリとを比べた。狼耳を含めてもシュリの方が少し小さいが、十分に大人の女性の範疇だ。
「オウガ、お前はそのままで……いや、そうするとシュリが苦労するのか」
「大丈夫、他の選択肢など与えない」
首を傾げるオウガに、シュリはむんっと気合いを入れて鼻息を荒げてみせた。
「明日は反対側の山まで行っていい?」
山盛りの鴨のローストを胃袋に収めた後、シュリはそう提案した。
「いいも何も行く気満々だろ。他に獲物いねぇだろうし……」
積まれた鴨の残骸を眺めながら、アランが呆れる。鴨だけでなく、山中の廃棄品置き場には大量の生物の骨や内臓が眠っている。いつかちゃんと供養しなければ、何かオゾマシイモノが生まれ出てしまうのではないかと内心危惧している。
「そういえば、前に出くわした猟師が言ってたんだが、最近この辺りには見目だけは良い野良獣人がいるって噂になってるみたいだぞ」
「だけは余計」
「どうだかなぁ。まぁいい。野良、つまり誰かの持ち物じゃないって認識だし、お前を狙って奴隷
狩り専門の冒険者とかが来るかもしれん。気を付けとけ」
冒険者とは、基本的には辺境などで魔獣を討伐し、その爪や毛皮などの素材、もしくは町からの討伐報酬などで生計を立てる傭兵たちだ。中には魔獣狩りより安全だからと汚れ仕事を専門にする者もいる。
「心配ありがとう、気にはしとく。私を狙ったら後悔させるけど」
少しだけ恥ずかし気に応え、「ふっ!」と鋭い素振りで、まだ見ぬ仮想の奴隷狩りを貫いて見せる。
「俺やアランは噂になってないの?」
「俺は元々猟師としてここらにいるのは知られてたからな。オウガは……」
オウガの素朴な疑問に、アランは実に言いにくそうに答える。
「あー……、『山に白い幽霊がいる』って噂があるな」
「ぶっ!」
シュリが顔を伏せるが、肩が小刻みに震えている。珍しいモノを見た、とオウガも憤るのを忘れてアランと顔を見合わせる。
シュリが落ち着くのには、かなりの時間がかかった。
◇
「アランは、実は預言者か何かなのかな」
明けた翌日。今日も元気に修行を始めた二人を尻目に、シュリは狩りに精を出していた。それなりに成果を得たところで、大勢の気配が近づいてきていることに気づいた。明らかに狩りの人数ではない。
アランに鍛えられたことによる慢心があったのかもしれない。シュリは逃げずに、彼らの目的を探ろうと息を潜めた。
彼らは、隠れるシュリを囲むように散開していた。
(あれ? 私、見つかってる?)
「そこにいるのはわかってるぞ、イヌ獣人の娘! 出てこい」
シュリの疑問に答えるように、野太い男の声。イヌじゃないんだけど、とシュリはあっさりと姿を現した。
妙にちぐはぐな集団だ、とシュリは思った。
多くは貧相な革鎧に長剣を一本持っている程度。シュリを呼び出した声の主だけは鉄の鎧を着ている大男で装備が少し良い。そして変わっているのが、場に不釣り合いな高級そうな服を来た弱そうな男と、その男から伸びる鎖で繋がれている猫獣人の少女だった。
「ああ、ネコの子がいたんだ。それじゃ、見つかるのもしょうがないか」
シュリと目線が合い、少女はビクリと震え、鎖がじゃりっと鳴る。怯えさせたことに申し訳なく思いながら、その少女を鎖で縛る男を見る。どうにも嫌な気分だった。高そうな服。偉そうな態度の割に貧弱な肉体。
「もしかして、奴隷商人?」
「その通りだ。ふっふっふ、噂通りの上物じゃないか! 逃亡奴隷か?」
思い出していたのは、大切な家族であるオウガに嗜虐の限りを尽くした商人――メスト。確実に死んでいると聞いているので妙な勘違いはしないが、目の前の男も気に入らないものは気に入らない。
(とりあえず殺そう)
そう思ったシュリと商人の間に大男が割って入った。
「俺を忘れるなよ」
「邪魔。どいて」
「そうもいかん。お前ら、捕まえろ!」
「おい、傷をつけるなよ! 報酬を下げるからな!」
「へいへい」
散開していた冒険者らしい男たちが集まってくる。しかし、練度も身なり相応なのか、ただ集まってくるだけで何一つ連携をとる素振りがない。
正面から獣人であるシュリに掴みかかり投げ飛ばされる者、背後から跳びかかり、避けられて他の男にぶつかる者。
無駄に数だけは揃えられた男たちは、あっという間に数を減らしていった。
「おい! ちょっと弱すぎるんじゃないか!?」
「いや、この娘が強すぎるんですがね……」
焦り叫ぶ商人に、大男はあまり焦った様子を見せずに答える。
「随分余裕そう」
「ああ。こういうのはどうだ?」
片手で男を投げ飛ばして可愛らしく首を傾げたシュリに、大男が動いた。
「動くな。このネコがいらない怪我をするぜ?」
奴隷商人の連れていた猫獣人の少女にナイフを突きつける。少女は何が起きてるのか、と目をパチクリとさせている。
シュリは呆れながら、
「私には関係の無い子」
「そうか。可哀想になぁ。お姉ちゃんが薄情なばかりに、この小さいネコちゃんは死んじゃうわけだ」
ナイフが肌にめり込み、紅い血がたらりと首筋を流れていく。少女も事態を飲み込めたのか、震えながら涙で潤んだ瞳でシュリを見つめる。
あの日――ただ壊されるオウガを見ていることしかできなかったことを思い出して。
シュリは抵抗を止めた。
「お姉ちゃん……ごめんなさい」
男たちに拘束されたシュリに、泣き顔の猫獣人の少女が謝罪する。
「好きでしたことだから。あなたが謝ることじゃない」
シュリはそういって少しでも安心させようと微笑みを向ける。
「せっかくの上物に逃げられてはかなわん。おい、足をちょっと痛めつけてやれ」
「いいんで?」
「売り物としてもこんなに反抗的ではな。ヒトの怖さを教えてやらねばな」
「やれやれ……イヌの嬢ちゃん、恨むなよ」
男たちの剣が、シュリの足に突き立てられる。
「お姉ちゃん!?」
「ぐっ! っだ、大丈夫。……この痛みは絶対忘れない」
「おっかねぇな。連れていけ」
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